事務所を出て、RABBIT小隊の生徒たちが座っていた場所を見ると、片方が折れている2本の角と閉じているのか開いているのか分からない薄目が特徴的な女生徒が霞沢ミユの隣に腰掛けていた。
「うわ、本当に来てる……」
私の後ろで河和シズコが小さな声で呟いた。苦手なのだろうか。
まあ、この毎日のように祭りをやっている自治区でお祭り運営委員会の委員長などやっていると、色々しがらみもあるのだろう。
「お待たせしました。少しシズコさんとお話をしていまして」
「いえいえー、こちらこそわざわざお越しいただいたのにお待たせしてしまって、すみませんねぇ。私、陰陽部部長、天地ニヤと申しますぅ。どうぞよろしくお願いしますね?」
そう言って、天地ニヤは含みのあるような笑みを浮かべた。
「いらっしゃいませ、部長。何か頼みますか?」
普段の接客や、先ほど私に見せた挨拶はどこへやら、河和シズコは落ち着いた態度、というより義務感のような口調で尋ねた。
「まぁ! お気遣いありがとう、シズコさん? ですが、もうさっきの子に頼んじゃってので大丈夫ですよぉ。にゃははっ♪」
「そうですか、じゃあ私はこれで」
大げさに反応する天地ニヤに、河和シズコは塩対応を徹底している。
「あ、シズコさん。少々お待ちを。折角なので、シズコさんにも聞いていただけません? 実は百夜堂にも関係する話なので」
「へ!?」
河和シズコは驚いて私の顔を見る。私も初耳だ。首を振る。
「あ、もちろん、SRTの皆さんが良ければ、ですけどっ。いかがです?」
天地ニヤがRABBIT小隊の生徒たちの方に向かって振り向く。
「……関係者ということであれば、勿論問題ありません」
初対面の他校の生徒会長ということもあり、月雪ミヤコは少し緊張気味の、真面目な様子で返事をした。
「じゃあ、よくわからないけど一緒に聞いてたら良いですか?」
「ええ、それで結構ですよぉ。では、始めましょうか♪」
──
「改めて、今回、シャーレに委託されて調査を行う事になりました。SRT特殊学園の月雪ミヤコです。今回の事件の話ですが、いただいた情報では、山道を歩いていた人物が、仮面を被った人物に襲撃されて、お菓子を強奪された、という話ですが、間違いありませんか?」
「ええ、その通りですよ」
「ありがとうございます。それで、一つ気になっていたのですが、何故これの調査をシャーレに? ただの強盗事件で、被害者も狐坂ワカモに襲われたと言っている訳ではないんですよね?」
一つ前に調べたファイルのことを思い出しているのか、幾分慎重になって月雪ミヤコは尋ねる。
「そうですねぇ。これが単発の事件であれば、ヴァルキューレの方に捜査をお願いしようと思っていたのですが、実のところ、こういった事件が何度も起こっていまして、共通しているのは、『山道で仮面を被った人物に襲われる』こと、『買ったばかりのお菓子が奪われる』というものなんですよねぇ……」
「連続で起きてるということですか? それはまだ収まっていないと?」
RABBIT小隊の生徒たちの顔色が変わる。
「そうなんです。狐坂ワカモである可能性は元より、それこそ『妖怪』の仕業ということも考えられるので、シャーレにお願いした次第です。本来はウチにも百花繚乱紛争調停委員会という専門組織があるのですが、諸事情で活動停止中なんですよねぇ……」
『諸事情』というのが少し気にかかるが、要するにこの学校の治安機関が機能していないという意味だろう。それ自体がかなりの問題であるはずだが、目の前の生徒会長からはそのような悲愴さは感じられなかった。隠しているとすれば、なかなかの演者だろう。
「妖怪……? 妖怪って、あのお化けみたいなもののことですか? この辺りでは妖怪が出ると……?」
一方、月雪ミヤコは別のところが気になったようだ。妖怪、確かにキヴォトスでは聞きなれない言葉だ。
「にゃはは。……まぁ、余所の方だと信じられないかもしれませんが。百花繚乱に伝わる百蓮という銃は、そう言った怪異を打ち倒すために使われてきたとされていますねぇ」
存在するとも、しないとも天地ニヤは明言しなかった。が、冗談で口にしたわけではないのだろう。月雪ミヤコもそれを感じたようだ。
「いえ、疑うつもりはありません。実は、先輩も幽霊的な存在を作戦中に目にしたと言っていましたので」
恐らく七度ユキノが見かけたユスティナ聖徒会の複製のことだろう。あの日彼女たちが見たものは目的を持たず漂うだけの幻のような存在だったが、本来どのように動くものだったのかは彼女にも教えている。
「あらら、そうでしたかぁ。では、改めて、この件についてお調べいただけますか?」
