「件の少女はどのような様子でした?」
道すがら、案内してくれている陰陽部の生徒へと問いかける。彼女があの少女の様子を知っているかは分からなかったが、聞いておいて損は無いだろう。
「えーと……動揺しているように見えました。それと、本を返せと……」
幸いなことに、この生徒はその様子を見ていたらしい。その場で直接桑上カホに天地ニヤや我々を読んでほしいと言われたのだろう。
「本……ですか。ミユさん、先ほどの本は」
「は……はい。持ってます」
霞沢ミユはそれを私に見せ、手渡そうとしたが、それは止めた
「それはミユさんが大事に持っておいてください。ただ……挟まっていた絵、それだけ渡してもらえますか?」
「は、はい。どうぞ」
彼女から絵を受け取る。霞沢ミユに本を持っておくように言ったのは、あの少女がまだ何らかの力を秘めていて、本を取り戻そうと暴れてしまった場合などに、そこから逃げることの出来る可能性が最も高い生徒だからだ。
歩きながら、もう一度絵を見る。やはり何なのか何が書かれているのかは分からなかったが、やはりどこかでこれにまつわる話を聞いたような気がした。
「失礼します、副部長、ニヤ様とお客様を連れてきました」
「少々お待ちください」
医務室のようなものだろうか。部屋の前に着くと案内してくれた生徒が桑上カホを呼び、中から返事があった。その生徒は私たちに礼をするとどこかへと去っていった。また別にやらないといけないことがあるようだ。
「お越しいただきありがとうございます。ニヤ様、先生」
「あの子の様子は?」
天地ニヤが尋ねる。
「はい。その……本を返せの一点張りで、名前やどこから来たのかなどを聞いても一切答えてくださらないのです」
桑上カホは、心配そうな顔でそう答えた。
「暴れたり、逃げ出そうとしたりはしていないのですか?」
「え、ええ。今のところは。それに、見た目相応に非力というか……まだ軽くしか話は聞いていませんが、彼女があの事件の犯人だったとは信じられません」
比較的おとなしくしてはいるようだ。
「……成程、分かりました。とりあえず、私たちも話を聞いてみて良いですか?」
月雪ミヤコが桑上カホに尋ねる。彼女は私と天地ニヤの方を見たが、頷いたのを確認して、これを了承した。
―
「また、ぞろぞろと現れて、誰ですか手前らは! とにかく、本を返せと……」
入ってきた私たちを見て、布団から上半身を起こした状態のその少女は憤った様子だったが、最後に入ってきた私を見て目を丸くした。異形の見た目をしている私に驚いたのだろうか?
「……あ、あれ?」
そして暫く口を開閉して何かを言おうとしたが、どうも言葉にならなかったようだ。何かを思い出せない、そんな様子に見えた。そしてやがて我に返ったらしい。
「とにかく! 本を返して! あれは手前のもので、手前らみたいなものに扱える物じゃねぇんですよぉ!?」
どうも手前と手前で一人称と二人称を使い分けているようだ。古風な言い回しだが、分かりづらいものだ。というあまり関係ない点が気にかかる。彼女の様子が子どもの癇癪にしか見えなかったからだろう。
「こんにちは、私はSRT特殊学園の月雪ミヤコと言います。幾つか聞きたいことがあるのですが、よろしいですか?」
そして、月雪ミヤコもまた、彼女の癇癪には全く動じていなかった。自分の言ったことを全く意に介していない様子の相手に、彼女は怯んでいるようだった。
「ふっ、ふん。泥棒に返す言葉なんてないですよっ!」
「泥棒はそちらでは? お菓子、美味しかったですか?」
「うぐぅ……」
そして、見た目年齢に相応して議論も上手ではなかった。泥棒していたのだから泥棒されても良いなどという道理は無いが、それもまだ理解できていないようだ。
ただ、相手が子供然としていると議論が進めやすいかというと、そうでもない。
「名前は何ですか?」
「……本を返してくれたら答えてあげますよ」
「あの本、一体何なのですか?」
「……本を返してくれたら答えてあげますよ」
「年齢は?」
