黒服がシャーレの先生になった世界線   作:黒服先生

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猫天屋質店②

「聞いておるよ。ヴァルキューレの代わりに、先生が捜査を引き継いでくれると。あやつら儂が犯人を見たと言ったとたん逃げるように調べるのをやめおって……」

 

 漸く猫天屋質店の店主に会えたが、何も悪びれることもなく一方的に話すこの猫顔の男の話を聞く価値を、私はあまり感じていなかった。

 

 少なくともこの人物が、実際に善意の通報者で、強盗の単なる被害者だとは到底思えなかったのだ。

 以前、百鬼夜行に訪問した際に出会った河和シズコから聞いた桜花祭への妨害行為を行っていた人物は、状況と資金の流れを考えるとこの人物でしかありえなかった。

 

 それでも一応引率という立場から、RABBIT小隊が事情を聴いているのを後ろで黙って聞いていたが、事件に触れたのは店舗内に案内されるときに私に向かっていった冒頭のヴァルキューレへの愚痴が最初で最後である。

 

 襲撃を受けたばかりのはずにも関わらず、妙に小奇麗な店舗内の、その中でも豪華な商談スペースのような場所に案内されてから、すでに1時間弱。

 その間、殆どがこの老人の自慢話と愚痴に費やされており、中心になって話を聞いている月雪ミヤコを始め、生徒たちの反応からは、かなりの疲労と苛立ちが感じられた。

 

 仕方のないことではある。SRT特殊学園は警察学校ではなく、捕虜への尋問はともかく、通常の事情聴取について学ぶ経験は少ないだろう。

 勿論、2年生のスカウトチーム、HAMSTER小隊の生徒たちのような情報収集を専門する部隊にはある程度ノウハウが蓄積されているのだろうが。

 

 そして、事情聴取に不慣れなことは多分この猫顔の店主も分かっており、わざとやっているのだろう。関係ない会話で疲弊させ、本題を切り上げようとしている。つまり、この人物に、捜査に協力しようなどというつもりは恐らくないのだ。

 

 関連していそうな情報については既に共有している。それを彼女たちにうまく使うことが出来るのが理想だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。これ以上武力行使を重ねることに意味はないのは相手も理解はしているだろう。

 このまま黙って結論を見守っておくべきだろう。そう思い、月雪ミヤコの背を眺めていた。

 

 その時、彼女が少し姿勢を正したように見えた。

 

「……成程、ニャン天丸さんがこの店を始められるまでには、大変な苦労があったのですね。そして、その素晴らしい理念のもと、ようやくこのお店を立てられたと」

「うむ? ああ、そうだ。よく分かっているじゃないか」

 

 自慢話の一瞬の隙をついて、月雪ミヤコが当たり障りのない誉め言葉で店主を賞賛した。店主は少しひるんだが、それに乗った。内容は些細でも、初めて会話の主導権を彼女が握った瞬間だった。

 

「そしてそんな大事なお店が、ならず者に襲撃されるなんて、大変でしたね。本当に、許せないことだと思います」

「あ、ああ。そうだ、その通りだ」

 

 今まで殆ど相槌を打つだけだった彼女が突然話し始めたことに少しの動揺を見せて、店主が頷く。

 

「しかも、その犯人は、狐坂ワカモだという話です。……実は、私たちは今、『ある重大な事件』の『関係者』として彼女の動向を追っているのです。少しでも情報が欲しくて。ニャン天丸さん、何故あの監視カメラに映っていた犯人が狐坂ワカモだと分かったのですか?」

 

「あ、ああ。君たちもあの映像を見たんだね。だったら、分かるだろう? 見た目に、あの手際の良さ。狐坂ワカモ以外に無いじゃないか」

「成程、つまり根拠と呼べるものは無いんですね?」

「は?」

「失礼しました。ニャン天丸さんの目を疑っている訳ではありません。ただ、実はその襲撃されたという時間と同じころに、他の場所でも彼女の目撃証言がありまして」

 