「……ええ、元よりそのつもりで来ていますから」
天地ニヤの依頼を、月雪ミヤコは迷わず受け取った。
―
そのまま、百夜堂の席を借りて会議のようなものが始まる。そろそろ昼時が終わり、そのまま居ついても問題なさそうな雰囲気ではあった。そもそも店長がここにいるので止める人物もいないのだが。
「調査すると言っても、今回はどうするつもりだ? 前みたいに話を聞くだけって訳にもいかないだろ?」
空井サキが確認するように口にする。
「手がかりというより、何か足掛かりになるようなものがあれば良いのですが……」
月雪ミヤコが思案顔になる。
「そう言えばさー、アリ……1個目の調査で証言してくれてたけど、アレは関係ないのかな、何か甘いお菓子くれたって言ってなかった?」
風倉モエがメモ調査資料を端末で確認しながら思い出したように言った。
「あー……確かに言ってたな。でも、百鬼夜行でお菓子強盗を繰り返すような奴が戦利品を見ず知らずの他人にあげたりするか? 行動がかなりちぐはぐな気がするぞ」
空井サキも同じ資料を確認したが、関連性については懐疑的なようだ。
「あの、会議中申し訳ないんですけど、一つ良いですか?」
そこで、席について以降黙っていた河和シズコが手を挙げる。
「はい。店長さんどうぞ」
「結局、私に関係のある話って何なんですか? 聞いていた限りあんまり関係ない気がするんだけど……」
「ああ、それはですねぇ……狙われたお菓子というのが、百夜堂のお菓子なんですよねぇ。百夜堂の包み紙を持っている方が狙われるケースが多いみたいで」
「えっ、それだけ?」
天地ニヤの説明に河和シズコが唖然とする。しかし、月雪ミヤコは納得したように
「なるほど……」
と頷き、
「確かに一度食べてしまうと、やみつきになるほど美味しいですからね。流石に人を襲うことはありませんが」
と真顔で言った。
「あ、ありがとう……?」
予想外の視点から急に褒められた河和シズコは、営業スマイルで返すことも出来ずにそう言った。
「……それと、今の話を聞いて思いつきました。ここは囮作戦というのはどうでしょう」
続く月雪ミヤコのその発言に、一同は顔を見合わせた。
──
『こちらRABBIT2。今のところ人の気配のようなものは感じられない』
空井サキの通信が耳に届く。
月雪ミヤコの立てた作戦は単純なものだった、百夜堂の商品を強奪してくる人物がいるというのなら、自分たちが狙われてみたらいいだろう、という話だ。
そしてその囮役を買って出たのが空井サキだった。曰く、一番危険なポジションはポイントマンの仕事だ、とのことだ。
SRTの制服だとやはり警戒されるかもしれない、ということで、またも服を着替えることになり、彼女が作戦中は常に身に着けている帽子も外した。
どこから見ても百鬼夜行の一般生徒に見えたが、前回の二の舞にならぬよう、ただ「似合ってる」と言うにとどめておいた。
現在、我々は空井サキを目視が丁度出来るかできないかの距離を後ろから追うように付いて行っている。行がかかり上とはいえ、何故か天地ニヤに加えて河和シズコまでそれについてきていた。
もし相手が何らかの方法で山道全体を監視しているのであれば、空井サキが襲われることは恐らくないだろう。そう思っていたのだが……
今回予定したルートを半分ほど過ぎたあたりで、空井サキから通信が入った。
『ん……何だ? 何か聞こえたよな……うわぁ!!?』
まず初めに、何かに気付いた空井サキの声。そして、大きな音と、彼女の驚くような声。
ここからでは何が起こっているかは分かりづらいが、空井サキが何かに奇襲を受け、走っているのが感じられた。
「こちらRABBIT1。RABBIT2 大丈夫ですか? すぐに合流します」
そう言って、月雪ミヤコが追いつくために走り出す。
後方支援の二人も警戒態勢と準備を取りつつ、今空井サキのいる方へと近づいていく。
そして、周囲に聞こえないように気を遣っているような小声で、空井サキの声が追加で聞こえてきた。
「あー……こちらRABBIT2 確かに仮面は被ってたけど、こりゃ外れだ。
」
「え? どういうことですか?」
うんざりしたようなその声は、その理由を話す。
「だって、ワカモって
「は?」
接敵している空井サキと、それに合流しようとして移動してながら通信を行っている月雪ミヤコを除いた全員の視線が、情報提供者の天地ニヤに集まる。
「ふぅむ……そういえば、襲われた皆さん、口々に仮面を被った
天地ニヤは、白々しくそう言った。
「『……それは最初に言えぇー!!!? 』」
マイク越しの空井サキと、同行している河和シズコの怒号が、殆ど同時に響き渡った。