戦いを終えた七度ユキノが、本部へと戻ってきた。
先ほどまで彼女たちが戦っていた場所では、月雪ミヤコが壮絶な最期を遂げた戦士のような体勢でうずくまっており、霞沢ミユが心配からか縋りついていた。
それを見て、残り二人の1年生たちも彼女たちの方に笑いながら駆け出した。
結局、彼女たちはこのイベントで何かを得られたのだろうか。実感も特にないままだったが、彼女たちの姿を見ると不満はなかったのだろう、というのは分かった。
一方、3年生、特に可愛がっていた後輩に正面から騙された七度ユキノはどう思っているのか。
それを聞くことが出来たのは、演習場の撤収を終え、シャーレへと戻ってきた後、そろそろ夕方から夜になりそうな頃合いだった。
七度ユキノが、事務所へと訪れてきたのだった。月雪ミヤコや、空井サキと会話した日のことを思い出す。
「おや、ユキノさん。こんばんは」
律儀にノックをして入ってきた彼女に声を掛ける。
「……こんばんは、夜分に申し訳ありません」
複雑な心情を抱えていそうな声色で、七度ユキノは頭を下げた。
「いえ、大丈夫です。色々聞きたいこともあるでしょう。今回については私は殆ど傍観者でしたが、後程カヤさんも来るはずになっていますので、丁度良いのでは?」
「それは……助かりますね、正直。後でカヤ支部長にも話を聞こうと思っていたので」
そう言って、彼女は小さくため息をついた。
「さて、カヤさんが来るまでの間にはなると思いますが、用件を伺いますよ」
先日月雪ミヤコにも提供したハーブティーを淹れ、質問を促す。不知火カヤが来ると大体コーヒーが飲めるのだが、偶にはこちらから出しても良いだろう。
「ありがとうございます。まず、私が知りたいのは。……いえ、結局のところ、先生はあの子に何を入れ知恵したんですか?」
七度ユキノは半ば私が何か関係していると確信している表情で、私に尋ねた。
「何故、私が関係していると?」
「朝、模擬戦をやる前にミヤコと何かやりとりしていましたよね? あれが、そういうことだと思ったのですが」
「ああ……そんなこともありましたね。ただ、それは正直大したことの無い話なのです」
疑念の目を向ける彼女に、正直に説明する。
「私が彼女に行った助言は一つだけです。ルールをよく読むように、という事だけです。結果として、彼女はその通りにルールをよく読み、その穴を自分で見つけたようですが」
「……それだけですか?」
「ええ、そもそも助言をするつもりもあまりなかったのですが、ミヤコさんが強い意志を持って『勝ちたい』と言っていたので、思わず一言だけ言ってしまいましたね」
「それは……そうですね、それはきっと、助言を与えたくなる気がします」
私の返事を聞いて、七度ユキノは一応納得したようにうなずいたが、
「私はてっきり、先生が作戦を授けたのかと思っていました。……その、先生が立てるような摩訶不思議、というか想定外のことをされた感覚が、あの調印式での作戦の物と似ていたので」
と続けた。
彼女の言葉に、私はつい反論をしかけた。というのも、あの作戦はあくまで、アリウス生とベアトリーチェを丸ごと騙す必要があったという私にとっても特殊な事例だ。私にとってもあの大立ち回りは通常の作戦とは程遠い物だ。
しかし、そんなことを彼女に言っても仕方ないことに気付き、それはやめておいた。彼女にとっては、あの作戦こそが私と行った初めての作戦なのだから。着眼点を変える程度にしておこう
「もしそうだとしても、それは私に影響されたのではないと思いますよ。ユキノさん、
「どういう意味ですか?」
七度ユキノはその言葉があまり腑に落ちないようだ。
「私があの作戦についてSRTの他の生徒たちに話したことは無いので、恐らくはユキノさんや、FOX小隊の他の皆さんからの伝聞で得た情報しか持っていないでしょう。元々、ミヤコさんはユキノさんに憧れているところがありましたから、調印式の時の作戦もきっと、『先生が組み立てた作戦』ではなく『
「それは……まさか、と言いたいところですが……」
七度ユキノは目を瞬かせた。そう言う節が無い、とは言い切れないのだろう。
実際のところ、連邦生徒会長に対する感情も1年生と2、3年生の間では乖離があるように感じられた。話しに聞くだけ、見ただけであることと、直接関わって事を進めるのとでは大きく違う、ということだろう。
「それでその相手の裏をかくような立ち回りが、作戦に組み込まれていたのかもしれませんね。もっとも、結局のところ想像でしかありませんが」
「……そう、ですね」
そう言って頷いたものの、彼女はまた一つため息をついた。
「納得がいきませんか?」
「いえ、腑に落ちた故の溜息です。先生が仰ることが事実だとすれば、結局私たちはルールの読み込み不足という根本的な所で敗北したのですから」
七度ユキノはそう言って苦笑した。単純に悔しく思っているだけのようだ。
「そう悲観することは無いと思いますよ。ミヤコさん達が後半にあの策を使ったのは、結局のところ正面から太刀打ちできないと考えてのことでしょうし」
「……そうですね、ありがとうございます」
彼女は私に礼を言うと、ハーブティーを一口飲んだ。そして少しだけ次の言葉を探すようなそぶりを見せ、また口を開いた。
「今回の模擬戦は、私にとっても色々な学びを得ることができました。それは間違いありません。ミヤコの作戦を除いても。久しぶりのチーム変更だったので、普段とは様子の異なる作戦を立てることができましたし」
ハーブティーの効果が出たのかは分からないが、七度ユキノから、ようやく前向きな言葉が出てきた。そしてその発言で一つ、彼女に伝えていないことがあったのを思い出す。
「チーム変更で思い出しましたが、ユキノさん。一つお願いがありまして」
「はい、なんですか?」
真面目な話であることを悟ったのか、七度ユキノの表情が真剣なものになる。
「トリニティ……もとい、アリウスですね。その追加調査に行っていただきたいのです。目的は主に、現状確認と、残された生徒がいれば、その生徒たちの保護です。参加者はトリニティの有力者数名と、ゲヘナから1名、そしてシャーレ経由で1名ということです。他校の生徒たちはどうやら戦力的にも立場的にも有力者が出られるようです」
「分かりました」
こちらが詳細を伝える前に、七度ユキノは返事をした。
「良いのですか?」
「はい、やはりアリウスのことは気になっていましたし、場所が場所だけに、チームだけでの調査は難しいというのは、理解もできますし。そうだ、それでいうと一つ提案が……」
七度ユキノが何か言いかけた時、それを遮るように事務室の扉が開かれた。
「すみません、連邦生徒会での仕事が少し長引きまして……ユキノさんもいたのですね。
今日の件ですか」
それは、元々来る予定があった不知火カヤであった。
「ええ、裏でどういうたくらみがあったのか問い詰めにきたんだけど……」
「成程、そういう話ですね。まあ、あの作戦を組み立てたのがミヤコさんである、というのは先生のことを知っていれば逆に信じがたい面もありますからね。私もミヤコさんから悪だくみを明かされたとき、背後に先生がいるものだと思いましたから」
「その話も聞いたわ。その上でカヤ支部長からも話を聞きたいと思って」
「……まあ、別にいいですよ。ここには書類を届けに来ただけですし。知っていることを話すくらいは構いません」
不知火カヤはそう言って、勝手知ったると言った様子で事務室内の椅子に着いた。
集まったメンバーでいうと、これは2回目の幹部会議のようなものだった。