注文した料理が届くまでにはしばらく時間がある。七度ユキノは一応銃は下げた物の警戒を一切怠っていない様子である一方、狐坂ワカモは私に逆らうつもりは毛頭ないらしく、武器を無防備に適当な机へと置いてしまった。
やや荒れてしまった室内を片付けた後は、彼女の話を聞く時間としよう。
「さて……」
「はいっ!」
対面で座っている狐坂ワカモに目を向けると、彼女はこちらの言葉を期待するように前のめりになった。
以前、初めて会った時にそうだったのかは分からないが、これは、明らかに私に懸想しているのだろうということが否でも窺えた。
SRTの生徒達から一体この七囚人にお前は何をしたのだとでもいうような刺すような視線を受けたが私には一切心当たりが無かった。
単純に接触量で考えると一目惚れ以外あり得ないのだが、生憎この見た目だ。それも考えにくいとあって、本当に理由は分からなかった。
「……私からワカモさんに直接お聞きしたいことも様々あるのですが、今回はひとまず、RABBIT小隊の方たちの話を聞いていただけますか?」
「…………はい……あなた様がそうおっしゃるなら」
見るからに落ち込む様子を見せる狐坂ワカモに、RABBIT小隊の生徒たちから睨まれるが、私から聞きたい話はこの場でできないことも多いので、仕方ない。
私が無視を貫き通すと、月雪ミヤコが少し気まずそうに話し始めた。
「ええと、初めまして、ワカモさん。SRT特殊学園の月雪ミヤコと言います。実は、私たちは先生と一緒にワカモさんを捜索していまして……というのも、最近あなたの……指名手配犯であるあなたの目撃情報が非常に増えていまして、中でも強盗や器物損壊などの犯罪行為の目撃証言と言ったケースが多く見られているんです」
「……まあ、そうなんですか」
狐坂ワカモは自分自身のことを言われているにもかかわらず全く興味が無さそうな相槌を打った。
「……で、ですね。私たちはまず3つの事件に絞って調査をしました。一つ目はトリニティで、エデン条約の調印式の日に、仮面をつけた人物に保護されたという証言から、それがワカモさんなのではないか……と」
「? ……ああ、先生がとっても素晴らしい作戦を成功させてテロリストを一網打尽にした時のお話でしょう? 私、感涙いたしましたわ! それで……保護? 記憶にありませんね。何だか野垂れ死にしそうな子を拾ってお話を聞こうとしたのは覚えているのですが」
かつて風倉モエの推理した通り、狐坂ワカモには保護しようという意識は無かったようだ。月雪ミヤコが言葉に詰まっている。
「あ……あの……」
霞沢ミユがいつもより1段階小さい声を上げた。怯えているのだろう
「……? 今、何か言いました?」
煽っているようにも聞こえるが、素で聞こえなかったのだろう、狐坂ワカモのその言葉に霞沢ミユが固まる。
「ワカモさん。ミユさんは大きな声を出すのが苦手なので、よく聞いてあげてください」
「はい、先生♡」
そして私の助言には従順に従う。扱いやすくて悪いことは無いが、この手は使えば使うほど他の生徒たちからの印象が悪くなるだろう。
「どうぞ」
狐坂ワカモはわざわざ席を移動して、霞沢ミユの真横に座った。彼女なりの気遣いなのかもしれないが、当の本人は極めて委縮している様子だ。
「あ……あの……その子は……ワカモさんにとっても感謝していました……美味しくて安全な水と、甘いお菓子をもらって嬉しかったって、見ず知らずの人にここまで優しくしてもらえたのは初めてだって言っていました」
「……そうですか。何をしても泣くのでよっぽど怯えているのかと思っていましたが」
狐坂ワカモは特に表情を変えることも無く、そう言った。
「あ、ありがとうございます。これがワカモさん本人だと分かっただけでも収穫です。次は、ワカモさんは直接関係ないのですが。……ブラックマーケット近郊の『猫天屋質店』で襲撃事件があり、これは結局店主の自作自演だったと結論づけられているのですが、店主は途中ワカモさんの仕業だと主張していまして……」
月雪ミヤコは途中でこの話を狐坂ワカモに言っても仕方ないことに気付いたようだが、止めることなく話した。
「何故その話をわたくしに? まあ、よくある話ですわね。私に恨みがあってそうしているのか、それとも何か他に理由があってやっているのかは不明ですが」
