チームB、FLAME小隊の様子を見に行った日、日々溜まってゆく事務処理を漸く片づけたころには、既に深夜と言って良い時間帯となっていた。
寝起きしている居住区に戻ると、普段は消灯されている共用部の休憩室の電気がついていることに気づいた。
基本的に夜間は人がいなくなると自動で消灯される仕組みになっているため、誰かがいる、ということだろう。
侵入者であることも考え、警戒はしつつも確認しに向かう。
そこにいたのは、SRTシャーレ支部に所属する空井サキだった。いつもの鉄帽を被っておらず、制服でもなかった。この時間なら当たり前のことか。
私が入ってきたのを見て、驚いてはいなかったが、ばつの悪そうな顔をしていた。
「あ……先生」
「誰がいるのだろうと思いましたが、サキさんでしたか。珍しいですね……この時間だと、SRTの方は消灯時間だった気がしますが」
「あー……ごめんなさい」
当然それは自覚していただろう空井サキが項垂れる。彼女は規律規範を重視する性格であり、余計にその彼女がここにいるのは珍しく思えた。
「別に怒る、というよりそもそも咎めるつもりもありませんよ。SRTの規則に関しては、私の管轄外ですので」
今まで関わってきた生徒達の中で考えると校則違反などほんの些細なことでしかない。
「そっか……あはは。そういえば、先生もここで暮らしてるんだっけ。朝や夜に見かけたことないから意識したことなかったけど」
「ええ、そうですね。とは言え、皆さんの消灯時間後にこのように戻ってきて、早朝にはまた事務所に戻っているのでそれは仕方ないことかと」
「何だそれは。ちゃんと睡眠を取らないと、体悪くするぞ……そもそも、先生って眠るのか? その……えーっと」
こちらが異形の身であることから、ふと気になってしまったのだろう。空井サキは一度聞いた後、また気まずそうな顔をした。
「食事をとること同様に、眠ることもできますよ。ただ、今の私の状態で睡眠が不可欠なのか、というのは定かではないですね。先生となる前の話ですが、1週間以上睡眠せず研究に没頭していたことはあります。まあ、私自身の身体的成長はあまり望めないので、皆さんほど睡眠を取る必要が無いのは間違いないでしょうね」
「……先生が
空井サキがため息をついた。今更否定するつもりはないが、今の会話のどこでそう思ったのかは分からなかった。
「……先生って、外の世界から来たんだよな? 前も先生だったのか?」
話題を思いついた、というように、尋ねられる。雑談がしたい気分なのだろうか。勿論、応じるのも吝かではないが。
「今の私の立場は特殊なので、一般的な職業に当てはめることはできませんが、教師だったかという意味ではそうではありません。そうですね……以前は研究者をしていました。いえ、今も自認としてはそうなのですが……」
調査、研究すべき項目が日々増え続けているにもかかわらず、他にやらなければいけないことが増え続けており、自分の研究についてはどれほども進んでいない。私が今行っている職種は、客観的に見ると何と言い表すことが出来るのだろうか。
「また、回りくどい言い方だな……。でも、研究者だったんだな。何となく納得だけど、どういうことが専門だったんだ?」
「……聞きたいですか?」
「え? ……うーん、やっぱりいいや。聞いてもわかんないだろうし」
実際のところ、表層的な部分を教えても、理解はしてもらえないだろう。空井サキのその選択は
正しい。
「そうですか。……ところで、先ほど、サキさんは、寝れるなら寝た方が良い、と仰いましたが」
「うん? それが?」
「とすると、サキさんが今ここで私と雑談をしているのは、寝れないからだということでしょうか」
私がそう尋ねると、彼女は一瞬呆けた顔をした後、拗ねたような表情になった
「そういう話じゃなかったし、デリカシー無いぞ、そう言うこと聞くのは……まあ、その通りだけど」
そして存外素直に、その事実を認めた。
「何か眠れない理由に心当たりがありますか?」
「……別に」
明らかにありそうな表情だ。そして大して複雑な理由でもないだろう。
「例えば、ミヤコさんとまた喧嘩したとか」
「何で……ニコ先輩とかから聞いたのか?」
かつての私であれば解らなかっただろうが、今の私であればこのくらいのことは分かる。それほど、空井サキは分かりやすい反応をしていた。
「いえ、ただの勘ですよ」
私が答えると、彼女は私にも怒りをぶつけるように睨んだ。しかし、それも一瞬のことで
「シミュレーション訓練の失敗の原因のことで喧嘩した。私はあいつの判断が遅かったからだと言って、あいつは私の独断専行のせいだってさ」
