先日、空井サキと深夜に雑談を行ってから数日後の、またしても夜。模擬戦のルール発表を翌日に控え、その準備を行っていた時、事務所に来客が現れた。
「こんばんは、夜分に失礼します。先生」
同じくRUBY小隊でリーダーを務めている、月雪ミヤコだ。
「おや、これはまた珍しいですね。どうかされましたか?」
先日の時よりはまだ時間は早いが、消灯時間は同様に過ぎている。そして彼女も同じくそういった細かい規則をみだりに破る方ではない。何かあったのだろうか。
「いえ、先生を待っていたのですが、来なかったのでこちらから尋ねました。先生が遅くまで仕事をされているというのは本当だったんですね。お邪魔してすみません」
月雪ミヤコが答える。それは誰かに、恐らくは空井サキに聞いたのだろう。
「そうですね。そろそろ終わるタイミングではありましたが、問題ありませんよ。何か話があるのでしょう。何か飲みますか? この時間ですのでコーヒーや紅茶は良くないと思いますが、いただき物のハーブティーがあります」
シャーレに来たアルバイト依頼を受けている駒風ラブ経由で、依頼主から私宛にともらったものだ。
「……」
月雪ミヤコが唖然とした様子でこちらを見る。
「……いりませんか?」
「い、いただきます……」
釈然としない様子でそう言った彼女に対し、ハーブティーを差し出す。彼女はそれを一口飲むと落ち着いたのか
「すみません。先生からこういったおもてなしをしていただけるなんて思っていなくて」
と、今しがたの対応についての謝罪から入られた。確かに以前はそういった習慣はなかった。
「トリニティに暫く出張していたので、言ってしまえばその影響ですね。彼女たちは何か話すとき、机と椅子さえあれば必ず紅茶を囲みます」
そしてその有用性にも気づいた。話を聞く場合、飲物が一緒にあった方がスムーズに進むことが多いという知見を得られたのだ。
「成程……それでも、私のような先生に反抗的で……生意気な態度を取る生徒相手に、ハーブティーはいりますかって……」
彼女はそう言って、可笑しく感じたのか小さく笑った
「ふむ、そういえば面と向かって信用していないと言われたことがありましたね」
調印式の直前の話なので、大して昔の話ではないが妙に懐かしさを感じる。しかし、その時の月雪ミヤコの態度にしても、羽沼マコトのような規格外を既に見ていたので特に何も感じなかったというのが本音だ。
「私のような人物を簡単に信用しないという姿勢は正しくないとは言えないので、気にしていませんよ」
私はそう返事をしたが、彼女は首を振った。
「いえ、あの時のことは……私が間違っていました。先生。私の用というのは、先生に謝罪と感謝と、それと相談をするためなんです」
温かい飲物を差し出した甲斐があったのか、月雪ミヤコはスムーズに話を切り出した
「まず、謝罪というのはその、私の態度のことです。調印式までの先生の準備と、当日の計画について、何も知らない立場で疑っていました。その……先生がユキノ先輩や……FOX小隊の先輩たちを良いように使っているのではないかと」
月雪ミヤコが口にしたその疑問は、ある意味間違っているとは言えないものだ。そのためにシャーレ支部の運用開始を調印式までに間に合わせもしたのだ。その上あの状況で、私は自らの計画が他に漏れないよう徹底しており、FOX小隊にもその件については周到に口外しないよう依頼していた。
「……今は違う、と?」
「はい。内容はユキノ先輩からこの間聞きましたし、その時先輩たちが自分の意志で作戦に参加したことも聞きました。生意気な態度を取ったこと、今は反省しています」
人伝ての話のみで意見を大きく変えることにはやや危うさを感じる。しかしそれは彼女たちの信頼関係にもよる話なので深入りする必要はないだろう。
「言った通り、元々気にしていませんが、一応受け取っておきましょう。それで、残りの話というのは?」
故に、この件については、話を切り上げるに留めた。
「あっ、はい。感謝というのは、……サキとのことです。昨夜、訓練が終わった後サキから呼び出されて、話をしたんです。また、喧嘩になるのかな、と思いましたが……」
私への感謝が挟まるということはあの夜の後のことだろう。
