晴れて、というべきだろうか。桐藤ナギサにゲヘナ学園の友人が二人できたところで、案内を再開する。
一通り案内し、最後にカフェについた時には、丁度正午近くになっていた。
「それでは、ヒヨリさんもご一緒に。モモフレばんざーい!! 」
「も、モモフレばんざーい!!? 」
そこには哀れな洗脳被害者がまた一人増えていた。必死に万歳を叫んでいるのは槌永ヒヨリだ。
教主はシンボルとなる奇妙な鳥の人形を掲げていた。
傍らには無表情で茶色い毛のぬいぐるみを抱えている戒野ミサキが座っていた。
「……」
「……」
「……あれは確か……」
元宮チアキと棗イロハはその光景を呆然と見つめていた。
桐藤ナギサは何か思案するように額に手を当て、あの鳥が一体何なのかを思い出そうとしているようだ。
「……」
「……」
ふと、人の気配を察したのか、それとも後方の私たちに気づいてぬいぐるみを後ろ手に隠した戒野ミサキの視線に気づいたのかは定かではないが、振り向いた教主、もとい
「ち……違うんです先生!? 」
「まだ何も言っていませんが」
全く同じ内容の会話をどこかでやったような気がするが、
「思い出しました。
「私はただ、ペロロ様の、いえ、
「……」
桐藤ナギサが何かを言おうとしていたが、阿慈谷ヒフミの言い訳になっていない言い訳にかき消されていた。この二人の関係はそれでいいのだろうか。何故か桐藤ナギサは妙な笑顔で固まっているが。
「あれ? えと、
阿慈谷ヒフミがいつの間にか変装をやめていた先輩に気づく。
「それが、うっかり二人にバレてしまいまして、意味がなくなってしまったのです」
桐藤ナギサが自然な笑顔に戻ってそう言い、
「ヒフミさんにもご紹介しますね。私の新しいお友達のイロハさんとチアキさんです」
と続けた。状況についていけていなかった二人を微妙な表情で会釈をした。
「え……その制服って、ゲヘナ学園の……ですよね?」
阿慈谷ヒフミが真顔になる。まさか彼女がゲヘナ嫌い、ということはあるまいが、二人は少し身構えた様子だ。
「凄いですナギサ様! 早速他校のご友人が出来たんですね!? これでミカ様や
阿慈谷ヒフミは大喜びだった。桐藤ナギサとハイタッチをしている。この二人、こういう関係だっただろうか。自分の記憶が怪しくなってきた。
「……あ、す、すみません! 私はトリニティの2年生、阿慈谷ヒフミです。よ、よろしくお願いします」
そしてはしゃいでいたところ、その桐藤ナギサから紹介を受けた人に挨拶をしていないことを思い出したようで、彼女は姿勢を正して自己紹介をした。
既に奇人という判定を受けているころだと思うが、相手がゲヘナの良心とも言えるほど真っ当な二人なのが救いだろう。
「はい、初めましてヒフミさん。ゲヘナ学園、2年生、万魔殿の書記、元宮チアキです!」
「……同じく万魔殿で戦車長の棗イロハです」
「あぅっ、何だか凄い肩書をお持ちなんですね……恐縮です」
特別な事情が無ければ権威に対して強いタイプではない阿慈谷ヒフミはひれ伏しそうになっていた。
「いやいや、そんなこと言ってヒフミさんもそちらの生徒会長と仲良さげじゃないですかー? 意外とティーパーティーの重要ポジションだったりするんじゃないですか?」
「あはは、まさかそんな……。ただの一般生徒ですよ?」
実際は一般生徒どころか全トリニティ生の中で
「あ、そうなんですか? でもまあ、同じ2年生ですし、気軽に接してくださいね! ゲヘナで肩書を気にする人間なんてウチの議長くらいのものなので!」
「あ、ありがとうございます、チアキさん!」
「ところで、それ……モモフレ、ですよね」
「えっ!? イロハさんもモモフレファンなんですか!?」
「いっいえ、イブキ……後輩がよく絵を描いているので……」
食いつきが良すぎて棗イロハが少し後退った。
「そうですか……後輩さんが! それはぜひ、お友達になりたいですね! 丁度今、新たにモモフレの輪が広がるところだったんです! あれ? そういえばヒヨリさんとミサキさんは? ……な、何故そんな端っこに行っちゃったんですか!?」
阿慈谷ヒフミが何やら一人で騒いでいるが、彼女が私に弁解をしようとしていたところあたりから、彼女たちはこちらの様子を遠巻きにするように徐々に遠くへと下がっていた。
