黒服がシャーレの先生になった世界線   作:黒服先生

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少女テマ

「初めまして、先生殿! ()()殿()が保護されたと聞いて参上しました、久田イズナです!」

 

 彼女にこちらの事情を話し、また事情を聴くために、一度天地ニヤと共に、医務室を離れ、先ほど天地ニヤの話を聞いていた部屋へと戻った際、自己紹介として彼女はそう名乗った。

 月雪ミヤコと空井サキは懐かれたらしく、あの少女に引き留められてしまったのでRABBIT小隊の生徒たちは居残ることになったのだ。

 

 久田イズナ。百夜堂で河和シズコと話していた時も名前が出ていた人物だ。確か、あの猫店主と関わりのある人物という話だった。そして、顔には何故か能面をつけていた。

 

「初めまして、イズナさん。すみません、いくつかお聞きしたいことがあるのですがまず……そのお面は?」

そういう主義の人物かもしれないが、念のため尋ねる。後から個人を認識できない可能性もある。

 

「あっ、し、失礼いたしましたっ!」

 

慌てた様子で彼女は能面を外した。

 

「これは、えっと、そのー、拾い物なのですが、手前殿がどうもこれをお気に召したようなので、

持ってきました」

 

本題に入る前に聞きたいことがまだある。

「手前殿、というのは?」

「えっ? あの少女が自分のことを手前と言ってましたので、そう言うお名前なのかなと思ってましたけど……違うのですか?」

恐らく呼ばれるときに手前と言われているだろうが、気にならなかったのだろうか。

 

「……まあ、本名ではないですが、それで通じるのであれば良いでしょう。すみません、色々と聞いてしまって」

少々前のめりな様子の久田イズナとの会話で、つい時間を取られてしまった。待っている者もいるのだし、早めに終わらせなければ。

 

「い、いえ。それで、イズナはどうして呼ばれたのでしょう? 何か問題があったのですか……?」

「問題というか……そうですね、あったことを簡単にお話ししましょうか」

久田イズナの疑問に対して、私は今日の出来事を順に説明した。

もっとも、あの少女が連続強盗事件の犯人である、という情報は伏せておいたが。

 

 

「……な、成程。手前殿は記憶を失くされていたのですね……名前も本当は違うと……申し訳ありません。イズナがもっとお話できていれば、早く解決したかもしれなかったです……」

話し終えた後、久田イズナは少々悲しみと後悔を滲ませた様子だった。

 

「いえ、むしろイズナさんの情報が無ければ保護することはできなかったでしょうから、大活躍と言って良いでしょう。」

「……そう言っていただけると嬉しいです」

私のフォローに、彼女は曖昧に微笑んだ。

 

「さて、こちらからイズナさんにいくつかお聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか?」

「はいっ! なんなりとお聞きください」

久田イズナからの了承を得たので、改めて聞きたいことを聞いていくことにした。

 

「まずそうですね。恐らく既に陰陽部へは報告されていると思うのですが、イズナさんが彼女と出会った時のことを教えていただけますか?」

 

「はい! えーっと……あの時、イズナは自分の力不足を感じて、山で修行をしていたのです。」

「修行?」

 

いきなり想定していなかった発言が飛び出し、思わず聞き返してしまった。

「はい。あの……立派な忍者になるための修行を」

「忍者、ですか?」

 

百鬼夜行だからそういうこともあるのだろう。山でどういった修行をするのかは分からないが。

 

「成程。すみません、口を挟んでしまいまして」

「いえ……あの……あっ、ごめんなさい。話を続けますね」

何故か歯切れが悪くなったが、彼女は話をつづけた。

 

「その日は、偶々道に落ちていたお面を拾ったので、それをつけて修行をしていたのです。つけていると視界が狭くなるので、五感全部を鍛える修行に使えるかと思いまして。それのおかげか分からないのですが……後ろから、誰かがイズナのことを見ているような気がして」

 

よくわからないが、常人とは違った感性を持った修行を久田イズナは行っていたようだ。そして、彼女は実際に五感に優れている、のかもしれない。

 

「それで、イズナ流忍法、空蝉の術でポンとそっちの方に近づきましたところ、こちらを覗いていたのは何と見たことの無い女の子だったんです」

「イズナ流忍法?」

「はい! こう……何かに注目させた瞬間、ぎゅいんと? さささっと? 移動する技です!」

「ふむ……続けてください」

 