「そのときの店主は、『狐坂ワカモの名前を出すとヴァルキューレが関わりを避ける』というようなことを言っていましたね」
寧ろそれは正しく、実際にヴァルキューレの捜査は止まりつつあった。
「あら……それは何というか、面白くありませんわね」
それを聞いた彼女は、目を少し細くした。隣に陣取られたままの霞沢ミユが震えた。
その時、タイミングが良く、というのか、ようやく、と言うべきか、カフェに新たに人物が現れた。
「悪い、テマが寝ちゃっててさぁ、寝顔眺めてたら遅く……えっ、コレどういう状況? 」
テマを引き連れて現れた空井サキが、カフェの入り口で立ち止まった。中にいた物の視線が集まる。
「あねさま!? 」
そして、空井サキに手を引かれていたテマが、狐坂ワカモの方に駆け寄り、そのまま飛びついた。突然のことに気を取られていたのか、誰もそれを止めることはできなかった。
「あら?」
狐坂ワカモはそれに全く動じた様子がなく、座ったままの状態で頭を押し付けてくるテマの髪を撫でていた。
「お、本当にテマちゃんの探してた人ってワカモだったの?」
風倉モエが推理が当たったのが嬉しいのか、空気を読まずに楽しそうに言った。
「えっ、っていうかその人狐坂ワカモなの?」
完全に置いていかれている空井サキが呆然と聞くが、誰もその質問に答える余裕は無かった。
「ワカモさん、その子のことは御存じなのですか?」
私も半ば確信はしていたが、念のためそう尋ねる。
「いいえ、残念ですが初対面ですわ」
しかし、狐坂ワカモはテマを撫で続けながら、そう答えた。
「……いやいや、どういうことなんですか、それ。何で平然と髪撫でてるんです?」
月雪ミヤコが至極当然の指摘をする。明らかに知り合いの再会の瞬間にしか見えなかったが。
「それは……何故でしょう、
と、彼女は首を傾げた。本人も分かっていない、と言うつもりなのか、或いは白を切っているのか。
「テマちゃんはどうなの? お姉さん初対面だって言ってるけど」
風倉モエがテマに尋ねる。すると彼女はようやく狐坂ワカモに押し付けていた顔を上げて
「手前もあねさまとは初対面ですよぉ? でも、見た瞬間手前のあねさまだと分かりましたから! 間違っているはずがありません!」
と満面の笑みでそう言った。 当事者が全員そう言っている以上、これ以上の詮索は不可能だ。
「成程ね~。もう何でもいいや。サキ、いつまでそこに突っ立ってるのさ。座りなよ」
風倉モエが理解を諦めたように、今更空井サキを呼び寄せる。
「いや、もうちょっと状況を説明してくれよ……」
呼ばれた当人は首を傾げながら渋々空いていた席、つまり狐坂ワカモが最初に座っていた席に腰掛けた。
その後、デリバリーの料理が届き、微妙な空気のまま食事会が始まった。
印象的だったのは、テマが積極的に狐坂ワカモに話しかけ(内容は主にSRTの生徒や久田イズナの話、そして百夜堂の菓子の話だった)、狐坂ワカモも話しかけられている間はテマの方を見て相槌を打っていたことだった。
もっとも、テマが食事に夢中で話しかけられていないときには、彼女は殆どずっと私の方を見ていた気がするが。
―
「では、わたくしはそろそろ失礼いたしますね」
食事会が終わった後、狐坂ワカモは私にそう言った。テマが残念そうな表情をしているが、特に引き留めはしないようだった。
「
七度ユキノが立ち上がりそう言うが、狐坂ワカモは
それはつまり、私に従う、と言う意味だろう。
「……今日のところは帰っていただきましょう、ユキノさん。今回に限っては彼女は我々が彼女を探しているというただそれだけの理由で会いに来てくれただけなのです」
少し考えたが、私は七度ユキノにそう言った。彼女はその発言にまた私を睨んだが、ため息をついて引き下がった。
「うふふ♡ ありがとうございます、あなた様♡ では、私はこれで」
「ええ、ワカモさん。また会いましょう」
私の最後の言葉に微笑んで、狐坂ワカモは文字通り音もなく去っていった。
「け、結局何だったんだあの人……」
途中から参加した空井サキが呆れたように呟く。
「……分かりません、ただ……ただの頭のおかしいテロリストという訳ではないことはよくわかりました」
月雪ミヤコの言葉に、言い返せる者もまた、誰もいなかった。
―
そして、その日の深夜。私はシャーレの事務所にいた。
理由は一つ。
「お待たせいたしました、あなた様♡」
狐坂ワカモと、今度は1対1で話すためだった。