「本を返してくれないと答えないって言っていますよねぇ!?」
何を聞いても一定の答えしか返ってこない。意固地になっているのだ。
「ちなみに、好きな人はいますか?」
「だから本を……って、今、その質問関係ありますかぁ!!? 」
「
「い、いないですよぉ!? ……はっ!? 」
「答えてくれてありがとうございます」
月雪ミヤコは良い笑顔で微笑んだ。少女は相当悔しそうな顔だ。
特に問題は無いようだ。月雪ミヤコは子供の扱い方をよく分かっている。
「ふむ……どうしても話してくれないと」
「だから、そう言っているでしょぉ?」
素直でない相手を揶揄うように、月雪ミヤコは様々な質問をして、一度答えさせられて以降、少女は警戒するようにすべての質問に答えなかった。
その一方で、少女は月雪ミヤコという人物に対する警戒心は徐々に解いているように見えた。
「仕方ありませんね……」
「あれ? 返してくれる気になりましたかぁ?」
突然、月雪ミヤコが譲歩するかのような態度を見せたことに、少女は期待の眼差しを彼女に向ける。
「いえ、順序が逆です。私の質問に答えてくれたら、
「何故先に返してくれないのですかぁ!?」
「返したら逃げるつもりでしょう?」
「……そっちだって答えても返してくれないかもしれないじゃないですかぁ!?」
挑発めいた発言に少女が憤ったその時、月雪ミヤコが彼女の手を握った。
「な、何ですかぁ?」
「私は、
「……!?」
月雪ミヤコは、少女の手を握ったまま、目線を合わせて、少女の目を見つめていた。
「……」
少女は何も言い返すことをせずに、黙り込んでしまった。明らかに、彼女の様子が変わった。
「あなたの、名前を教えてもらえますか?」
「……」
「あなたの年齢は?」
「……」
「あの本の名前を教えてもらっても良いですか?」
「……」
しかし、彼女はそれでも尚、月雪ミヤコの質問には答えなかった。
違うのは、彼女が
そして、月雪ミヤコは、彼女が答えない理由に気付いたようだ。私や、恐らくこの室内にいる者にも脳裏によぎったことだろう。
「もしかして、覚えていないのですか?」
「……」
少女は、初めて首を縦に振る動作を見せた。そして、ついに声を上げて泣き出し始めてしまった。
「うっ……うわぁぁぁん!! あねさま、あねさまぁぁぁぁっ」
そして、彼女は、泣きながらここにいない誰かを呼んでいた。それが誰なのかを聞くことはできないだろう。それすらも彼女には分からない可能性があるのだから。
先ほどまで調子よく会話を続けていた月雪ミヤコも、少女の手を握ったまま呆然としていた。少女の置かれた境遇が、想定よりもずっと重い物だったのだから、仕方ないことではある。
天地ニヤや桑上カホも暗い表情でただ彼女の様子を見ていた。そのただなか、一人の生徒が動い
た。
空井サキだ。
彼女は少女に近づいて、
「ほら、これ。……食べたかったんだろ?」
「……ぐすっ。え?」
身体に小さく加わった重みに気付いた少女が、空井サキの方を見た。置かれた袋は、百夜堂の袋だった。
「美味しいよな、これ。私、さっき初めて食べたけど、思わずお土産に買っちゃったよ」
空井サキは、そう言って少女に笑いかけた。これは本当の話で、囮役だった空井サキは、河和シズコが帰るにあたり、結局奪われることの無かった菓子を自腹で買っていたのだ。
「い、いいんですかぁ?」
記憶喪失の少女は袋を持って、空井サキの方を見る。頷いたのを見た彼女は、おずおずと袋を開き始めた。
―
お菓子を食べ始める少女を、室内にいたものたちは黙って見ていた。
異様な光景ではあるが、暗い表情をしていた生徒たちに少し明るさが戻ったようだ。空井サキのお陰だろう。
その中で、月雪ミヤコは一人、微妙に気まずそうな表情をしていたのが、少し気になりはしたが。
そして、その時中の様子を見ていたのかと思うほどタイミングよく、外から先ほどの陰陽部の生徒の声がした。
「すみません。ニヤ様がお呼びになったという方が来られたのですが」
少女と話したことのあるという生徒が現れたようだ。
答えの無い少女