シッテムの箱が持つ機能について今まで何度か検証をおこなったが、調印式当日の地下道にて、また新たな機能が発現した可能性がある。
それはマエストロの作品である試作型ヒエロニムスとの戦いのときに起こったことだ。あの時、魔法陣による爆発を回避するためにシッテムの箱が自動で反応した。そしてその直後、聖園ミカがそれまでとは全く異なる威力の弾丸を射出し、一撃でヒエロニムスを破壊したのだ。その際もシッテムの箱が異常動作していた形跡があったことを覚えている。
地上で再起動した際、サポートAIであるA.R.O.N.A.に確認したが。いつも通りあまり要領を得ない回答が返ってきた。
いわく
『衝撃を回避するためにA.R.O.N.A.は頑張りました』
『ミカさんの件についてはA.R.O.N.A.の力だけではありません』
『生徒さんの想いとA.R.O.N.A.の力が共鳴すると、
とのことだった。
原理を聞いても、『そういうものです』という回答しか得られず、結局のところ、分からないことが増えただけという結果に終わってしまった。
分からないことと言えばもう一つ、私はA.R.O.N.A.への質問において聖園ミカなどの固有名詞を敢えて使っていなかった。にも拘らずこのAIは正しく聖園ミカが起こした結果についての質問だと理解していた。A.R.O.N.A.は何らかの方法で周辺で起きていることを正確に認識している、ということだろう。戦闘サポート時のみなのかは不明だが、ますますこの端末に依存することの危険性を感じた。
とはいえ、今後のことを考えるとあの時の理外の力を能動的に使用できるのであれば、いざというときの保険を増やすという意味で役に立つだろう。実際のところ、あの時この現象が発生していなければ、最低でも即時撤退を余儀なくされていただろう。私は数人の生徒に連絡を取り、日程の調整を行った。
数日後、シャーレの射撃訓練場に、数人の生徒が来ることになっていた。呼んだのはあの時の状況をできるだけ再現するために、聖園ミカ、河駒風ラブ、白洲アズサの3人と、第三者の意見を取り入れるため、ミレニアムの天才、小鈎ハレにも来てもらている。明星ヒマリにも連絡したうえで、シャーレに来ることはスケジュール上も難しいとのことで、小鈎ハレの持つカメラを通して、リモートで見学するということになった。
「あれ、私一人なの? 何人か呼ぶって言ってなかった?」
その小鈎ハレには、他の生徒たちよりも少し早い時間を指定していた。勿論理由がある。
「実は、ハレさんに見てほしい物がありまして、こちらなのですが」
そう言って、起動状態のシッテムの箱を手渡す。
「あ、これ。先生が使ってるタブレットだよね、ちょっと古くさいけど、見たことが無い形だから気になってたんだ……それで、何を見たらいいの?」
「ああ、いえ。これ自体をです。これはシッテムの箱、と言う名前の一種のオーパーツのようなものです。一般的なタブレット端末の機能も有しているのですが、外装面、機能面共に異常な性能をしています」
「へー、何だか面白そうだね」
そう言って彼女は待機画面になっているシッテムの箱を触る。しかし、予想通りそれは何の反応も示さなかった。
「何これ? もしかしてからかってる?」
小鈎ハレが唇を尖らせる。
「いいえ、もちろんそのつもりはありません。ただ今の結果を予想していたというのは事実です」
私はそう言い、彼女の目の前で端末を操作し、メッセージアプリを開き、彼女にメッセージを送る。
「おお。凄い、本当に動いた」
「他の方にも動きを見せることはできましたが、今のところ私以外に十分に動かせた者はいません。そもそもこのアプリを利用できること自体が妙なのですが……この端末に搭載されているOSは一般流通していない特殊なものになっているのです。しかし、この端末では一般的なOSでの使用が想定されたアプリも平然と使用可能です」
「うーん…… ちょっと触ってみても良い?」
そう言って、小鈎ハレは彼女自身の端末を取り出し、一本のコードをシッテムの箱へとつないだ。
「逆にポートは普通の規格に対応してるんだね。これ、うーん……」
