狐坂ワカモの捜索が一段落ついた。彼女本人の証言により、目撃証言の真偽は凡そ明らかとなり、少なくとも強盗、傷害、器物損壊などの重大な事件の情報に関するそれは全て彼女無関係であるということが、概ね示される結果となった。
思えばあのFOX小隊とRABBIT小隊との交流戦から暫く、RABBIT小隊の生徒たちと集中的に行動することが続いていたが、それも暫くは無くなるのだろう。
今まで継続していた仕事からRABBIT小隊に関わる仕事がなくなるだけで、特に何も変わることが無いと言えばその通りなのだが、いくつか変わったことがある。
「こんにちは、サキさん、テマさん。お昼休みですか」
一つはもちろん、シャーレ居住区で新たに暮らすことになった、テマの存在だ。彼女は普段カフェで過ごすことが多くなり、それにより、訪れる様々な生徒たちと交流を行っているようだ。
彼女と同室の空井サキも、通常訓練などで忙しい日々を送っているのは変わらないはずだが、カフェで食事をとりたがるテマの為に、わざわざ二人分の食事をカフェまで運んで、毎日共に食事をとるところが目撃されていた。
「こんにちは、先生。あ、こらテマ。ネギをよけて食べるな。食感苦手だっていうからわざわざ細かくしてるんだぞ」
「うぇー……食感だけじゃなくて手前、この味も苦手なんですよぉ? サキちゃん、ちょっと食べてくれてもいいんですよ?」
「はあ、しょうがないなあ。ちょっとだけだぞ」
こうしてみると、面倒見の良い姉と我儘な妹のようにも見える。
「毎日こんなようすだからさ~、親子説が浮上してるっぽいんだよね~」とも風倉モエが以前笑いながら言っていた。
その風倉モエは以前とあまり変わらない。相変わらず限られた予算の中でどれだけ爆発物を使用できるかの限界に挑んでいるらしく、隊長や先輩達の悩みの種になっているようだ。しかし、彼女が時折垣間見せた観察力と推理力は、いつの日かまた役に立つ日が来るだろう。
霞沢ミユも雰囲気はあまり変わらないが、ここ最近は自分なりにチームに貢献しようと努力していたり、発言も比較的積極的に行おうとするなど、変化が見られるようになっていた。
私が少し話しただけの、アリウスの生徒と話してみた方が良い、という言葉に従っているのかは不明だが、カフェで大人しく過ごしている槌永ヒヨリとなにやら武器について話しているところも一度だけ見られた。
同じ狙撃手同士、通じるところがあったのだろうか。
そして、彼女たちの隊長である、月雪ミヤコ。ここのところ、彼女は様々な壁に直面し、悩み、そして乗り越えていた。まだ自分の方向性には悩み続けているようだが、それでも彼女が飛躍的な成長を遂げているということ自体は間違いないだろう。
「あ、先生。こんにちは、カヤ先輩は見ませんでしたか?」
「ミヤコさんが来ないうちにと先ほど足早にここを離れていきましたよ。反対側の休憩室にでも行っているのではないでしょうか」
その月雪ミヤコは不知火カヤを探しているようだ。
「そうですか……あ、テマ。ちゃんと野菜も食べているんですね、えらいですよ」
「ふふん、手前を子ども扱いするのはやめてくださいと言っているでしょぉ?」
「私が半分食べてやったのに、何でそんなに偉そうにできるんだよ」
横で話を聞いていた空井サキがすかさず指摘した。
「あっ、あっ、サキちゃん!? 何故言ってしまうんですかぁ!? 」
「ふふっ、まだまだ子供じゃないですか。……では、私はカヤ先輩を探してきますので」
月雪ミヤコはテマを揶揄いながらそう言って去っていった。後には、悔しそうにしているテマが残されていた。
―
「……ということがあったのです」
「どうしてわざわざそこで私の場所を教えてしまうのですか? 貴重な昼休みをたこ焼きと言う謎の運ゲーで消費する羽目になったのですが……」
その日の午後、定例のシャーレ支部幹部会議が行われていた。何故と問われれば、特に理由はない。そもそも月雪ミヤコの用件すら聞いてもいなかったわけだ。
「相変わらず仲が良いわね、あなたたち」
七度ユキノが多少呆れの混ざった声で不知火カヤを見ていた。
「仲が良いというより……いえ、まあ、そんなことはよいのです。狐坂ワカモがここに来ていたというのはどういうことなのですか!? こんな報告を連邦生徒会に渡せるわけがないでしょう」
