百鬼夜行中心部に到着した。
列車を降りると、車内点検をしていると思われる橘姉妹がこちらに気付き、手を振っていた。ゲーム開発部の生徒たちも、それに気づき、手を振り返す。
今回の目的である百夜堂は、中心部に存在する商店街の中にあるという。その商店街自体が有名な観光スポットになっているらしく、百鬼夜行自治区の住民だけでなく、観光客とみられる多くの人でにぎわっていた。
「おお……何というか、異国情緒って感じ? 建物の雰囲気とかいい感じかも」
「何というか、良い意味で雑然としてるっていうかおもしろそうなものがいっぱいですね!」
才羽モモイと黒崎コユキが、商店街の店一つ一つを感動した様子で見ている。都市の隅々まで効率化が行き渡っているミレニアムや、それほどではないにしても似たような物のD.U.とは大きく違い、個人商店が立ち並び威勢の良い声を上げているこの商店街は、特にミレニアムしか知らない生徒たちには珍しく映るだろう。
「アリスは知ってます! ニンジャ・ウォーズでこういう町がありました!」
「良いですね! ニンジャ・ウォーズの町に潜入! って感じで、投稿してみましょう!」
天童アリスの発言を受け、黒崎コユキが写真を撮り始める。SNSの活用は、かなり慣れてきているようだ。
「確かに興味深い街並みですが、見えてきましたよ。アレが百夜堂ですね」
商店街の中でも一際存在感を放つその喫茶店には、多くの地元客、観光客がお茶やお菓子を楽しんでいた。
店内はイートイン・スペースとテイクアウト用の二つに分かれていて、注文するのも別々のようだった。目当てのハラキリ・ヨウカンに関してはテイクアウト限定商品のようだ。
「すみませんが、先に席を取っておいてもらってよいですか? 私は土産の購入と、こちらのオーナーに少しお話があるので。好きなものを注文して楽しんでいていただいて結構です」
「えっ、それ奢ってくれるってこと!?」
別にそうはいっていないが、早瀬ユウカの件で迷惑をかけてしまっていたらしいので、そのくらいであれば問題ないだろう。
「そうですね。では、ここは私のポケットマネーでお支払いしましょう」
「いいんですか! 高いの食べちゃいますよ!? にはっ」
「他言無用でお願いしますね。それと、他のお客さんの迷惑にならないようお気を付けください」
「はい! アリスは先生の言いつけを守ります」
私の言葉に、三人は喜んで店内へと入っていった。私はテイクアウト商品のほうに進む。ハラキリ・ヨウカンとスクワッドの生徒たち用の菓子をいくつか選び、それに加えて今後他の学校を訪れた際に手土産として持っていく用に、日持ちのするものを購入する。
会計の際、店員に、百夜堂のオーナーである、河和シズコという人物に聞いて尋ねた。店員は私にしばらく待っているように言い、なぜかイートインの方へと向かっていった。
待つこと数分。百夜堂の制服を身に着けた女生徒が現れた。
「いらっしゃいませー……あれ、あなたは……?」
「ああ、初めまして。シャーレの先生をしている者です。貴女がシズコさんですか?」
「先生……先生……? あ、ああ!! は、初めまして! お祭り運営委員会の委員長で、百夜堂のオーナーの河和シズコです!」
私が名乗ると、河和シズコは何故かかなり恐縮したように頭を下げた。むしろ、私が一言謝罪を入れようと思っていただけに、少し困惑する。
「以前はお力になれず、申し訳ありません。解決したとご連絡をいただいたので、挨拶をするのが遅れてしまいました」
「いえ、そんな……あ、お店の中で話すのはちょっとあれですね! こ、こちらにどうぞ」
河和シズコは畏まって、私を店の奥の事務室へと案内した。
「ふう……あ、改めて。初めまして、先生」
「ええ、初めまして。よろしくお願いします。……今更ですが、先日ご依頼いただいた内容について、少しお話を伺ってもよろしいですか? 解決したという話ですが、今後のことも考えると聞いておきたいと思いまして」
周りに人目がない事務室にて、先日の件について尋ねる。河和シズコは少し躊躇いがちに、口を開いた。
「えと、あんまり大したことなかったんです。アビドスのニュースを見て先生の話を知って。丁度その頃魑魅一座がやたら活動的になって、困っていたのでつい先生に連絡をしてしまったんです」
