陰陽部本館へと戻った。困惑している桑上カホに未だ気を失ったままの少女を預ける。3つのファイルで、このファイルが最も簡単な内容になるかと思ったが、想定が甘かったと言わざるを得ない。
一度準備をするといって何処かへ行った天地ニヤの代わりに、陰陽部員に独特な造りの部屋に案内される。聞けば会議室のようなものだということであり、これが百鬼夜行の普通なのだろう。
天地ニヤを待つ間、RABBIT小隊の生徒たちは言葉少なにしていた。流れで付き合っていた河和シズコは、流石に店に戻る必要があるということで後から報告するよう約束して帰っていった。
そしてその中で、霞沢ミユは、彼女が拾ってきた少女の物と思われる本を凝視していた。
いや、正確には、そこに挟まれていた一枚の紙に気を取られているようだ。
「ミユ、何を見てるんですか?」
同じくその様子が気になったらしい月雪ミヤコが、話しかける。
「ミヤコちゃん、先生もこれ……」
そう言って彼女は見ていた紙を差し出す。それには1枚の絵が描かれていた。その見た目は、先ほど空井サキや月雪ミヤコが戦っていた怪物にそっくりだった。
「あの怪物を描いた……にしてはあまりにもそっくりすぎますね。勿論なくはないと思いますが……この絵を元にアレを具現化していた、考えるのが自然でしょうか」
月雪ミヤコが考えを口にする。概ね同意だが、私は別のことが気になっていた。この絵を見て、何か違和感を覚えたのだ。
それが何なのかを思い出そうとしているうちに、天地ニヤが戻ってきた。
「お待たせしました。先生、そしてSRTの皆さん。此度は誠に申し訳ございませんでした。こちらの都合で他校を巻き込み、碌に説明もないまま危険な目に遭わせたことをお詫びいたします」
そして、入室早々頭をついて謝った。いきなりの行動にRABBIT小隊の生徒たちは戸惑ってこちらを見た。仕方ない。
「……顔を上げてください」
「……」
天地ニヤは動かない。
「……私たちは謝罪を聞きに来たわけではなく、話を聞きに来たのです。まだ話を聞いていない内から許すも何もないでしょう」
私がそこまで言うと、天地ニヤはようやく顔を上げた。他の生徒たちの表情があからさまに安堵する。
笑みの抜けた天地ニヤの顔を始めて見たが、どことなく疲れが出ているように感じられた。
「……それでは、私の説明できる範囲で、今回の話をさせていただきますね」
―
「まず初めに、言い訳めいた話になってしまうのですが……本件に関しては、実際に私どもも把握できていない話が多く、不可解な点が残るのはご了承ください」
天地ニヤが話し始める。
「実のところ、最初に陰陽部に報告が上がってきたのは、強盗に襲われた、という事件ではなかったのです。山の中で怪物を見た。という目撃証言ですかね。最初は野生動物か何かと見間違えたんだろうと思っていましたが……」
「その内、襲われてお菓子を強奪していく話が出てくるようになったと?」
「ええ。巨大な怪物にお菓子を奪われた、と言った話や、お菓子を囮にして逃げるのに成功した、
という話が来ており、徐々に怪談的な広がりを見せていくようになりました。シズコさんは知らなかったようですが、お守りとして百夜堂のお菓子を買っていく者もいたようです。そしてその怪物は銃が全く効かない強靭な肉体をしていて、大きな怪我を負う者もいなかったので、都市伝説以上の大きな広がりを見せてはいませんでした」
山道を歩いていると、怪物に襲われることがある。その時に百夜堂のお菓子を持っていると回避できる。なるほど、都市伝説や怪談そのものだ。
「そして、こちらはごく少数なのですが、同じ山の中で、別の情報が何件か寄せられました。曰く、山の中を幼い少女が一人で歩いている、というものです。それも、目撃証言のほとんどは『こちらに気付くと逃げてしまった』という話でした」
「幼い少女……」
先ほど確保、あるいは保護した少女を思い出す。やはり、そちらのことも知っていたのか。