彼女は暫くそういって自らの端末を操作していたが、暫くしてコードを外すと、今度は外装についての確認をしているようだった。
それも暫くすると終わり、彼女は私にシッテムの箱を返した。
「うーん……これ、かなりやばいね。先生が動かしてるの見なかったら、タブレットだってことすら信じられなかったかも。材質はあんまり詳しいわけじゃないけど謎だし。私では到底侵入とか出来なさそう」
彼女は触ってみた感想をそう述べた。やはり、彼女でもそのような感想になるのか。ふと、端末を確認すると通知が1件来ていた。表示されていたのはA.R.O.N.A.とのやり取りを行うためのAIサポートアプリだ。
「くすぐったいのでやめてください」
アプリを開くと、ただ一言そう書かれているだけだった。小鈎ハレが端末に侵入しようとしていたのを表現しているのだろう。このAIに関しても謎が多い。
「……先ほどのハレさんの行動はくすぐったいと感じていたみたいです」
「ええ……感覚あるのこの子……? 代わりにごめんねって言っておいて……」
彼女は困惑してそう返事をした。小鈎ハレをしてこの反応であるなら、キヴォトスの既存技術としては到底再現不可能な性質を持つのだろう。殆ど想定通りではあったが、やはり他人の意見を聞いてみるというのも重要だ。
「先生! お待たせー! 来たよー」
射撃訓練場に聞きなじみのある声が響いた。聖園ミカが到着したようだ。
白洲アズサと河駒風ラブも一緒のようだ。
「おお……キラキラのお嬢様とヤンキーだ……」
背後で小鈎ハレが何事か呻いていた。
「先生、射撃訓練場で集合って、どういう訓練をするの?」
白洲アズサが何故かやる気を漲らせている。大まかな主旨は伝えた気がしたが、伝わらなかっただろうか。
「いやいや、アズサ。なんかあの化け物と戦った時の事検証するんでしょ? いや、うちもその時気絶してたからよくわからないんだけどさ……」
こういうところで真面目な河駒風ラブは言われた内容をしっかり理解していたようだ。彼女の言う通り、彼女はその現場を目撃していないので、今回呼んだのは念のためだ。
「あのヒエロ何とかを倒したときのやつだよね? あれ、私も何が起きたのかよくわかんないんだよね。ところで先生、その後ろにいる子は誰?」
聖園ミカが何故か後ろで隠れている小鈎ハレに当然のように言及する。
「ええ、紹介します。ミレニアムサイエンススクールのハレさんです。ミレニアムにおいても
極めて優秀な技術者です」
「……小鈎ハレです。よろしく……」
恐々と、小鈎ハレが返事をした。普段から自己賛美の強烈な明星ヒマリがいても、聖園ミカのような性格の人間が苦手なのだろうか。
「へえ……
「うぐっ……」
恐らく何の含みも無い聖園ミカの感想にダメージを受けている。しかし私が初対面で言われた「黒い」より遥かにマシではないだろうか。
「あんたはパソコンとか全く得意じゃ無さそうよね……」
「殆ど触ったことも無いよ?」
「私は電子工作にも少し興味がある、後で話を聞かせてほしい」
トリニティ(元も含む)の三人は彼女の様子に気にせず好きなことを話している。
その時、小鈎ハレの懐から小型のドローンが突然飛び出してきた。そのドローンは、私たちの前でホログラムによる画面を表示させた。
「先生。お待たせしました。『全知』の学位を持つ眉目秀麗な乙女であり、そしてホログラムでもその美しさを隠しきれない、超天才清楚系病弱美少女ハッカー、明星ヒマリが図らずもリモートで……あら、皆さんおそろいのようですね。失礼しました。オブザーバーとして参加させていただきます、明星ヒマリと申します。よろしくお願いします」
何故か少しむっとしている小鈎ハレ以外の3人が呆気にとられ、場が沈黙する。
「……そして最後の参加者である明星ヒマリさんです。車椅子で生活をされているのと、スケジュールの関係で今回はリモートで参加されます」
仕方なく、彼女の紹介も行う。
「またキャラが濃いのが来たわね……」
映像越しに優雅に微笑む明星ヒマリに、河駒風ラブが率直な感想を述べた。