 シャーレに届けられた目撃情報には実際にそのようなものがあった。信憑性は皆無に近かったが、嘘ではない。

 

「それが、建物の上を飛び回る仮面の女がいたという話でして、あんなことができるのは災厄の狐に違いないという」

「何だそれは、バカバカしい。そちらが偽物に決まっている!」

「はい、そう思います。ですが、映像を見ても、私にはあれが狐坂ワカモとは解らなかったんです」

 だから、二つの話は同じように聞こえました。とまでは、月雪ミヤコは言わなかった。しかし店主には伝わっているだろう。彼は苛立ちを隠せてはいなかった。

 

「すみません、話を続けますね。それで、その映像の後、狐坂ワカモはこの店の商品を盗んで行ったと聞いていますが、質店ということは質流れ品ですか? ここにリストはいただいていますが」

「……一部はな。ただ多くは違う。この店は武器類も販売している。表に書いてあっただろう?」

 

 月雪ミヤコは頷いた。分かっていて聞いたのだろう。

 

「……こうしてみてみると、随分珍しい物も被害に遭われていますね。威力の関係で連邦生徒会の加盟自治区には持ち込めない類の物や、これなんか殆ど流通していない限定モデルのライフル銃ですか」

 

 月雪ミヤコはリストを眺めながらつぶやくようにそう言った。

 

「ああ、本当に勿体ないよ。盗難保険をかけていたから金は幾らか返ってくるが、それでも金だけでは手に入らない物も含まれているからね」

 

 彼のその言葉だけは、妙に真に迫っていた。恐らくはそれを実感していることだけは事実なのだろう。そして、だからこそ

 

「もう既にブラックマーケットに出回っているかもしれませんね。先ほど私たちを襲撃してきた人物が、この限定のライフルを使用していましたから」

 

 月雪ミヤコのこのような見え透いた誘導に引っ掛かってしまうのだろう。

 

「まさか、そんなことはあり得ない!?」

 

 大声で店主が叫ぶ。月雪ミヤコは身じろぎひとつしなかった。

 

「確かに、気のせいだったかもしれません。ですが、何故そう言えるのですか? 先ほどの連中とお知り合いという訳ではないと仰っていましたよね? それに……盗品であればブラックマーケットに流通すると考えるのはそんなにおかしなことでしょうか」

 

 私の位置から見えるのは店主の表情だけだが、彼は自身の失言にようやく気付いたようだ。口を開きかけたが、何も言葉を発せないようだ。月雪ミヤコは淡々と続ける。

 

「失礼ですがまるで……盗まれた物が、どう流れているのかをご存じのようではないですか。もしくは、それが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……ところで、ニャン天丸さん」

 

「ま、まだ何か?」

 店主の声は完全に引きつっていた。自分の失言をどうカバーすべきか決めあぐねているのだろう。そんな彼に、月雪ミヤコが決定打を出す。

 

「最近、海難事故にも合われていると聞きました。そちらで沈没した船や積み荷ですが、オデュッセイアが引き揚げを予定しているそうです。()()()()()()、戻ってくると良いですね」

 

 実際には引き揚げの予定など存在しないが、そこまで言われて、彼は自分の罪を殆ど知られている事に気付いたようだ。挙動不審になり、部屋の入口付近にいる私の方を見た。

 

 どうにか逃走できないか考えているのだろうか。しかし、私の隣には未だに護衛として霞沢ミユが控えており、彼女は真っすぐ店主の方を見据えていた。

 

「……」

 

 赤くなっていた彼の顔が急速に青ざめていくように見えた。

 もはや、彼の状態は、探偵に推理を披露された犯人役そのままだ。

 

 やがて彼は項垂れ、ただ後に続く言葉を待つのみとなった。

 

