先ほど目の前を通り過ぎた百夜堂へと再びやってきた。
正午より少し前だったが、スムーズに入ることが出来た。リザーブの札が置かれた席に案内された、満席という訳ではなかったが、気遣いの出来る人物だ。
店内には複数の店員がそれなりに忙しそうに動いていたが、店長であり看板娘も務める河和シズコの姿は見えなかった。
前回訪問した時と同様に、自由に頼んで良いということと、天地ニヤが来たら連絡してほしいと伝え、その場を離れる。
奢りであることに喜んでいた反応はゲーム開発部の生徒たちとあまり変わらないように見え、彼女たちもまた、同世代の女学生なのだということを思い出させた。
近くにいた店員に声をかけると、私のことを覚えていたらしく、「オーナーが事務室
でお待ちですよ」と言われた。
姿が見えないと思ったが、私から何かしら報告があることを桑上カホからの連絡で予期していたのだろう。
「お帰りなさいませ! ご主人様っ!」
事務所に入ると、見事な笑顔で河和シズコに迎えられた。営業スマイルとは感じられない自然な笑みに見えた。
「こんにちは、シズコさん。相変わらず見事なものですね」
「えへへっ、ありがとうございます。あれから重点的に鍛えましたからっ」
そう言って彼女は普通の少女らしく笑った。これも意図的に変えているとすればなかなかのものだ。
「さて、シズコさん。実は昨日、例の……ニャン天丸氏と会ってきましてね。その報告に伺いました」
「え? 会長に会ったんですか? この前……一昨日でしたっけ、見た目の特徴とか聞かれて、何でだろうと思ったんですけど、そういうことだったんですね」
私が本題に入ると、彼女は内容が予想外のものだったらしく目を丸くした。
「ええ、写真などの提供ありがとうございます。調べても彼の写真はあまり見つからなかったもので」
「うーん、確かにあんまり写真が好きじゃないのかもしれませんね。それで……会長は元気にしてましたか? 最近全く姿を見ないので心配してましたけど……」
恐る恐る、と言った様子で彼女が尋ねる。様子から、本当に彼のことを心配しているようだ。さて、どこまで話したものだろうか。
「……そうですね、少なくとも健康そうには見えました。ただ……恐らくはこの商店会に戻ってくることはもう無いと思います。新しい会長を選任すべきでしょう」
「え……ど、どうしてですか? 会長、伝統とかにも詳しくて、商店会のこともよく考えてくれていたのに……」
河和シズコが目に見えて動揺していた。私はこの商店街の商店会長としての彼のことを全く知らない。知っているのは彼が行った詐欺行為と、そして恐らく、桜花祭を妨害していたのが彼であるという状況証拠に過ぎない。
彼女が、ただあの者を慕っていただけの一般学生であれば、これ以上の情報は知らせない方が良いのかもしれない。しかし、彼女は同じ商店会に所属しているこの店のオーナーであり、経営者だ。少なくとも彼の行いを知る権利はある。
私は心中でそう結論付けた。
「ここからは、聞いていて気分の良くない話になると思います。私が昨日直接関わった話と、そして推測の混じった話です。シズコさんは、それでも聞きたいですか?」
「そ、それはどういう……」
私の発言に、彼女はその理由を聞こうとした。当然であるとは思うが、それにこたえることはできなかった。
「すみません。ここでやめるか、この先も聞くか、という2択でお願いします。中途半端な情報で
は余計な誤解を招くかもしれません」
「っ……」
河和シズコは即答できないようで、少しの間俯いていた。それでも、顔を上げて
「聞かせてください、先生」
と、そう言った。
「そうですね……まず何から話しましょうか。……彼の入院の理由についての話からにしましょうか。それについては事故によるものでした。
「あ、はい。悪徳銀行が起こした詐欺事件ですよね。それで、債権者が島に詰め掛けたとか……会長がそれになにか関係していたんですか?」
「それに関しては基本的には彼は被害者です。債権者の1人だったようですね」
カイザーの伝手で得た情報である。ニャン天丸という名前は本名ではないようで、別の名義だったが、彼が権利者であったことは間違いなく、そして
「そこで偶発的に起きた衝突に巻き込まれてしまったようです。彼自身は怪我をしたものの、無事でした。しかし、船と積み荷はそうはいかなかった。沈没してしまったようです」
「そんな……」
河和シズコは、悲劇を知ってしまったような同情の表情を浮かべる。自分が同じ場面に遭遇した場合の事でも考えたのかもしれない。
「彼は商人です。船にも商品にも当然保険はかけていたと思いますが、船はともかく、積み荷についてはそうはいかなかった。何故なら、その積み荷には持ち込みが禁止されていた品が積まれていたのです。違反物品を遺失してしまったとて保険金は下りてきません。彼は諦めざるを得ませんでした。本来なら」
「本来なら? それより禁止品って……」
「主に各自治区内で所持が禁止されている武器類です。禁止されていないのは学校の自治区外であるブラックマーケット近郊です。そこで彼は質屋兼、武器の販売を行っていました」
「……へ?」
沈痛な表情を浮かべた彼女が一転、困惑した表情に変わった。そんなこと知る由もなかったのだろう。話を続ける。
「彼は元々、高額な保険料を支払ってその商品に保険金をかけていました。盗難保険を。だから彼は、船の沈没で遺失した彼の商品を、すべて盗まれたことにしようと思い付き、狂言強盗を行った。知っての通り、ブラックマーケットの連中です。金を貰えば何でもするような連中のことを彼は知っていた」
「ちょ、ちょっと待ってください!? 狂言強盗って何ですか? いきなり聞いた事の無い情報がたくさん入ってきて、何が何だか……」
聞いていた彼女が頭を抱える。
