ここに来て二度目の目覚めはなんともすっきりとした気持ちの良いものだった。
是非とも日の光を目一杯浴びて伸びの一つでもしたいものである。
暗い洞窟で靄となった私には到底かなわぬ夢だが。
(眠気は感じないのに意識が飛ぶことはあるらしい、留意しておこう。)
目を覚まして気づいたことがある。
体が成長した。
靄のような私の体は明らかに大きくなり、濃度もより濃くなっている。
そして、。
(動ける、動けるぞ、!)
未だ人間のようにとまではいかないまでも、先程とは比べ物にならないほど動き易くなっている。
気絶によって成長したとでもいうのか。
しかしなんだ。動きまわれるようになったのはいいが、自由を得たら得たでこの状況がひどく気にくわなくなってくる。一体何者が私をこのような姿に変えたのか。
順風満帆とまではいかないにしても、己の力量をわきまえ、現状に満足し、欲をかかずそれなりの幸せを享受して生きていた。誰かに迷惑をかけることもなくただ平穏に毎日を過ごしていただけ。
そんな私がこれからは靄として生きていかなくてはならない。それはなにゆえか。
私の中に生じた微塵子ばかりの小さな不満は瞬く間に巨躯の怪物へと成長を遂げた。
そして私の歩みは止まった。
私は認めない。認めることを断固として拒否する。いかにこの体を変えられようと、それこそふわふわと流動する気体に変えられてしまったとして、私の意思の固さまでは変えられない。私は自らの意思を突き通す強い精神力を持った男なのである。その固さはさながら石の如し。石のような意思である。天乃石立神社にある7メートルの巨石『一刀石』を切り裂いたとの伝説を持つ柳生石舟斎でも私の確固たる意思を切り裂くことは叶わないであろう。
現代社会を生き抜くためには降りかかる数々の理不尽に流されることなく、はっきりきっぱり『NO』と言い放ってやれる豪胆さこそが大切なのだ。そして私はそれを持っていた。
そうして私はこの不可解極まりない状況に対し徹底抗戦の構えを取った次第である。
それから数時間、私は暗闇の中にただ座していた。
思い出されるのは幼い頃によく訪れた祖母の家。なぜだかトイレにぶら下がる豆電球はいついかなるときもきれかけていて、その繰り返される点滅に幼い私は兎の如く怯えていた。
しかし、かくも暗いと、あの天井から遠慮がちにぶら下がる豆電球の気息奄奄とした明かりでさえも恋しく思えてくるものである。
何も見えぬ暗闇と思うように動かぬこの体。
できることといえばこうして記憶を辿るくらいのもの。
しかしそもそもだが私の人生など豆腐に等しい。どれだけ噛み締めようとさほど面白い味が出てくるわけでもない。豆腐をこよなく愛する者がいたら今すぐ名乗り出よ。謝罪しよう。
つまるところ暇つぶしに始めた思い出への旅路は早くも終わりを告げてしまったわけだ。
こうして暗闇と静寂は私の横っ面目掛け、無遠慮に『暇』という名の苦行を叩きつけてくるに至る。
端から否定するだけでは始まるものも始まらない。自らの意思を突き通さんとするあまり、意固地になってしまうのは非常に危険な傾向であると言える。現代社会を生き抜くためには降りかかる数々の理不尽を時には受け止め時には受け流す、そんな柔軟さこそが大切なのだ。そして私はそれを持っていた。
この黒い靄のようになってしまった体でどれほどあるかも知れない余生を生きていく。私は蔓茘枝のように苦いその事実を渋々ながらに飲み込んだ。喉もないのに。