「さて……話が少しそれてしまいましたね。襲撃犯の話ですが、やはりアレは狐坂ワカモだという主張でよろしいですか? であれば、私たちもさらなる捜査を行う必要がありますが」

「いや……あんなのはでっち上げだ。 あれは狐坂ワカモではない……」

 

 俯いたまま、彼はそう言った。

 

「そうですか…… 正直に言っていただき、ありがとうございます。……あなたが今後どうされるかについては、私たちは関知しません。狐坂ワカモに関する内容でないとなれば本件捜査に関しては、先生と支部長の承認が降りていない以上、私たちには権限がありませんから」

 

 月雪ミヤコは、感情を出すことなく言い続けた。

 

「捜査については、ヴァルキューレが再び引き継ぐことになるでしょう。私の希望としては…… 今後は、正直に生きてほしいです。長々と語っておられたあのお話の全部が嘘だとは思えません。 沢山苦労されたのだろうと思います。だから……」

「……そろそろ帰ろう、ミヤコ」

 

 最後に言葉に詰まった月雪ミヤコに、空井サキが声を掛ける。

 月雪ミヤコは黙ってうなずき、立ちあがった。

 

 生徒たちが出ていき、部屋に残ったのは私と店主、そして霞沢ミユだけになった。すぐに終わるとつたえ、渋っていた表情の霞沢ミユを外に出す。

 

「まだ儂に何か言うことがあるのか? 」

 室内に私だけになっても、彼は強硬手段に出ようとはしなかった。

 

「生徒たちのことを低く見積もりすぎましたね」

「ああ、まさか、リゾートのことまで知られているとはな……」

「それに関しては運が悪かったですね。海難事故に巻き込まれてあなたは多くの商売道具を失ってしまった。そしてその補償も受けることはできなかった。何故なら、あのリゾートは連邦生徒会に権利があるものであり、持ち込むことが出来ないはずのものが多く含まれていた」

 

 違法行為が絡んでいた、という点では違うが、この店主もホバークラフトを失った河駒風ラブと似たような状況にあったのだ。

 そこで失ったものを取り戻すために、河駒風ラブが選んだのは真っ当な手段での返済で、彼は保険の不正請求という手段だった。

 

「ああ、本当に運が悪かったよ。……アンタも帰ってくれ。儂も身の振り方を考えねばならん」

 

 彼はそう言って、私を追いやるような仕草をした。それに従い、私も部屋を出た。霞沢ミユは出てすぐのところで待機していた。3人を追いかけず、私を待っていたらしい。

 

「……あの、先生」

「何でしょう」

 並んで歩き始めて、小さな声で霞沢ミユが私を呼んだ。

 

「ニャン天丸さんは、この後、どうなるのでしょうか」

 それは、彼の行く末案じている言葉のように聞こえた。正直に話すとしよう。

「さあ、どうでしょう。身の振り方を考えるなどと言っていましたが……確実に言えるのは、彼は反省などしていない、ということです。いえ、少し違いますね。彼は今回の失敗を反省して、次に生かそうとするでしょう。次の悪事に、ですが」

 

 恐らくRABBIT小隊の生徒たちが勘違いしているだろうことに対し、釘をさしておく。アレはそのような感情を揺さぶるような話ではなかった。

 

「えっ……えー……そうなんですか? 反省しているように見えましたけど」

「神妙にしていただけです。彼はもう更生して生き方を変えるような段階はとうに過ぎていて……真っ当な方法での金の稼ぎ方などと思い出せないところにまで来ているように見えましたよ」

 

 私が頷くと、霞沢ミユは複雑そうな顔をした。

 

「あ……あの……できれば、その話はミヤコちゃんにはしないでください……ね」

 

 他の3人と合流する直前、霞沢ミユは私に懇願するように頭を下げ、そう言った。




描写が分かりづらいと思いますが、ニャン天丸が実際に何をやろうとしていたのか、については別の場所で然るべき相手に説明する予定です。
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