「ルール説明の日の夕方、ちょうど皆さんが訓練を終えた後でしょうかね。ミヤコさんから呼び出しがあったのですよ。またいつもの果たし状かと思いましたが、あの日はちょっと様子が違いまして」
不知火カヤは自分で改めてコーヒーを入れて席に着き、それを飲みながら語り始めた。
「最初はルールについての確認でしたね。つまり、あの『協力を求めたり参加をさせてはいけない人物』の対象に私が含まれていないのではないか、という確認でした。最初は言葉遊びでもしたいのかと思いましたが」
彼女はその時の様子をよく思い出すためか、額に指を立て、考えなら話を続ける。
「もちろん、私は当然そういったややこしいことに巻き込まれたくもなかったので気づきもしなかったのですが、確かにミヤコさんの言う通り、私はルールに含まれていない、と解釈することができましたね、というより」
そこまで言ってから、彼女は私を疑うような眼差しで見た。
「そう思ってから見ると、意図的に私のことは除外されているように見えました。私もルール違反ということにしたいのであれば、最初から先生と同様に私を名指しで排除すればよいのですから」
「ふむ、面白い意見ですね。まあ急ごしらえのルールですから、どうしても穴が生まれてしまうものです」
私が一般論で答えると、七度ユキノまで私のことを睨んだような気がした。
「まあ、いいということにしましょう。どうせ先生を問い詰めても証拠はでてきやしないのですから」
不承不承といった様子でうなずき、不知火カヤを話を再開する。
「それで、まさかそれだけを聞きに来たわけがない。私に協力しろと言いに来たのですか? と尋ねると、ミヤコさんは素直にうなずきました」
「それで、カヤ室長は協力することにしたと?」
七度ユキノが少し不信そうに尋ねる。
「まさか。ミヤコさんのことは嫌いではないですし、後輩でもありますが、この模擬戦に関してはどちらかに肩入れする立場にはなかったですからね。彼女に尋ねました。私のメリットは何ですか、と。そこにいる先生とは基本的には異なります」
まるで私なら無条件で月雪ミヤコに協力するとでも言いたげな様子だが、別にそういうわけではない。不知火カヤや他の者とは協力する基準が異なるというだけだ。
「つまり、賄賂を要求した、ということですか?」
七度ユキノの目が鋭くなるが、不知火カヤは肩をすくめた。
「今の説明の通りです。私は別に何も要求していませんよ。少し親バカがでていますよ」
「親バカ!? 」
七度ユキノがわかりやすく憤慨する。あまり見たことのない姿だ。少なくとも、私に対して疑いの目を向けてきた時のような冷静さを併せ持った酷薄さではなく、年相応のことに指摘されたことに腹を立てたような様子だ。
おそらく物珍し気に見ていたのが伝わったのだろう。彼女は私の視線に気づくと、頬を赤くして俯いた。
「……続けて良いですか? 私がこちらのメリットを確認したところ、ミヤコさんは暫く考えた後、あることを言ったんです。何と言ったと思いますか?」
唐突に、不知火カヤは私たちに質問した。唐突にクイズを出したい気分になったのだろうか。
「そうですね。私に助言を求めに来た時には、『勝ちたい』と言っていましたが」
「外れですね。先生ならそれで十分だったのでしょうが、彼女の意欲は私には関係ありません」
予想通りだが、当然私にたいするときとは違う内容で勝負に出たらしい。
「定番なのは、なんでも一つ言うことを聞く、とかですか?」
「それも違いますね。そんなことを言い出すのはよっぽどの愚か者か、いった相手によほど甘えているか、でしょう。もちろんそこまで言われた場合でも、協力は惜しまなかったと思いますが」
不知火カヤは得意げになって七度ユキノの回答も否定した。
「では、答えを言いますが、ミヤコさんはこう言ったのです。『ユキノ先輩を一泡吹かせたくないですか? 私は吹かせたいです! 一回くらいは!』と」
笑いをこらえるように、彼女は正解を明らかにした。
「あいつ……」
七度ユキノは頭が痛くなったのか、こめかみを押さえる。
「笑えるでしょう? ああ、一応フォローしておきますと、さすがに彼女も言葉を間違えたのに気付いたのか、すぐに訂正というか、言い方を変えていましたよ。敬愛するユキノ先輩を驚かせるような策をもって勝利したいとか、いろいろと」
「そう……何というか、ウチの後輩が変なことを言って申し訳ありませんでした」
「いえ、私も流石にあの言いようには驚きましたが。ですが……そうですね、ミヤコさんからの相談を勝手にバラしてしまった償いとして言いますが、結局、ミヤコさんの最初の提案は間違っていなかったのですよ」
笑顔で語っていた不知火カヤは真面目な表情に戻り、そう改めた
「……実際のところ、私がユキノさん、あなたを見返したい、と思っていたのは間違いではなかったのです。一泡吹かせるというのは少し大げさですが、出し抜きたい、と思ってしまったのはまあ、否定はできません。見下ろされていたくないと思ったんです」
不知火カヤはそういった後、苦笑いをした。まるで罪を自白した後のような雰囲気だった。
「カヤ……よくわかった・ありがとう。それから……すまなかった。カヤのことを見下しているつもりはなかったし、個人的には評価していた……というより、私こそ」
七度ユキノは少しだけ私のほうを見て、不知火カヤのほうに再度振り向いた。
「ミヤコが貴女になつき始め、その他のこととかで、嫉妬していたのかもしれないな。ただ、カヤの能力について見下しているというようなことはない。私だけじゃなて、SRTの生徒全員、少なくとも今ではそう思っているはずだ」
そして、彼女も自分の気持ちを、おそらく素直に話した。
「……分かりました。まあ、そもそもが私の僻みのようなものです、そこまでお気になさらず。それと、その呼び方は?」
唐突に呼び捨てにされ、不知火カヤが戸惑った表情を浮かべる。
「それは、支部長としてのカヤ防衛室長に、という訳じゃない。私の友人としてのカヤに対して、という意味だった。気に障ったなら謝罪する」
それに対しての回答がこれであり、彼女は目を見開いた。
「気に障ったりはしていません。……友人、ですか。私のことをそう呼んでくれる人は、随分久しぶりに感じます。……ユキノ」
そしてそう言って、七度ユキノの言葉を受け入れた。
「種明かしとしてはこんなところです。具体的な作戦内容についてはミヤコさんが組みたてたものです。私はその中でできることをやっていただけで」
不知火カヤは、彼女の立場から見た今日の模擬戦についての説明をそう締めくくった。
―
「そういえば、ユキノさん」
不知火カヤが来る直前、七度ユキノが何かを言いかけていたことを思い出し、確認する。
「先ほど、何か言いかけていませんでしたか? 私への提案だったかと思いますが」
「ああ、それは。……例のワカモの件です。もし、SRTであの件の調査を進めるのであれば、RABBIT小隊を中心にやるのはどうですか? 私がアリウスの調査で抜けることがありそうなのもあって、丁度いいのではないかと思ったんです」
七度ユキノの提案は、大いに検討の余地がある内容だった。一方狐坂ワカモの名を聞いて、不知火カヤが少し顔色を悪くした。
「あの噂は本当だったのですか、災厄の狐が暴れているというのは。だとしたら、連邦生徒会に責任がありますね。……尻ぬぐいをさせることになってしまい、申し訳ありません」
「カヤさんが謝ることはありませんよ。ただ、そうですね……その辺りの真偽も含めて、やってみましょうか」
RABBIT小隊にとって初となる任務は、こうして「狐坂ワカモの捜索」に決まったのだった。