今回から番外編です
便利屋68への依頼
エデン条約調印式の後始末が大方終わったある日、私は久しぶりに、アポイントを取り便利屋の事務所へ向かっていた。
新たな依頼をする目的もあったが、こちらの近況を報告することなど、他の目的もいくつかあった。
陸八魔アルがアビドスの、ゲヘナとの境界線付近に構えている事務所へと到着した、これは便利屋側は知らない情報ではあるが、アビドスでの風紀委員との対決以降、依然として指名手配されてはいる便利屋ではあるが、その実捜索に関して熱心に行われているという状態ではなかった。アビドスとの強い繋がりが風紀委員全体に広まってしまったことと、実態はどうあれ、私の私兵であるという認識が風紀委員の間で広まっているようだ。
「い、いらっしゃい黒服さん。お久しぶりね」
事務所に入ると出迎えてくれた陸八魔アルは、何故か少し緊張しており、また少しやつれているように見えた。
後ろの方で顔だけを出しこちらを覗いている伊草ハルカと浅黄ムツキの姿が見える。鬼方カヨコの姿は見えないが、いるとしたら恐らくこちらを気にしてはいるのだろう。
「お久しぶりです、アル社長。こちらは皆さんで召し上がってください」
そう言って手土産を渡す。最近何かある度に利用しているD.U.の菓子店の物だ。最近私が何者であるかを認識され、常連扱いを受け始めている。
「何々、何もらったのアルちゃん? ってこれ知ってるよ! 食べていいの?」
いつの間にか近づいていた浅黄ムツキが陸八魔アルから手渡した箱を掠め取り、中身を検めていた。
「こら、ムツキ!? もう、まだお礼も言ってないのに……」
「だって最近美味しい物食べてないんだもーん」
「そういう問題じゃないでしょう……あ、ありがとう、黒服さん」
陸八魔アルが呆れたように室長に文句を言うが、私はそれよりも気になることがあった。
「っていうかいつまで立ち話してるのー? 折角ご飯我慢して維持してる立派な応接室があるんだからそっち行こうよ」
「うぐっ……そ、そうね。行きましょう、黒服さん」
「はい、ありがとうございます」
陸八魔アルに連れられて奥の部屋に進むが、やはり現状便利屋68は金欠状態にあるらしい。この事務所の家賃は支払えているようだが……
「ど、どうぞ、先生……」
応接室と書かれた部屋に案内され、伊草ハルカから緑茶を差し出される。そのまま部屋を出ていくわけでも無く、彼女は近くにおいてあったソファに腰掛けた。浅黄ムツキと鬼方カヨコもそこに座っている。話に参加したいなら陸八魔アルの横に来ればいいような気がするが。陸八魔アルも「何でそこにいるの? こっちに来たら?」と3人に問いかけたが拒否されていた。
聞かれて困るわけでも無いが、何故か監視されているような状況だ。
「さて、先日は調査依頼を受けていただいて、ありがとうございました。抽象的な依頼内容で申し訳ありませんでしたが……」
とはいえ、話を進めないといけない。まずはエデン条約の調印式に向け、調査を依頼していた件についての労いからだった。想定されたいくつかのポイントにおいて、ミサイルの発射準備が行われていないか、という内容とトリニティ外部に存在する地下道への入り口周辺の調査だったが、どちらも重大な発見は無かった。「警戒ポイントにおいて何も無かった」と言うこと自体が大きな収穫ではあったのだが、報告を受け取った段階で悔やんでいる様子だったので、今日はこうして会いに来たというのもある。
「え、ええ。……大した情報は得られなくて申し訳なかったわね」
やはり、調査結果に負い目を感じているようだ。
「いえ、駄目で元々、というと申し訳ないですが、何も発見が無い方が普通であるような依頼だったので、皆さんはそういう意味で仕事を確実に全うしてくれたと思っていますよ」
「そうかしら? なら、良いのだけれど……」
完全に納得してはいないだろうが、彼女は一旦引き下がった。となれば、次は先ほどから気になっていた、便利屋の経済状況についてだ。
「先ほどのムツキさんの反応から気になっていたのですが、私が依頼した以外の仕事の方はどういった状況ですか? あまり私から依頼を出しすぎてもと思っていたのですが」
彼女たちに自立の意志が強く見られたため、当日警備員などの表の仕事はヘルメット団や、他の生徒たちに依頼していたのだが、それで困窮しているのであれば元も子もない。幸い手は常に足りていない状態なので、内容を選ばなければ頼みたい仕事は幾らでもある。
「そ、そんなに困った状況ではないのよ? ムツキは大げさに言ったけど、黒服さんに会う前と比べれば、資金繰りに困っているわけでも無い。先生の教えのお陰で、こちらを舐めた態度をとられることも少なくなったの、本当よ? ただ……」
「ただ?」
「その……何故か不幸な偶然が連続してここの家賃を払ったら残金が殆どなくなっちゃったのよ。さっきのあの子の愚痴はそういうこと」
