「こちらが居住区になりますね。そこに24時間営業のコンビニがあるほか、食堂や自習室、トレーニングルームなど施設が備わっています。部屋はマンションタイプの個室が結構な数あります。現在はSRT特殊学園のシャーレ臨時支部の学生寮としても運用していますので、大体20人程度の生徒がここで暮らしています」
予定通り早瀬ユウカに留守を任せ、棗イロハと桐藤ナギサを案内する。カフェは最後に回すとして、まずは遠い場所、居住区から説明する。元宮チアキは一度案内したはずだが、「せっかくなので」とついてくるようだった。
「なるほど……トリニティの別館のようなものを想像していたのですが、とても規模の大きい施設なのですね」
桐藤ナギサは真面目にメモを取りながら興味深そうに施設を眺めていた。最初はぎこちない様子だった彼女も、案内を始めるとそういった様子はすぐになくなり、純粋に見学を楽しんでいるようだった。
「そうですね……ゲヘナにも大きな学生寮はありますが、ここまで設備の整ったものはありません」
「まあウチにそんな施設あってもすぐ更地になっちゃいそうですからねー。建て直しやすい平屋の方が良いですよね!」
棗イロハと元宮チアキも素直に感想を述べている。一度案内を始めてしまえば、隣にいる人物が誰なのかはあまり気にしていないらしい。
「それも興味深いお話ですね。トリニティでは逆に建物を立て直すことにも様々な制限があって、あまり大きな建物を新しく建てられないことが多いのです」
「へ~、そうなんですね。ゲヘナとは大違い……トリニティにも行ってみたいんですが、さすがにおいそれといけない立場ではあるんですよね~」
元宮チアキが桐藤ナギサの言葉に反応する。好奇心旺盛な彼女は、トリニティへの反感よりもずっと、その文化や街に興味があるようだ。
「それでしたら、
桐藤ナギサの発言に、棗イロハがぎょっとするのが見えた。お前は正体を隠しているつもりではなかったのではないかと言いたいのだろう。正直私もそう言いたかったが、まあバレたとて困るのは本人くらいだろう。
「えー、キリエちゃんそんなこと出来る立場なんですか? もしかしてティーパーティーの結構偉い人なんです?
そんな様子に元宮チアキは嬉しそうに返事をする。そこまでは良かったが、彼女は軽い口調で
「というか寧ろそっちの上司の方の許可取る方が大変じゃないんです? トリニティってその辺面倒くさそうじゃないですかー、アハハ。なーんて」
と続けた。棗イロハの顔が更に引き攣った。
「ちょっ、チアキ!? この人は……」
彼女がどうにか元宮チアキに相手が誰なのかを伝えようとしているが、桐藤ナギサは止まらなかった。
「確かに、トリニティは何かと申請が面倒くさい部分がありますね。些細なことで関係者に事前にお伺いを立てたりとか、私も苦労した覚えがあります。ですが、
桐藤ナギサは思いつくままに話しているようだ。どうも、わざわざ『お忍びで』と言う形で来ているにもかかわらず、今日の彼女はかなり気が抜けているようだ。
「え、どゆことです?」
元宮チアキもさすがに目を丸くした。
「どういうことというのは……あっ、も、申し訳ありません。『お友達』というのは建前のようなものと思ってください。初対面の相手に失礼でしたね。ちょっと浮かれていたようです」
元宮チアキの様子に、桐藤ナギサが顔を赤くして訂正する。
「いや、それは全然歓迎って感じなんですけど……許可を取る相手がいないって、まるで自分が一番偉い人みたいなことを……うんん? よくみるとキリエちゃん、どこかで見かけたことがあるというか、声を聞いた事があるような…………あ」
元宮チアキもついに、相手が誰であるかについて察することが出来たらしい。
棗イロハは彼女は残念な生き物を見る目で眺めていた。もうフォローするのは諦めたようだ。