「サキは、正直に色々なことを話してくれました。私の不甲斐なさを怒っているだけだと思っていましたが、そうではなかったと。私がサキや、他のみんなのことを信用していないから悩むようになってしまった、という誤解を解くこともできました。そんなことではなく、悩むのは私自身の責任なので……それで、サキは『ミヤコが自信を持ったリーダーになれるまで、もう少し待ってやる』とまで言ってくれたんです」
その話し合いは彼女たちの関係の改善に繋がったようだ。そうなるとそもそもこの合同企画自体の意味がかなり薄まってしまうのだが……
「先生への感謝、というのはそのきっかけをくれたことです。サキが言っていたんです。先生と話をして、自分の気持ちを再確認することができたって。それが感謝です。そして、これが相談したい内容でもあります」
「というと?」
月雪ミヤコはまっすぐと私の顔を見つめる。そして最後の目的を口にした。
「先生。だからこそ、私はこの模擬戦、勝ちたいんです。正直な話、先に指摘された、私の思い悩む癖は改善されていません。それに、現実問題として、ユキノ先輩やクルミ先輩という二人の前衛を抜いて模擬戦に勝利することは、今の私たちでは厳しいことも分かっています。それにミユは先輩方を含めてもSRTでトップクラスのスナイパーであることは知っていますし、ユキノ先輩がミユの実力を発揮できる采配をするのも間違いありません」
彼女は自分たちの置かれた状況の難しさを正しく理解して、説明していく。
「モエは、他の人には思いつかない奇策を出すことがありますし、オペレーターとしての能力に疑いはありません。勿論オトギ先輩やニコ先輩が味方なのはとても頼もしいです。サキも、実力はあります。ですが、私自身の能力の問題として、現実的に今勝利することは難しい、そう考えています」
その分析は、第三者である私の客観的評価からしても、正しいように思えた。月雪ミヤコは非常に優れた生徒ではあるものの、戦闘経験や判断力と言った側面において、仕方ないことではあるが七度ユキノが勝っていると言える。全員が自らのパフォーマンスを十全に発揮したとしたら、勝つのはFLAME小隊だろう、というのが私の想定ではあった。そもそもこの模擬戦は月雪ミヤコと空井サキ、二人の関係改善と経験を積ませることが目的であり、勝敗のバランスを考慮してチームが決められたわけではない。
私は黙って彼女の話を聞く。
「それでも、先生、
彼女は言い切った。私はそれに、感銘を受けた。純粋で貪欲な目標と、それに対し、自分に嘘をつかない姿勢は気に入った。ただ答える前に、一つ質問をする。
「それで、何故今この時間にそれを?」
「……夜になったのは、訓練の後で、他の誰にも聞かれずに話が出来るのが今しかないと思ったからです。そして今日なのは、ルールが決まってしまうと、もう先生を頼れない可能性があるからです。先生の力は、恐らく均衡を崩す可能性がある。なので、ルールには先生への協力を求められない規定があると思ったんです。だから、アドバイスを求めるのは、少なくともルールは決まっていて、まだルール違反にはならない今夜しかない。どうでしょうか?」
「成程……」
彼女のその回答は、非常に良い着眼点をしていた。アドバイスまで厳密に禁止するルールは存在しなかったが、殆ど推測は正しいと言えた。故に私は彼女への助言を行うことを決めた。
「ミヤコさん。詳細はまだ言えませんが明日発表されるルールはシンプルなもので、私のアドバイス一つで、逆転できるようなものではありません」
「はい」
「その上で、アドバイスをするとすれば……やはり、ルールへの理解度を深めることでしょうか。ルールがまだ見せられないので、何を言っているかよくわからないかと思いますが……私に言えることは、このくらいですね。余り具体的なことが言えず、申し訳ありません」
アドバイスとしては物足りないものとなってしまったかもしれないが、ヒントとしてはこれが限界だった。
「いえ……十分です」
そして、月雪ミヤコもそれに納得して、素直にうなずいた。
―
「先生、夜中にありがとうございました。部屋に戻ります」
そう言って、月雪ミヤコは居住区へと戻っていった。
私は最後にもう一度、明日発表するルールの確認をした。ヒントがうまく伝わったとして、それで勝てるかどうかは、彼女たち次第だろう。
しかし、いずれにしてもこの模擬戦が、私の予想よりも面白いものになりそうだ、と私は思い始めていた。