「じゃあ、もう一回やってみるね」
聖園ミカが再度射撃地点に向かう。シッテムの箱は正常に動作しているが、特に普段と異なる反応はしていないようだ。
先ほどと寸分たがわぬ所作で聖園ミカが射撃を行い、同じように着弾する。実力に疑問を感じる余地は一切ないが、検証としては失敗だ。
「うーん、ダメか……」
先ほどに比べ多少は期待していたのか、聖園ミカは落胆の声を挙げる。しかし、シッテムの箱のサポートを受けている状態ならいつでも撃てるというのであれば、これまで共に戦ってきた他の生徒達でも同様のことが起きていてもおかしくないはずだ。だが実際にそういった現象が起きたのは地下道での一件のみである。つまり、他に条件がある、ということだ。
『条件をより近づけてみるというのはどうでしょうか。ミカさんが先ほど仰っていた状況に少しずつ近づけていく、という感じです。勿論場所や、あるいは先生やお友達に危機が訪れなければ使用できないとすれば再現は難しいですが……』
観察をしていた明星ヒマリから提案が出る。
「試してみましょうか。ミカさん、あの時の構え方や、発言などを出来るだけ再現してもらえますか? それと、シッテムの箱のサポートAIからも想いが重要だと回答が出ています」
「え? ……えっと……やってみるね! ちょっと恥ずかしいけど」
聖園ミカがそう言って三度射撃地点へと向かう。
「あっ、ラブちゃんちょっと倒れてもらえるかな?」
射撃姿勢に入る前に、思いついたように河駒風ラブに妙な指示がおりる。
「はあ? 嫌よ」
即答されるが、聖園ミカは折れなかった。
「お願い! ヒマリちゃんも先生も再現が重要って言ってるからさ! 倒れてるラブちゃんを見て怒ったのがきっかけかもだから! 後先生は倒れてるラブちゃんの近くで見てて」
「分かりました」
「え? 本当にやらなきゃダメなの?」
河駒風ラブは周囲を確認し、全員が頷いたのを確認して、肩を落とす。それから、一言も発すことなく、その場に倒れ込んだ。
その姿を確認した聖園ミカは頷き、大きく息を吸い込んだ。
「先生に……」
聖園ミカが地下道の再現を始める。
「先生とラブちゃんに……」
あの時、直後の衝撃で詳細に覚えている訳ではないが、再現度はかなり高いように感じる。
「なんてことしてくれるの!!」
迫真の叫びをあげ、そして聖園ミカは三度目の射撃を行った。
「……あれ?」
銃は同じように5発の弾丸を放った。しかし、先ほどまでとは違う点があった。
聖園ミカが力んでしまったのか、的に当たらず、奥の壁に当たってしまっていた。
「うーん……なんか行ける気がしたんだけど……」
先ほどと同様に落胆の声が聞こえる。足元で倒れている河駒風ラブからもため息の音が聞こえた。
「ハレさん。弾速や威力などに違いはありましたか?」
念のため、確認を取るが、小鈎ハレは首を振るだけだった。これは本格的に再現が難しい、と思った矢先、別の人物が声をあげた。
「先生、ミカ。私がやってみてもいい?」
白洲アズサだ。
「え? うん、良いんじゃない? ね、先生」
「はい、それは構いませんが、何か思いついたのですか?」
突然の彼女の立候補に、聖園ミカが戸惑っている。私も彼女が自発的にそう言い出すのは少し意外だった。
「ううん。そういうわけじゃない……けど。あの時、ミカがヒエロニムスを倒したとき、羨ましく思ったんだ。私も、強大な相手を、現実を倒す力がずっと欲しかったから。でも、そんな力は私には無かった。全ては虚しい」
私に対する返事だったはずだが、いつしか彼女は独り言のように、誰へとも無い言葉を話し始める。
「それに、先生の傍にいないと使えない力なら、本当にいざというときに、使えるかもわからない。……そうだとしても、自分がうてる可能性を諦める理由にはならない。私はずっとそう思って生きてきたから」
そう言いながら、彼女は射撃ポイントに立ち、一発の銃弾を放つ。試し打ちのようだ。単発式のアサルトライフルから放たれたそれは、通常通りの威力を示しているように思えた。しかし、シッテムの箱が普段より明らかな熱を持ち始めていることに私は気づいていた。
白洲アズサが2発目の射撃体勢に入る。
突如、シッテムの箱にアラートが表示される。『同調を許可しますか?』という文言。そしてYES NOの2つの選択肢。私が無意識にYESに指をかけたのとほとんど同時に白洲アズサが小さく口を開いた。
「vanitas vanitatum et omnia vanitas」