また口を挟んでしまった。興味深い内容ではあるが、今の本題はそれではない。

 

「あっはい。えと、それで、その少女はぽかんとしていたので、イズナに何か御用ですか、と聞いたのですが……。そうしたら、少しがっかりした様子で、こんなところで何をしているのか聞かれました」

 

 天地ニヤの話によると、少女は人が近づくと逃げるような行動を取っていたはずだ。しかし、久田イズナの話では、むしろ少女は彼女に興味があり近づいてきていた。その違いは何だろうか。 

 

久田イズナは話を続ける。

 

「もちろん、忍者の修行をしていましたと答えましたが、少女には呆れたような表情を浮かべられました。でも、何故か私の顔をじっと見つめていました。どうしたんだろうと思ったのですが、実は先ほどのようにこのお面を被ったままだったことに気付いて、慌てて取ろうとしたんですけど……」

彼女はその時の様子を思い出すように能面をじっと見た。

 

「そうしたら、手前殿が『外しちゃうんですか』、と残念そうに言うので、取らずに話を続けました。それで、結局その後、イズナが修行しているのを暫く見ていたと思うのですが、視線が無くなったことに気付いたんです。多分飽きて帰っちゃったんだと思ってあまりに気にしていなかったのですが、イズナも帰った後にふと、あんな山中で手前殿くらいの子が一人でいるのを不思議に思ったので、念のため陰陽部に連絡したんです。結局、お会いしたのはその一回だけです」

 

彼女の話は、そこで終わった。

 

「ありがとうございます。一つ質問よろしいですか?」

「はい」

先ほど泣いていた少女から飛び出した言葉について、彼女に問いかける。

 

「彼女から、『()()()()』と呼ばれることはありませんでしたか?」

「あ……」

私のその質問に、彼女は何か思い当たることがあるような反応をした。

 

「あ、いえ。イズナはその『あねさま』ではありません。イズナは途中からイズナちゃんと呼ばれていましたが……その……ごめんなさい。手前殿は聞かれたく無さそうだったので、言わなかったのですが、多分、『あねさま』という人物を探しているんじゃないかな、と思います……」

 

 久田イズナからの情報はそれですべてだった。

 

 

 久田イズナを連れて、医務室へと戻る。少女はずっとRABBIT小隊の生徒たちと雑談を楽しんでいたようで、表情は笑顔になっていた。

 

「手前殿! イズナ、お見舞いに参上しました!

能面を被った人物の登場に、RABBIT小隊の生徒たちは引いていたが、少女は知人の登場に

 

「おやぁ、イズナちゃんではないですかぁ! 立派な忍者にはなれましたかぁ?」

と妙に意地の悪そうな笑顔で返事をした。勿論、久田イズナにそれを気にするような様子は無い。

 

「いえっイズナはまだまだ修行の身ですが、いつか必ず立派な忍者になってみせますよ!」

一度しか会ったことは無い、と言っていたが、二人は友人のような関係であるように思えた。勿論、RABBIT小隊が彼女のフォローを続けていたことも大きくはあるのだろうが。

 

 少女が久田イズナと話をしている間に、RABBIT小隊と、天地ニヤ、そして桑上カホとともに、先ほどの話を共有する。

 

「成程……そういう話だったのですね。……先生、私たちからも一つ、提案というか、お願いがあるのですが」

共有を終えると、月雪ミヤコが他の3人や桑上カホの方を一度見、そう言って頷きあった。

 

「何でしょう」

「あの子を、シャーレで保護することはできませんか? 本人や、カホさんともお話しましたが」

 

その提案は、全く想定外の物でも無かったが、話を聞くべきだろう。

 

「……何故ですか?」

「まず、あの子は百鬼夜行の生徒ではないようです。カホさんが調べたそうなのですが、数か月にわたって所在が分からない生徒の中に、あの子のような人物はいないそうなんです。」

「ふむ……」

 

数か月間所在が分からない生徒自体は存在するような表現だが、まあいいだろう。

 

「それと、あの子は、どうやら人を探しているようなんです」

「『あねさま』ですか。何か情報はあったのですか?」

「いえ、それも殆どなくて……会えば解るとは言っているのですが。ともかく、その人探しに関しては、先生も聞いた通り、今の百鬼夜行にそれに割ける人手が足りていないそうなんです」