彼女の発言だけでは状況はよくわからないが、要するに責任の押し付け合いだ。
「ふむ……そうなんですね。ところで、一つ聞いてもよろしいですか?」
気になっていたことが一つある。空井サキが結局のところ、どう思っているのか、という点だ。
「何だ?」
「この間、サキさんはミヤコさんをリーダーと認めないと仰っていましたね。それで今日も、ミヤコさんの判断の遅さを責めた」
「いや、責めたっていうか……」
何か言い訳を探すように、空井サキが口を動かすが、それを待つことなく続ける。
「ですが新しいチームでは、リーダーを引き続きミヤコさんが行うことに反対はしなかったようですね。ニコさんとオトギさんからの情報ですが」
「……
抗議するような目と声でそう言われるが、別に私は二人から近況を聞いていないとは言っていない。
「それは何故ですか? リーダーの座を狙っているのであれば、率先してリーダーとしての経験を積んだ方がいいように思いますが」
彼女の抗議を無視して、話を続ける。月雪ミヤコを立てるような態度と、リーダーの座を狙っているように聞こえる言動、二つの行動の理由は、何なのか。空井サキ自身の言葉から、それが明かされるのを、私は待った。
「……別に、理由なんか分かりきってるだろ? ミヤコがリーダーをちゃんとやれるなら、それが一番に決まってる。ミヤコは私たちの中で一番だったんだ。本人もリーダーになりたいと思ってたし、私も最初は納得してたんだ。寧ろ、ミヤコと同じチームになれて、嬉しかった」
出てきたのは、そんな言葉だった。
「でも、多分、ミヤコにとってはそうじゃなかったんだ。同じチームになってからのあいつは、焦っているように見えた。演習とか模擬戦とかでも。最初のうちは良かったんだ。でも、段々変な所で悩むことが増えて。初めての時はそんなこともあるか、と思っただけだったんだけど、頻度がどんどん増えていって……」
空井サキは過去の出来事を思い出しながら続けた。初めから反目しあっていたわけではない、と。
「……ふむ。それで、口を出したと」
「……うん。あいつが悩むのは、きっと私たちのことを信用しきれてないからだって思って、初めの内は『もっと信頼してほしい』とか言ってたんだけど、全然変わらなくて、それが何というか、私たちの実力不足を責められているような気もしてきて……」
空井サキはそこで言葉を切った。彼女の言葉を整理すると今のように冷え切ったように見える状態になるまでは段階を踏んでいた、ということだ。寧ろ話を聞く限り、空井サキは月雪ミヤコを尊敬し、憧れていたともとれる。
「あ、もちろん模擬戦はしっかりやるつもりだし、本気でリーダーになれる位頑張るつもりだぞ。そこは本心だ。でも、改めて考えると私だってミヤコの信用に足る実力を持ってるんだって、認めてほしい、っていう気持ちも……あるのかなぁ……あー!! 何か言ってて恥ずかしくなってきたぞ!? 何であんなにイライラするんだって思ってたのに! 解っちゃったじゃん! 先生のせいだからな!」
「何故?」
私は殆ど何も言っていない。彼女が自分で考え、思い至っただけだ。
ところで、月雪ミヤコが悩むようになったのが空井サキなのだという前提は、かなり怪しい物だ。不知火カヤの言によると、月雪ミヤコが二択の選択肢を悩みがちなのは作戦行動とは関係が無く、そもそも選択肢というのは、本来的にはあって困るものでもないのだ。そういった面で一段階以上先に進んでいる不知火カヤだからこそ、それを弱点と呼び、そこを突いた大人げない戦い方ができるのだ。
そして、何故二択の選択肢が発生するようになったかというと……それは、今その場で私が空井サキに伝えるようなものではないだろう。
「まあ、そうですね。サキさんがミヤコさんに当たりが強いのは、ミヤコさんへの気持ちの裏返しのようなものだ、というのはよく分かりました」
「……」
私がそうまとめたとき、彼女は何か言いたげな顔をしたが、結局何も言い返しては来なかった。
「ふわぁ……」
空井サキが欠伸を漏らした。私との雑談は緊張が解ける効果があったのだろうか。彼女の顔を見ると、それに気づいたのか、顔を赤くして、怒ったような表情をして見せた後照れ隠しをするように小さく笑った。
「眠れそうですか?」
「うん……まあ、一応、お陰様で」
「それは良かったです。眠れるなら眠った方が良いですからね」
「それ、気に入ったのか? ……まあいいや、私は部屋に戻るよ、お休み、先生。……ありがと」
空井サキは最後に小さくそう言って、休憩室を出て行った。