あの時聖園ミカに起こったような派手な光は無かったが、少し離れたところにいたはずのその呟きが、はっきりと私の耳に届き、そして放たれた銃弾は、的に当たると同時に一発目とはくらべものにならないような轟音を立て、的そのものを消し飛ばした。
「……先生、できた」
結果を確認した白洲アズサは振り返って私を見た。
「……アズサちゃんすごい! どうやったの!?」
銃を下ろしてこちらに向かってくる彼女に、聖園ミカが駆け寄る。
「良かったわね、アズサ、うちは初めてみたけど、あんなことになるのね」
倒れた振りをいつの間にかやめていた河駒風ラブもどこか嬉しそうにそれについていった。
「……分からない。でも……ミカの3回目の射撃を見て、私もあの時の事を思い出したんだ。だから、私もやってみたいって思った。心からそう思ったから、なのかもしれない」
謎は多いが、ただ一つ言えるのは、この現象にシッテムの箱が関与しているのが確定した、ということだ。恐らくあのアラートは聖園ミカの時も出ていたのだろう。私は無意識にそれに許可を出していた。その結果、あの高威力の弾丸が発射されたのだろう。
『正直なところ、実際に見るまでは半信半疑と言ったところでしたが、凄まじいものですね……大変興味深いです。ハレ、弾速と威力はどうですか?』
研究者らしい様子となった明星ヒマリがそう言って、後輩に情報を確認する。
「ちょ、ちょっと待って。現実味が無さすぎてぼうっとしてたよ。えーと……とりあえず今わかる範囲だと1発目と2発目で弾速は2倍以上で……威力は……うん、ちょっとよく分からないけど少なくとも10倍以上になってるみたい。 持ち帰って、動画の検証をした方が良いかも……」
小鈎ハレが先輩と私に報告する。
「そうですね……では、検証結果などはお待ちしております。それと、この情報は内密にお願いします」
「うん、もちろん。ヴェリタスの名に恥じないセキュリティだから、安心して」
私の言葉に、小鈎ハレは確かな自信を持って頷いた。
―
その後、小鈎ハレも含め、射撃をそれぞれ何度か試してみたが、結局もう一度に多様な現象が起こることは無かった。これについてはシッテムの箱の状態が大きく関わっている可能性が高いと考えられるため、結果自体は仕方ない物だろう。
「さて、みなさん。とりあえず今日のところは、地下道でのあの現象はあの時限りのものではなかったことが分かりました。今後も検証を行うかもしれませんが、今日のところはこれで十分でしょう。ご協力ありがとうございました」
これ以上続けても仕方のないという状況になったため、生徒たちに礼を告げ、検証終了を宣言する。
「はーい。ちょっと残念だったけど、仕方ないかぁ。アズサちゃんの凄いのも見れたし」
「うち、ミカに言われて死んだふりしたくらいなんだけど……しかも結局何の意味も無かったし」
「ううん、意味はあった。あの時の事を思い出すための状況の再現? がうまく行ったことが、私がアレを撃てた理由かもしれない。」
「……はいはい、アズサは優しいわね」
地下道進入を共にした生徒たちが仲良さげに話しながら帰ってところを、小鈎ハレが眺めていた。特段仲間外れになっていたわけではなく、先ほどは連絡先交換などをしていたうえで、機材の片づけがあるので私と二人残った形だ。そういえば、彼女に聞いておくことがあった。
「そういえば、ハレさん。」
「なぁに?」
「貴女がヴェリタスであることは明かさなかったのですが、それでよかったでしょうか?」
「うん。まあ、ミレニアムでは知ってる人も結構いるけど。一応正体不明のハッカーチームだから……」
小鈎ハレはそう言って微笑んだ。
「じゃあ、私は帰るね。ヒマリ部長も何か次の用事があるとかで抜けちゃったし。……っていうか部長、自己紹介の時にハッカーって言ってたような」
「……まあ、彼女の自己紹介は独特ですから、あまり気にされなかったのではないでしょうか」
「あのポジティブさ、ちょっと見習いたい……じゃ、動画をチェックした結果はまた報告するから。」
そう言いながら、小鈎ハレは帰っていった。
シッテムの箱の力には、今回のようにまだ私の知らないものが残されている、と考えていていいだろう。あるいは、私も知らない間に機能がアップデートされている、という可能性もある。
これについては今後も検証を続けていくべきだろう。
頼りになるようなならないようなA.R.O.N.Aにも確認するべきだろうか、私はそう思いながら、訓練場を後にした。