「おはよう、先生。……直接会ったのは、調印式の事後処理に君が訪ねて来た時以来かな? この前はナギサがお邪魔していたみたいだが、あまりにも浮かれていたから、さぞやここでもうちの浮かれ天然美少女が大暴れしたと拝察されるのだが、問題は起こらなかったかな?」
桐藤ナギサがお忍びという体でシャーレに訪問してきた日の数日後、今度は百合園セイアがシャーレに訪ねてきていた。といっても彼女はお忍びで来ていたわけでも、無目的で来たわけでもなく、
とある会合のために、シャーレにある会議室へと訪れていた。
「ナギサさんの人たらしぶりが発揮された、とても見ごたえのある訪問、というべきでしょうか。まあさして問題はありませんでしたよ。イロハさん……ゲヘナの戦車長は大いに頭を抱えていましたがね」
「ふむ、それは……同情するべきだろうね。元々は、最重要警戒対象であっただろうに、気づいたらお友達、だ。……まあ、喜ばしいことにね」
百合園セイアはそう言って微笑んだ。本気で揶揄するような意図は全くないのだろう。
「さて、残りの二人はまだ来ていないのだね。ところで、『私たち』が全員集まることが出来る日をわざわざ設定して呼び出ししたのだから、もちろん何か理由があるのだろう? 何か私たちの持つ記憶について、新たな発見でもあったのかな?」
そして彼女が今日ここに来た理由、それは『預言者同盟』のメンバーを私が呼び出したことにある。命名者の天童アリスによるゲームプレイ配信の告知などが主なコンテンツのグループチャットではあるが、実際には、彼女たちと私には共通点がある。
それは、今の時間軸においては存在しないはずの記憶を有していたり、それを夢や幻といった形で認識したことがある、ということだ。
そして、それゆえに、私はこの奇妙な関係の集団に、彼女も加えるか、そうならないにしても一度、紹介位はしておいた方が良いと思ったのだ。
位はしておいた方が良いと思ったのだ。
そしてこの日、2番目にこの会議室に現れたのは、その彼女だった。
「こんにちは、あなた様♡ ……あら、あなたは」
前回訪ねて来た際とは雰囲気を変え、黒基調の着物に黒い狐面を横被りにした状態で現れた狐坂ワカモは、現れた人物に対し何か口を開こうとした百合園セイアに無言で近づく。
そして警戒する(警戒していただけで実力行使に出られて何も対処できていなかったが)百合園セイアを抱え、そのまま今の今まで彼女が座っていた上に腰掛け、彼女を膝に乗せた状態で、頭を撫で始めた。
「……」
「……」
「……♪」
今にも鼻歌でも歌いそうな上機嫌な様子で百合園セイアの髪を整えるように撫でながら、狐坂ワカモは、私に笑顔を向けていた。
「……な……な……何なんだいキミは!!!?」
暫く黙って撫でられていた百合園セイアが、ようやく自我を取り戻したかのように大声を張り上げた。
「……確かに、
狐坂ワカモは首を傾げながら、それでも撫でるのをやめるつもりはないようだった。
そして彼女によれば暴れようとしているらしい百合園セイアは、見た目では全く暴れているようには見えなかった。狐坂ワカモに片手で押さえつけられているのだろうか。
「成程……
「いや……いいからそろそろ離してくれないかい? さっきからどうにか抜け出そうとしているんだが、全く身動きが取れないのだよ。ミカほどの力で押さえつけられているわけでも無いのに、どういうことだかはさっぱりわからないが」
百合園セイアは自力で抜け出そうとするのは諦めたらしく、ようやく抗議の声をあげた。
「はい、どうぞ」
狐坂ワカモはあっさり、百合園セイアの髪と身体から手を離した。
「……」
百合園セイアは自由になった手で撫でられていた髪を自ら暫く触っていた。何か感じるところがあるのだろうか。
「降りないんですか?」
「いや、降りるよ。降りるとも……」
狐坂ワカモから疑問の声が投げかけられ、百合園セイアがそれに答えたとき、3人目の生徒がタイミングよく顔を出した。
「おはよぉ~。朝集まるのはおじさんにはちょっとしんど……どちら様? セイアちゃんのお姉さん?」
「はい♡」
「違う! というかそもそも誰なんだキミは一体!」
現れた小鳥遊ホシノに対し平然と嘘をつく狐坂ワカモに、百合園セイアは慌てて膝の上から降りながら叫んだ。
「紹介が遅れて申し訳ありません。狐坂ワカモさんです」
「ああ、やはりそうなんだね……かの指名手配犯がこんな人物だとは
「んー? 指名手配犯なの? まあ、よろしくね、ワカモさん」
小鳥遊ホシノが目を細めて彼女を見ながら、頭を下げた。
「ええ、よろしくお願いしますね。ホシノさん。それで、あなたは?」
「……あんなことをしておいて、私のことを知っているわけではなかったのかい? 本当に先生は、妙な事情がありそうな生徒と縁があるものだね。私は百合園セイア。トリニティのサンクトゥス派の代表を務める生徒会長の1人だよ、一応ね」
「まあ、とても偉いお方だったんですね♪」
そう言って百合園セイアに手を伸ばそうとした、百合園セイアは髪を押さえて一歩引いた。狐坂ワカモは残念そうにしている。
「丁度良い例がありましたが、彼女はこのように自分の記憶にない相手へ無意識に行動してしまうことがあるようなのです。それに加え、私たちとは明らかに異なる過去の記憶を有してもいるようです」
「なるほど~、だから『
「ええ、その通りです。それで、ワカモさん。一つ思いついたことがあるのですが」
百合園セイアとテマの共通点を一つ思いつき、早速ワカモに伝える。
「はいっ。なんでしょう、あなた様♡」
「テマさんとセイアさん。
「成程、つまり、
「待て、いきなり酷い言いがかりを受けた気がするんだが、誰をさして幼女などと言っているんだい? 大体、そうだとしたらホシノに対しても何か気持ちが湧いたりしないのかい?」
百合園セイアは憤って友人を無駄に巻き込んだ。
「え~、いきなりこっちに矛先向けないでよ? ……確かにおじさんもワカモさんみたいにご立派な体つきはしてないけどぉ~」
小鳥遊ホシノはそう言って、狐坂ワカモの身体を意味深に眺めた。
「うーん、どうぞ?」
私と、そして恐らく百合園セイアへも対応が相当甘くなっている狐坂ワカモは、そう言って手を広げて小鳥遊ホシノを招いた。試してみるということだろうか。
「え? いいの?」
「……いいの? って、その反応は何だいホシノ……」
百合園セイアが呆れたような声をあげるが、小鳥遊ホシノは珍しく少し顔を赤らめてワカモの腕の中に収まった。先ほどと同様に、彼女を膝に乗せた状態で椅子に座る。
「どうですか、ワカモさん」
「うーん……なんというか、あまりしっくりはきませんね」
「そっかー……ごめんね、ワカモさん。あ、でもおじさんは結構安心するかも……」
小鳥遊ホシノは謝りながらも、妙に嬉しそうだった。
「そ、そういうものですか?」
一方、百合園セイアの時と違い、狐坂ワカモはそんな小鳥遊ホシノの様子に少し動揺しているようだった。
「何故ホシノ相手だと照れてるんだ君は……」
そして百合園セイアはやはり、少し不満そうにしていた。
「パンパカパーン。アリスは謁見の間に到着しました! ……あれ、もしかしてアリスが一番後だったんでしょうか……」
そして、その時ついに最後のメンバーであり、『預言者同盟』の命名者でもある天童アリスが到着した。