「自作自演で自分の店を襲わせたんですよ。そして船の沈没で失った多くの商品を、その強盗を行った人物が盗んだように見せかけ、保険金を詐取しようとしたのですよ。そして彼はヴァルキューレに被害届を出した。保険金を受け取るのに必須でしょうからね」
「……」
河和シズコはもう言葉も出ないようだった。しかし、話はまだ終わっていない。
「そして、ヴァルキューレの捜査に対し、彼は『狐坂ワカモのしわざ』などと嘘をついた。それで捜査が止まる可能性があることを、彼は知っていたのでしょう。もとよりブラックマーケット近郊での捜査など力を注がれることは少ないですが」
「
彼女はまた、突然知っている人物の名前が出てきて驚いた様子を見せた。
「七囚人、特に狐坂ワカモに対する動きは鈍いという噂がありますから。そして彼の思惑通り、ヴァルキューレはこの件から手を引こうとした。ただ、彼にとって恐らく想定外だったのが……」
「……」
話が終わりに向かう。河和シズコも黙って最後まで話を聞くつもりのようだ。
「シャーレで彼女の、狐坂ワカモの情報を集め始めていた、ということです。そして我々の目に留まり、SRTの、今日共に来ているRABBIT小隊の生徒たちが捜査を引き継ぐことになりました。無論、彼女は関係ないと判明したので、昨日再びヴァルキューレに管轄を戻されましたが」
今頃はヴァルキューレが捜査に向かっているところだろうが、彼が素直に捕まるとも思えない。どうするつもりなのかは知らないが。
「すみません、関係ないんですが、ワカモさんを探しているんですか?」
河和シズコが口を開いた。
「何かありましたか?」
「いえ、ただ……知り合いなんです。向こうが私のことを覚えているかは分かりませんが」
「そうだったんですね。彼女もお客さんとしてこの店に来ていた?」
私がそう尋ねると、彼女は頷いた。
「はい、もう1年以上も前になります。ワカモさんが七囚人なんて名前で呼ばれるようになるよりもずっと前。何度かお店に来られていたんです。ワカモさんは悪名高さということで有名でしたが、少なくともこのお店をどうこうしようとはしていませんでした」
彼女は思い出を語るような語り口で、狐坂ワカモの情報を明かす。重要な情報になるかは分からないが、思わぬ収穫になりそうだ。
「それと……騒ぎにならないように、変装して来ていたんです。変装と言っても、変な格好をしていた訳じゃなくて、丁寧に制服を着て、仮面をつけていなかったのと、帽子を被って耳を誤魔化していた位だったと思います。でも、私も周りの人も全然気づいていませんでした」
「素顔はここでもあまり知られていなかったんですね」
常に仮面を被っているため、逆に素顔が変装になる、ということか。そして、ただ仮面を被っているというだけで多くの人が彼女だと思い、今もシャーレに情報を送ってきている。
「はい。私が気付いたのは偶然で、ある時、お釣りを返し忘れていたことに気付いて、慌てて追いかけたんです。人通りが多い中をあの人はすいすいと通っていくので、大変でしたけど。何とか見失わずに路地裏の方まで行って、そこで丁度仮面を被るところのワカモさんに追いついたんです。……びっくりはしましたけど、とりあえずお釣りのことしか頭になかったので、それを渡して」
彼女が懐かしむ表情で過去を振りる。
「ワカモさんはもう一度仮面を取って、ありがとうと言って笑ってくれたんです。めちゃくちゃ美人で、優雅だなぁって、危険人物だって言われているのに、そう思ったんです。それからも何回か来てくれましたけど……色々あってからは、まだ来てくれていないですね……」
彼女はそう言って、話を終えた。
「ありがとうございます。少し、ワカモさんの印象が変わりました。ゆっくり話す機会があればよいのですが……」
「そうですね……あっ、ごめんなさい! 全然関係ない話をしちゃって」
「いえ、貴重な情報でしたよ。それで、ニャン天丸氏の件に戻ります。商店会に戻れないというのはそう言った理由もありますが……」
「……桜花祭を妨害していた犯人が会長……っていう話ですか?」
「……ご存じだったのですか?」
「そういうわけじゃないんです。でも、考えないようにしていたっていうか、可能性を信じたくなかったんです。結局無事に開催できたんだし、何かの間違いだろうって。でも、あの時先生と話してから、改めて自分でも調べてみたんです。それで、イズナ……えっと、知り合いの一年生や、魑魅一座でも話の出来る子から聞いた話だと、会長の特徴に当てはまる気がして……」
イズナ……その名前をどこかで聞いた事のあるような気がするがすぐには思い出せなかった。
「そうですか……こちらもその件については確たる証拠は無かったのですが、シズコさんの方でも同様の可能性に行きあたっていたというのであれば、間違いは無さそうですね。こちらは少しお見せできない資料なのですが、怪しい金の動きから、何者かが金で雇って魑魅一座を動かしていたことまでは突き止めました。そしてそれが可能そうな人物があの当時の人物では……」
「……会長しか、いなかったってことですね? ……ありがとうございます」
河和シズコはそう言って項垂れた。
「まあ、彼についての情報はこんなところでしょうか、私の推測が多分に含まれているので、すべてを信じる必要はありませんが」
「はい。……今日いらっしゃったのも、もしかしてワカモさんの件があったからですか? 陰陽部の部長まであとから来るって聞きましたけど……」
「そうですね、その通りです。」
「なるほど。何とか見つかる事に、私も期待していますね」
彼女がそう言った時、事務室の扉が開いた。
「オーナー、先生。失礼します。陰陽部の部長がいらっしゃいました」
入ってきた先ほどの店員が我々にそう告げる。
漸く、今日百鬼夜行に訪れた本当の目的を果たすときが来たようだ。