「ヤバい、叫んだらバレた!? 交戦開始するっ!」
天地ニヤへの怒りの叫びにより、隠れていた場所を特定されたらしい空井サキの叫びが聞こえてくる。
そして直後、何発かの銃声が聞こえる。
天地ニヤがどういうつもりなのか、という追及は後回しにして、状況の対処が優先だろう。戦闘支援アプリを起動しているシッテムの箱を見る。既に気付いていたが、そこにはRABBIT小隊や、天地ニヤ、河和シズコの情報は乗っていたが、空井サキが接敵している相手は表示されていなかった。このようなことは初めてだった。
何かしらの異常現象が起きているのは間違いないだろう。
『こちらRABBIT2、駄目だ、こちらの攻撃は全く通じていない! 弾は……私の感覚が間違いでないなら
空井サキから悲鳴のような通信が聞こえてくる。
その後も散発的に銃声が聞こえる。複数の種類の音が聞こえるため、相手も銃を使用しているようだ。
『こちらRABBIT1。間もなく合流できます。持ちこたえられますか?』
『あ、ああ。それは問題ない! 図体がでかいだけで動きは鈍いし、射撃の腕も下手もいいとこだ。奇襲されたのに普通に一回逃げれたくらいだし』
空井サキが戦闘慣れしているというのもあるのだろうが、想像よりは余裕がある。戦っている相手。
『こちらRABBIT3。ドローンで遠距離でお相手を確認できたよ。うわー……何アレ? とりあえず先生にも写真送るね~』
そう言って、送られてきた画像には、黒く染まった狐面のようなものを被る人型の異形だった。
手にしている銃も本体と同様に大きく、また対称的に真っ赤に染まっている。恐らく銃自体も本体の一部なのだろう。
『こちらRABBIT1。ようやく私も相手を視界にとらえました。何というか……生物のような感じがしないですね。アレが妖怪なのでしょうか……サキ、とりあえず後ろに向かって走ってください。効くか分かりませんが視界を塞ぎます。RABBIT3、お願い』
『りょーかい。煙幕貼るよー!』
月雪ミヤコの要請に、即座に風倉モエが答える。
その怪物に視界を遮る意味意味があるかは不明だったが、効果のほどはすぐにわかった。
『こちらRABBIT1。煙幕は有効のようです。相手は完全に私たちを見失っているようです。……ただ、それにしては動揺のようなものが感じられません。生物というより、機械に近いかもしれません』
月雪ミヤコからの報告が入る。危機的状況ではなくなったようだ。
──
「ニヤさん。こんな状況ですが一つ確認したいことがあります」
「はい? 何でもどうぞぉ♪」
天地ニヤの様子はあまりにも先ほどまでと変化がない。この状況を予見していたかのようだ。
「まさか、
本当にそうだとしても答えないだろうが、尋ねる。天地ニヤは表情を変えることなく楽し気に返事をした。
「まさかぁ。私にこんな真似はできませんよ」
「じゃあ、知っていることは全部教えてください! 少なくとも、アレが何か知っているんでしょう!?」
妙なことに巻き込まれた河和シズコが怒りのこもった口調で問い質す。彼女の怒りはもっともではある。
今の状況は陰陽部の部長が意図的に、他校の生徒を危機に陥れようとしている。と捉えられてもおかしくない状況だからだ。
「いやいや、アレが何なのかは本当に知らないですって。ただ、そうですねぇ。アレは多分本体ではなくて、誰かが、操ってるんじゃないでしょうか。ほら、3mの怪物が食べるにしては、百夜堂のお菓子じゃ可愛すぎると思いませんかぁ?」
天地ニヤは確実に何かを知っている様子だが、自分から明かすつもりはないようだ。『シャーレの先生』に何かをさせるのが目的なのだろうか。仕方ない、乗るしかないか。
「……ミユさん。アレの他にもう一人、恐らく近くで見ている者がいるようです。探すことはできますか?」
「は……はい。ちょっと、やってみます」
『こちらRABBIT1、RABBIT2と二人で、あの怪物と再度戦います。操っている人物がこちらに集中している隙に見つけてください。先生、申し訳ありませんが指揮はお願いします』
シッテムの箱のような機械技術の粋でも捉えきれない相手だ。本人に聞く限り霞沢ミユの索敵技術は人間心理や経験則に基づくもののようだ。
相手が異常存在であっても、「意図的に百夜堂の菓子」を狙いに来るような、人間らしい人物であればその力が生きるのかもしれない。
そして霞沢ミユは、期待に完璧に応えた。
『こちらRABBIT4……み、見つけました、けど……』
たった数分で、霞沢ミユは下手人とみられる人物を見つけた。天地ニヤの言った通り、怪物を操っている人物がいたのだ。