 

現に起こっている連続事件にすら、シャーレの手助けが必要だった程だ。曖昧な人探しに回せる人材がいない、というのも頷ける話だ。

 

 

 

「本人は何と?」

「それは……はっきりとは言ってくれませんでしたが、私たちと一緒に来たがっているように思いました。ただ一時的に懐かれているだけだとは思うのですが……私は、今、あの子のことを人任せにはしたくない、と思ったんです。」

 

月雪ミヤコは、私にそう主張した。

 

「……ニヤさんはどう考えますか? 連続事件の犯人と推定されますが、我々が身柄を確保することに異論はありますか?」

 

黙って話を聞いていた天地ニヤに尋ねる。

 

「そうですねぇ……ウチの自治区で起こったことで、お任せしてしまうのは心苦しいのですが……あの子を、守ってあげてもらえますでしょうか? 」

 彼女はそう言って頭を下げた。百鬼夜行は今、厳しい現実に立たされている。だがこちらも、今はあまり百鬼夜行自体に手を回せるほどの余裕が無いのもまた事実だ。であれば、少女一人の保護くらいは、こちらで行わない訳にも行かないだろう。

 先生としての使命感を押し付けられる感覚を感じることも無く、私はそう判断した。

 

「……分かりました。とりあえず、色々と落ち着くまでは、あの少女はこちらで保護することにします」

私がそう言うと、月雪ミヤコは笑顔で私に頭を下げた。

 

 

「お待たせ、テマ」

月雪ミヤコは、少女に向かってそう呼んだ。後から聞いたところによると、彼女の特徴的な1人称、2人称である「手前」からとったのだという。久田イズナと似たような感性だ。

 

テマ、と呼ばれた少女は、久田イズナと話すのをやめ、月雪ミヤコの方を見た。期待と不安が混ざった表情だ。

 

「先生の同意を得られたので私たちと一緒に帰りましょう。」

「……そ、そうですかぁ。ミヤコちゃんがどうしても一緒に居たいというなら手前も付いて行くのに吝かではありませんよぉ」

 

あからさまに嬉しそうな表情をする少女。私も彼女たちにならって、テマと呼ぶことにしよう。

 

「手前殿はシャーレへと行くのですね。どうかお元気でお過ごしください!」

久田イズナはそう言って、別れの挨拶をする。

天地ニヤと桑上カホもそれぞれ一言話すが、テマはどうも二人のことは苦手のようだった。

 

未だ受付にいた和楽チセにも挨拶をし、6人で帰路に着く。思わぬ展開となったが、これもまた、彼女たちの経験にもなった、のかもしれない。

 

帰りの電車の中で、テマと月雪ミヤコが話していた。

 

「そういえばミヤコちゃん! 本! 質問に答えたのだから返してくださいよぉ!?」

「覚えてましたか……。テマは殆ど答えてくれなかったと思いますが……」

「答えましたよぉ!?」

「……まあ、それもそうですね。先生。『彼女の物』を返してあげてください」

 月雪ミヤコはそう言って、笑顔で私の方を見た。テマも期待の表情で私の方を見る。そういえば、そうだった。

 月雪ミヤコはあの時、保険をかけていたのだ。それに気づいていたのは、恐らく私だけだっただろう。

 

「……ええ、お返しします。こちらを。」

 あの謎の本に挟まっていた、絵の描かれていた紙を渡す。あの本が使用者にとって安全なものなのかすら非常に怪しい以上、精神的に多少落ち着いたとはいえ、今のテマに渡すことなど到底できないのが現実だ。

 

 それにあの本については、帰り際にテマに気付かれないよう、私の指示で霞沢ミユから天地ニヤへと渡されていた。

 テマを保護する代わり、あの本については責任を持って天地ニヤが直接調べるそうだ。彼女もかなり多忙な身であるだろうが、恐らく百鬼夜行で作られた物と考えられる。この件については適任だろう。

 

「はぁ……? た、確かにこれも手前のですけど、本は?」

「ええ。ですが、あの時ミヤコさんは、『テマさんの物を返す』としか約束していなかったので、こちらの絵を返します」

「……」

 

言葉も発せないらしい。彼女は月雪ミヤコの方を見た。彼女は視線を逸らす。

み……ミヤコちゃんのうそつきぃぃぃーーー!!

 

 車両内を、テマの嘆きが響き渡った。

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