「ただ、たった一人、その少女と会話をした、という証言がありました。その話によると、どうもその少女はこの山に住んでいるらしい、という話でした。その生徒には先ほど連絡したところ、すぐに来てくれるとのことでした」
天地ニヤはよどみなく話している。情報収集に関してはかなりの精度でて来ていたようだ。
「話を続けますね。そのような少女が実在している、という可能性はその証言により高まりましたが、一方で、その少女が何者なのか、ということに関しては全く分かりませんでした。それと、両方の証言のあった時間場所を重ねてみると、高頻度で二つの証言は被っていたのです。つまり、少女の目撃証言があった近くで、強盗事件も起きている」
二つの証言が結びついた。それはつまり
「私はその少女が何かしらを使ってその怪物を使役している。あるいはその少女こそがその怪物である。という推測を立てました。そこで、シャーレの先生にお願いすることを検討したのです。本来そういった怪異の対処を専門で担えるのが百鬼夜行の百花繚乱なのですが、状況は悪く、彼女たちは活動停止中です」
天地ニヤはそう言ってため息をついた。そういえば、その話も聞いていないが、後回しで良いだろう。
「そんな時に、シャーレが狐坂ワカモの情報を緊急で集めている、という話を聞きました。……そこで、私は今回の件について思いついたのです。私の方から出せる情報はこんなところです。正直ここまで上手く事を運んでくれるとまでは期待していませんでしたが……」
天地ニヤはそう言って、再度頭を下げた。
「なおさらのこと、皆さんを信用して最初から話しておくべきだったと、今では思っています。申し訳ありませんでした」
今度は私が生徒たちの方を見る。RABBIT小隊の生徒たちはそれに気づき、顔を見合わせた。
「うーん……」
黙って聞いていた空井サキが前衛らしく最初に悩みながら話し始めた。
「まあ、私たちを信用しなかったっていうのは分かる。こっちのことを試すようなことされたのに思うことが無いわけじゃないけど、そっちからしたら良く知らない学校の1年生でしか無いし。怪我した奴が今までいないっていうのも分かった上でのことなんだろ?」
彼女はそう言って、苦笑いのような表情を浮かべた。
「ミユの索敵能力が無いと結局逃げるしかなかった可能性高いしね~。あ、でも謝罪してくれるなら弾薬費請求しても良い?」
風倉モエがそれに同意しつつ補填を強請った。彼女らしい配分だ
「私は……その……。ニヤさんはあの子を保護するために焦っていたんだったら……お役に立てたのなら……良かったです」
霞沢ミユは初対面相手にしては、珍しく自分の考えを伝えようとしていた。
「私は……隊長としては、正直、今回の作戦、まだまだだな、と感じました。作戦を組み立てたのも私ですし、ニヤさんが悪意を持った存在だったら、本当に危ない目に陥っていたかもしれないと思うと……。ただ、皆が言った通り、説明には納得できる部分がちゃんとあったので、今回は結果オーライ、ということにします。駄目ですか、先生?」
月雪ミヤコが最後にこちらを見る。
「……問題ありませんよ。そもそも、私には個人的理由でニヤさんを叱る権利など無いですからね」
彼女たちがそうだというのであれば、それでいい。思うところはなくもないが、私が人のことを言えるような立場ではないのは流石に理解している。
「……ありがとうございます。……ふぅ。にゃはは……なんだか柄にもなくすごく緊張しちゃいましたよぉ」
天地ニヤは安堵したように溜息をつき、表情に笑みが戻った。
──
「失礼します。ニヤ様。副部長から、保護された少女が目覚めたので来てほしいとのことです。皆さんもお連れして、と」
場の空気が緩んだ時、室内に別の陰陽部の生徒が呼びに来た。いよいよ犯人との対面となる。
しかし、この出会いは、謎を明らかにするものではなく、一層謎を深めるものになってしまうことになるのだった。