月雪ミヤコと空井サキは追い込まれている振りをしながらこちらの方向に注意を剥かせないように怪物の動きを捌いている。異常な状況だが、状況はこちらに傾きつつあるといえるだろう。
しかし、霞沢ミユは困惑した様子だった。
『えと……その子は全く私に気付く様子はありません、何か本の様なものをもって、ミヤコちゃんとサキちゃんが戦っている怪物を応援しているみたいです。それで、その……その子なんですけど』
霞沢ミユは、見つけて以降その下手人の事を『その子』と呼んでいる。ということはつまり
「たぶん、私たちよりも年下の女の子に見えます……」
―
『……どうしますか、先生? 今なら狙撃可能ですけど……』
霞沢ミユから、撃ってもよいのかという問いが来る。自分より年下の、つまり中学生以下と思われる少女を狙い撃つことの躊躇が見られた。
私は彼女の想いとは恐らく異なる部分でその問いに即答できなかった。
「そもそも、その人物に
撃って効きませんでしたではこの状況を活かせずに終わってしまう。彼女が何者かは分からないが、天地ニヤは恐らく彼女を確保、ないしは保護することを目的としているのだろう。そして、もう一つ間違いないのは、我々は試されている、ということだ。
『こちらRABBIT3。でもさ、戦っている様子を見てるわけだから目と耳は普通に通じてるんでしょ?』
風倉モエが会話に加わってくる。
「……その通りですね」
『だったら、音響閃光弾は効くんじゃない? 座標教えてくれたら投下するけど』
風倉モエの提案は珍しく理にかなっているように感じられた。
「……ミユさん。その人物の場所は今ミユさんのいる位置から見てどのあたりにいますか、方角と距離を教えてください」
「は、はい。えと……北東に400mほど進んだところです。……今二人が戦っているところから80mくらいの、至近距離で見ているみたいです」
今の情報を元に、風倉モエに座標情報を送る。
「オッケー。 戦ってる二人も気を付けてねー。 ……音響閃光弾発射まで3,2,1……全弾発射ー♡」
直後、ここからでも耳を劈くような大きな音と、激しい光が確認できた。閃光弾だとしても明らかに威力を間違えている気がするが。
『やりすぎだバカモエ! 犯人の子、大丈夫だろうな……』
再び空井サキの怒声が響く。事前告知があったとはいえ、至近距離であれをくらっているのではあればごもっともな怒りではある。
『こちらRABBIT1。戦っていた怪物が地面に沈んでいくように消失しました……』
一方同じ状況にあった月雪ミヤコは冷静に敵の様子を観察していた。しかし、流石に声色に驚きと困惑を含んでいた。
『こちらRABBIT4。び、びっくりしたぁ……。あ。……えと、さっきの子は、気絶しているみたいです……』
霞沢ミユがそう言ったとき、私も気づいた。シッテムの箱に、その少女と思われるポイントが現れていた。
「RABBIT小隊の皆さん、お疲れ様です。申し訳ありませんが、そこで気を失っている少女を連れてきてもらっても良いですか?」
『RABBIT1、了解しました。既に倒れている対象を発見しています……。近くに彼女の物と思われる本も落ちていますけど、こちらはどうしますか?』
天地ニヤの方を見る。彼女が頷くのを見て返事をした。
「それも持ってきてください。それぞれ別の方が持ってくるようにお願いします」
『では、それはサキにお願いします』
そこまでで、通信が終了する。予期せぬ展開の連続で、実際の厄介さ以上に疲れる相手だった。
「さて……ニヤさん」
「はい?」
とぼけた様子を崩さない彼女に、言わなければいけないことがある。
「もう我々を試すのは十分でしょう。
「にゃ、にゃはは……結構怒ってますか?」
「……この後の話次第ですね」
相手が偶々あまり強くなかった、というだけで、一歩間違えればRABBIT小隊の生徒たちはより危険な目にあっていた。流石に説明は欲しいところだ。
「……はい。そうですよね。ごめんなさい…… 皆さんが戻ってきたら陰陽部の本館へとご案内します。そこで、説明をさせてもらいます」
天地ニヤはそう言って頭を下げた。河和シズコも何か言いたげな表情をしていたが、その姿を見て、一旦は口を開くのをやめたようだ。
やがて、RABBIT小隊の生徒たちが戻ってきた。空井サキに背負われてきた今回の下手人と思われる少女は、霞沢ミユの言っていたように小柄だった。
しかしそれ以上に痩せすぎで、生傷を適当に治療した痕跡が多くみられるのが気になった。彼女がどういう存在なのかは不明だが、まともな生活を送っていなかったことは想像に難くなかった。