こちらを眺めている浅黄ムツキの方を見る。視線に気付いた彼女は苦笑いをして首肯した。陸八魔アルが見栄を張っている、と言う事ではないようだ。微妙な不幸体質は健在らしい。
「成程、そういうことでしたか。丁度新しい仕事のお願いをしようと思っていまして」
「本当? それは……勿論やらせてもらうわ。というか、正直助かるわ……どういった内容かしら?」
「まあ……端的に言うなら逃亡中のアリウスの生徒の保護です」
「アリウス……って何だったかしら? どこかで聞いたことが……」
陸八魔アルが一人考え始める。先日のミサイルによる古聖堂爆破事件──調印式の襲撃は起こらなかったため、キヴォトスではこの名称で報道されている―の下手人が誰であったかというのは詳細が伏せられており、学籍の無いテロリスト集団が行ったもので、実行犯たちは逮捕され、矯正局送りになっているというのがカバーストーリーとなっている。破壊されたのがトリニティにおける重要な史跡であったことから、様々な憶測が飛び交っている状況だが、直接アリウスと結び付けている説は、現状主流ではない。
しかしその噂を知っている者が、便利屋の中にもいたようだ。遠くで話を聞いていた鬼方カヨコが表情を変えて立ち上がった。
「ど、どうしたの、カヨコ? 何か知っているの?」
陸八魔アルが困惑して尋ねる。
「……アリウスって存在はね。邪魔してごめん、最近噂を聞いてたからちょっとおどろいちゃっただけ。話、聞かせて」
残りの二人の様子を見るが、ただ困惑しているようだ。たまたま鬼方カヨコの情報網に引っ掛かっていたのだろう。
「そうですね。これは報道されていないことなので、内密にしてほしいのですが……」
元々この依頼をするにあたって、彼女たちには真実を話すつもりだったのだ。私がトリニティで何をやっていたのか、そしてエデン条約調印式の裏で何があったのか。トリニティとアリウス、そしてゲヘナの歴史的背景を含め、要点を話していく。もっとも、トリニティ内部のいざこざやゲマトリアの話など、知らない方が良いと思われた話は省くことにした。知っただけで危機が迫るというほどではないだろうが、好奇心で調べられたりすると安全を保障できない。「……カイザーとのあれこれが小さい事に感じる程大変なことやってたのね。この前の依頼もそれアリウス関係の話だったってことよね?」
話を終えると、陸八魔アルは率直な感想を口にした。話している最中に何度か驚きの言葉を上げようとしているのを飲み込んでいるような気がしたが、すべて見なかったことにした。
「ええ、その通りです。そして皆さんには、1度目の襲撃と2度目の襲撃、双方で逃走したと思われる生徒をもし見つけたら、保護してほしいのです」
「……そういえば、さっきそう言っていたわね。でも、どうして私たちに? トリニティでも探しているんでしょう?」
なかなか鋭い指摘だ。勿論理由はある。
「……彼女たちがアリウスに戻っているのであればまだいいのですが、そうでない場合、表の世界に彼女たちの逃げ場がないからです。逃亡した彼女たちが生きていくには、裏の社会に足を踏み入れるしかありません。しかし、彼女たちはそういった社会で生きていく知識を持ち合わせているわけではありません。容易に使いつぶされてしまう可能性が高いでしょう」
「あ……」
陸八魔アルが納得と、心配が混ざったような表情になる。相変わらず裏社会に似合わない善良な性格だ。話を続ける。
「私も監視の目が無いわけではありませんが、現在の状況ではあまりそちらに力を入れるのも難しいのです。そこで、皆さんにご協力いただきたいのです。貴女がたの目の届く範囲内で悲惨な目に遭っている、あるいはそうなりそうな子どもがいれば、助けてほしい、という内容ですね」
「……分かった。その子達の特徴とかはあるかしら?」
陸八魔アルは話の内容を吟味した後、端的に了承した。
「学籍が無い、或いは不明で、最近現れた子ども、という感じですが……この際結果としてアリウス生でなくとも問題ありません。準備資金をお渡ししますが、足りない場合、あるいは金で解決できる状況でなければすぐに相談してください」
私がそういうと、彼女は頷いて、聞いていた3人に声を掛ける。
「みんな、聞いていたわね? この依頼、受けようと思うのだけど問題ないかしら?」
社長のその言葉に、社員たちは一様に頷いた。
「……ありがとうございます。では、具体的な条件に進みましょう。前回と同じく調査費用と、成果報酬と言う形になると思いますが……」
同意が得られたので、報酬などについての話に移る。陸八魔アルはその辺りの細かい話について失念していたようで慌てて座りなおした。
このように少し抜けているところは残っているが、裏社会に身を置きつつ、自分を強く保ち続けている彼女が率いる組織とは、今後とも付き合いが続くことになるだろう。
私は条件の説明をしながら、内心で再確認した。