「魑魅一座?」
「百鬼夜行の問題児集団です。普段から暴れてるんですけど、その時は何故か執拗に桜花祭の準備を妨害してきていたんです」
「なるほど」
地元に根付いた不良集団のようなものだろうか。河駒風ラブの姿を思い浮かべる。
「でも、ある時から急にそういうのが少なくなって……とりあえず、普通に準備を進められるようになったので、依頼を取り下げたんです」
混乱させて申し訳ありません。と河和シズコは頭を下げた。何故ここまで恐縮しているのだろうか。
「そういうことでしたか。……結局その、桜花祭というのはうまくいったのですか?」
「は、はい。魑魅一座からもそのあと何回か妨害はあったんですけど、修行部や陰陽部の子たちの助けもあって、うまくいった、と思っています……」
「それは、何よりです。ところで、シズコさん」
「はい?」
「なぜ、そんなに緊張されているのですか? 私はどうも威圧感を与えてしまうことがあるようなので、そうだとしたら申し訳ありません」
私がそういうと、河和シズコは驚いたように顔を上げた。そして、少し顔を赤らめた。
「ち、違います! え、えーと、緊張してるのは確かなんですけど……先生のせいというわけではなくて……」
「そうですか?」
「はい。えーっと、私実は先生の活躍をちょっと追っていて。あの、この間のトリニティでのご活躍の件とか。それで、そんなすごい人にくだらない相談しようとしてたことが恥ずかしくなってたところだったんです。そんな中、今日いきなり先生がいらっしゃったので緊張しちゃって」
「ああ、成程」
エデン条約の調印式周辺の事件については、クロノスによる報道が行われていたが、細部については公開できないため、彼女たちには真相が伝わることの無いよう様々な条件を付けたのだ。
その結果、クロノスの報道は過剰に私のことを持ち上げるような報道を行った。おそらくそれは、彼女たちなりの、私への報復なのだろう。彼女たちが過剰に持ち上げることで一般市民がどう判断するか、ということを彼女たちは十分に理解しているはずだ。
しかし、百鬼夜行のような少し中心部から外れた地域にいる住民たちには、その報道を素直に受け取ってしまう者もいるようだ。恐らく河和シズコもその一人なのだろう。
「事情は何となく察しました。私に関する報道については、話半分にしていただいたほうが良いかと。それと、依頼について恥ずかしがることもありません」
「そ、そうなんですか?」
「ええ、正直な話……シズコさんからの依頼に関しては、私の手元に届く依頼の中でも十分に緊急性や重要性が高い内容であったと思います。解決したということであれば、それで良いのですが。今度また似たようなことがあった際には、ご連絡ください。次こそお力になれるかもしれないので」
「あ、ありがとうございます!」
河和シズコは、そういって勢いよく頭を下げた。やはりまだ少し私に対する偏見は残っているようだ。
「それと、念のためですが、その魑魅一座の妨害が収まった前後で他に何か変わったことはありませんでしたか?」
組織的な嫌がらせを受けていたのが突然収まったのには、何か理由があると考えたほうが自然である。そして突然収まる、ということは突然再び激しくなる可能性もまた、否定できなかった。
「え? うーん……あんまりそういうのは……」
「思い当りませんか?」
「そうですね……あ」
考えていた彼女が何かを思い出したように止まる。
「会長が……あ、えーっとこの商店街の商店会長である、
「その後、魑魅一座の行動が落ち着いたと?」
「はい、そうです。……あ、順番的にそうだったっていうだけで、全然関係ないと思います。会長も、とっても良い人だと思うので」
河和シズコが慌てて訂正する。しかし、その商店会長を知らない私には、無関係であるようには思えなかった。
「ちなみに、その会長は今はどうされているのですか?」
「え? もちろん、今も会長は変わっていませんけど……最近はあまり顔をお見掛けしないですね。多分退院はされていると思いますけど……連絡を取りましょうか?」
「いえ、それは大丈夫です。シズコさんの言う通り、関係はないのでしょうから」
そう言いつつ、私はその商店会長について、後程調べてみることにした。私の勘でしかないが、裏がありそうな気がしたのだ。