気を取り直したと思いきやまた別のことで私を責めはじめた
「まあ、恐らくそのまま報告はできないと思いましたが、どこまで開示するかはカヤさんにお任せしますよ」
彼女は既に、明確に仲間陣営と言える数少ない人物の一人になっている。この程度のことをわざわざ隠すような間柄でもないだろう。処理方法については任せてしまう訳だが。
「……し、仕方ありませんね。今の連邦生徒会に脱走した七囚人を取り戻すリソースなどありませんから、比較的穏やかに過ごしているということが分かれば、追及はしないでしょうね……まあ、こちらで適当に調整します。それにしても、ユキノはよく素直に帰しましたね」
不知火カヤが恐らく何の気なしに言った言葉に七度ユキノは明確に不機嫌になった。
「……やはり、納得いきませんか」
七度ユキノに尋ねる。
「当然です……と言いたいですが、先生の言い分も、ある程度は分かっているつもりです。だからといって、飲み込みづらいものもあります。相手は七囚人ですよ!? ただの不法侵入者でも、指名手配犯でもありません。私たちが、あの人を捕らえるのにどれだけ苦労したかお分かりですか?」
七度ユキノはかなり立腹しているようだ。あの時の言い訳程度では到底納得は出来なかったのだろう。狐坂ワカモや私の身に起きていることについて、詳細を明かすことはできないのだが。
「そう言われると、返す言葉もありませんね。申し訳ありません」
よって、素直に謝罪をするしかなかった。
「っ……、先生と、狐坂ワカモに何かしらの事情があることはこの間の様子で何となくわかりました。だから、止めはしなかったんです。ただ、こう…………もう、結構です」
七度ユキノが尚も何かを言おうとして、そして説明するのを諦めたように途中でやめた。怒っている、というよりも拗ねているようにも見える仕草だ。
「ふふっ」
「何が面白い、カヤ」
笑みを漏らした不知火カヤに、七度ユキノが目敏く追求する。
「いえ、別に。ただ、FOX小隊の隊長にも、随分と可愛くやきもちを焼くようになったものだな、と思っただけです」
不知火カヤは別に、といいつつ思っていたことを全て言ったようだ。
「やきもち……」
しかし、よくわからなかった。嫉妬、七度ユキノが私に、どういったことに対して。
「ち、違いますからね、先生」
やはり、本人も否定しているようだ。
「違うのですか?」
「違う!」
「そうですか、聞く限り、ワカモとユキノのどちらかを選ぶようなシチュエーションで、ワカモを選ばれたかような話に思えたのですが」
「そ、それも違う! ……先生、誤解なさらないでくださいね」
あれは2人の取捨選択で狐坂ワカモを選んだ訳ではなく、私の目的にとって都合が良いから一度解散してもらったに過ぎないのだが、これも藪蛇になるので言うことはできない。私は黙って頷いた。
「はぁ……先生、真剣な話です。あまり、人を心配させるような行動は取らないでください。いきなりワカモの前に、無防備に出て行ったときには本当に心臓が止まるかと思いましたので。……これから、ワカモよりももっと危険な人物と相手するんですよね? その時、私が傍にいられるかどうかも、分からないのですから」
七度ユキノは小さくため息をついた後、気持ちを切り替えたように表情を真面目なものに戻し、私にそう忠言した。
「ええ、最大限注意を払います。あれと戦うにあたっては、万全の準備と絶対の自信でもって取り組むつもりですので」
彼女の言う通りだ。現状、アリウスについての調査が進展しているわけではないが、それでも刻一刻と、ベアトリーチェと直接対決する時期は、近づいている。私はそう感じていた。
「……分かりました。そこは、先生を信じます」
「連邦生徒会所属としてはその件に関しては手を出したくないという意見が多数派なので、生憎あまり協力できることは無さそうですが、何かしらの支援が取れるよう調整していますので、もう少しお待ちください」
七度ユキノと、不知火カヤが私にそう言った。
SRTシャーレ支部は、いくつかの経験を得て、良い方に針路を進んでいるように感じられた。
シャーレ支部編 Part1 fin.
次からは暫く番外編となります。