「? チアキさん、気分が優れないのですか? 大変です、先生。医務室などはありますでしょうか」
元宮チアキの様子がおかしい事にはすぐ気づいたようだが、何故そうなっているかについては、まるで気付いていない様子だ。収集が着かないため、仕方なく彼女に声を掛ける。
「キリエさん。今の
「え……? あ、そうでしたね。そういえばお忍びで来ているのでした。……という訳で、上司がいないというのは嘘です」
桐藤ナギサは、妙にきりっとした表情になり、今更そう言いつくろった。
「いやいや……今更それは無理! 無理ですからね!? す、すみません! 色々と失礼なこと言っちゃってましたよね!? 私!」
元宮チアキは平身低頭した。
「あら……やはり、遅かったようですね。ですが謝るのはこちらの方です。余計な気遣いをかけてしまい、申し訳ありません。学外の方と交流しながら、この場所を見学するのが楽しくて、つい、浮かれてしまっていました」
桐藤ナギサも、そう言って頭を下げた。流石に反省はしているようだ。
「いやいや、本当に恐縮するので顔をあげてください!?」
元宮チアキはパニック状態になっていた。万魔殿の人間がトリニティの生徒会長に向かってトリニティ批判をした、と捉えられなくもないのだ。
そもそも彼女たちのトップは公然とトリニティ批判をする人間なので今更ではあるのだが。本人がそう取られるのは心外、ということだろうか。
「先生、もしかしてトリニティのホストは
棗イロハが二人に聞こえないように私に小声で尋ねた。この発言もなかなかのものだと思うが。
「いえ、普段は
私は彼女と仕事上で会うことが多かったので、普段はどちらの状態に近いのかは知らないが、一応フォローをしておく。棗イロハは至極面倒そうな顔をした。
「ありがとうございます。では、改めてご挨拶いたしますね。トリニティの生徒会長の桐藤ナギサです。それで、いかがですか? トリニティへのご招待は受けていただけますでしょうか?」
桐藤ナギサは二人に自己紹介をして、そのまま先ほどの話を続けようとした。
「えっ、その話は生きてるんですか?」
元宮チアキはたじろいでいる。誘いには棗イロハも含まれているとは思うのだが、彼女は現実逃避しているようだった。
「ええ、もちろんです。……やはり、お嫌でしょうか……」
「そ、そんなことは無いですよ!? さっきも言った通り寧ろ歓迎です! ね、イロハちゃん!?」
元宮チアキは桐藤ナギサの寂しそうな表情に引き込まれるように咄嗟に口走った。そして、そのままの勢いで同僚を巻き込んだ。
「っ!? …………そ、そうですね……」
棗イロハは一瞬かなりの形相で元宮チアキは睨みつけたが、結局彼女も同意せざるを得なかった。
それだけ、桐藤ナギサの姿には求心力があったようだ。
「……ただ、先ほどナギサ会長も仰っていたように、上司の許可を取ってから、と言うことになると思います。……まあ、チアキの言っていたように、適当に騙くらかせば許可を取れないということは無いと思いますが……」
「そ、そうなのですね? では、連絡はどうすればよいでしょう。……そうです! では、連絡先を交換しましょう!」
桐藤ナギサが名案を思いついたように微笑んで自分のスマートフォンを取り出した。
「えっ、……いいんですか?」
元宮チアキは何故か私の方を見た。勝手にしたらいいと思うが、適当に頷いておく。棗イロハは連絡先交換は1人で良いだろうとでも言いたげな雰囲気はあったが、結局桐藤ナギサの純粋な期待の目には勝てず、二人して交換することになっていた。
こうして、桐藤ナギサのスマートフォンにも、初めて「学外の友人」の連絡先が追加された。それがゲヘナの万魔殿の幹部の物だと、誰が信じられるだろうか。
少なくとも、ティーパーティーにも万魔殿にも予想できた人物は一人もいなかったことだろう。