「……い、いやぁ、いきなりたくさんの人が来たので怖くなってしまいまして……終わりました……ヒフミさんを怒らせた私とミサキさんはトリニティとゲヘナの重鎮から集団リンチを受けるんです……」
「いや、私を巻き込まないでよ……私は元から関係ないから……」
また被害妄想に苛まれている槌永ヒヨリと、無関心を装う戒野ミサキが何やら言っているが、それよりは桐藤ナギサの反応が気になった。
「あら、あなた方は……」
彼女は阿慈谷ヒフミと話していた二人がだれであったのかに気づいたようだ。彼女達へと近づいていく。
槌永ヒヨリからは恐怖の、戒野ミサキからは警戒するような感情が表情に現れる。
「……以前お見掛けしたときより、顔色が良くなっていますね。いつか、ゆっくりお話をしましょう。私たちのことと、あなたたちのことを……」
そういって、桐藤ナギサは深く頭を下げた。彼女は、トリニティでは過去の物となってしまっていたアリウスとの関係を、再び取り戻すべく、動き出していた。
現在、トリニティでもアリウスについての調査は進められている。彼女達が紐解こうとしているのは、その歴史と、経緯(いきさつ)についてだ。
現在の支配者を倒して全て終わりという訳にはいかないのだ。かつて分断が起こったこと自体には、その支配者が関与しているわけではないのだから。
「…………あ、あの…………えへへ……」
「……」
そして一方で、スクワッドの二人は桐藤ナギサに返事をするにはまだ時間が足りないようだった。それも仕方ないことだろう。彼女たちにはまだ、時間と経験が必要なのだ。
「私たちゲヘナも、本来であれば過去について知るべきなのでしょうね。この先エデン条約を本当に結ぶのだととしたら、歴史的背景を十分知っていることは必要な気がします。ウチのバカ議長レベルの歴史認識なのは論外としても、私たちは知らないことが多すぎます」
「いやー、まあ問題はゲヘナにまともな歴史書を探すのが難しいということなんですよねー。図書委員会も頼りになるんだかならないんだかですし」
ゲヘナの二人も、桐藤ナギサの様子に感化されたのか、歴史について調べてみる気になったようだ。
──
「先生、今日は突然お邪魔したにも関わらず、大変なお気遣いをいただきましてありがとうございました。イロハさんとチアキさんも、いきなり混ざった私によくしていただき、ありがとうございます」
最後は少し妙な雰囲気になりはしたが、桐藤ナギサと、棗イロハへのシャーレ案内は無事終了した。
「そんなこと言いっこ無しですよ。私たち、お友達、なんですよね?」
元宮チアキが笑顔で返事をする。流石のコミュニケーション能力の高さで、彼女はティーパーティーのホストに対しても適切な距離感を見出したようです。
「そうですね……トリニティへの訪問も、楽しみにしています。……その、できれば3名の招待にしていただいたり、できますか?」
当初は引き気味だった棗イロハも、最終的には慣れたようで、普通に話していた。
「はい? ええ、それは問題ありませんが……もう一人というのは、まさかそちらの議長のことですか?」
「それこそまさかですよ…… 1年生のイブキのことです。1年生と言ってもまだ11歳なのですが」
羽沼マコトと共に行くことを想像したのか。一瞬棗イロハはかなり嫌そうな顔をした後、想定通りの名前を出した。
「まあ、そうなんですね? 飛び級とは、とても優秀な方なんでしょうね」
飛び級と言う言葉に、彼女は興味を持ったようだ。
「はい。イブキには色々な経験をしてもらいたいというのと……、紹介したくて。その……私の新しい友人の事を……」
「!! はいっ、では、私も会える日を楽しみにしておりますね。日程の調整は、携帯電話から行うことにしましょう」
「そうですね、じゃあ後でグループチャット作っておきますね! イブキちゃんも含めて!」
元宮チアキがそう言って、相談は終わったようだ。
「では、改めまして、本日はこれでお暇致します。帰りましょうか、ヒフミさん」
「はっ、はい。では、イロハさん、チアキさん。それから先生も、今日はありがとうございました」
トリニティの二人が帰っていく。ゲヘナの二人も、その後一度カフェに戻った後、帰っていった。
エデン条約の成立有無とは無関係に、トリニティとゲヘナの関係性が、少しづつ変わっていく未来は、以前より想像の付きやすい物になっている気がした。
振り返り
リリちゃん=百合園セイア