「さて、親睦も深まったと思いますので、そろそろ状況の整理を兼ねて考察してみましょうか」
暫く騒いでいた生徒たちが少し静かになり、私は機を逃さないよう口を開いた。
「待ってくれ、先生。……本当に、この状態で真面目な話が出来ると思うのかい?」
百合園セイアが疲れ果てた表情と口調で、しかし私に待ったをかけた。彼女はどちらかというと本題に進みたいという立場だと考えていたのだが、改めて彼女たちの方を見遣る。
「……」
百合園セイアの他には誰も口を開いてはいなかったが、4人は今、
具体的には、椅子に座った狐坂ワカモの膝に、先ほどと同様に百合園セイアが座らされていた。
そして、後ろからは天童アリスがにこやかに狐坂ワカモの背中に抱き着いており、そして横からは小鳥遊ホシノが巻き付くように腕を組んでおり、彼女を中心に4人が接触しあっている状態だった。
良い表現があまり思いつかないが、それはどこか
何故そのような状況になったか、その詳細は私にも不明だが、狐坂ワカモがそれぞれに対し「しっくりくる」状態とは何なのかを検証した、その結果なのだろうか。狐坂ワカモが途中から仮面を被り始めた意味もよく分からなかったが。
「……確かに、一般的に会議を行うような姿勢とは異なるかもしれませんね」
「そうだろう? ほら、聞いていただろう皆。解散だ解散!」
百合園セイアが珍しく乱れた口調で言い募ると、狐坂ワカモに纏わりついていた二人が素直に離れ、そして、彼女自身も解放されたように膝から降り、少し距離が離れた場所にある椅子へと駆けていった。
兎も角、異論のある人物がいなくなったようなので、これで本題に入ることが出来そうだ。
―
「まずは一旦今までどう考えていたか、という話をしましょうか。ワカモさんの話を聞く前の話です」
前回、初めて偶発的に集まった際は、それぞれ自分の状況を明かしたというだけだ。しかし、そこを元に予想していた内容を話す。
「まず、私自身はこの4人の中で最も詳細に、『現在の時間軸とは別の記憶』を持つ存在だと考えています。それこそ、私の自認としては過去に遡ったという感覚でしかないのです」
一方で、キヴォトスに先生として招待される以前のこの時間軸自分自身が何者だったのか、という点は一切分かっていない。少なくともゲマトリアに所属していなかったのは明らかだが。
「そしてこれまで私は、ここにいる皆さんは私と同じ時間軸の記憶の断片を持っている、或いは情報として認識しているのだと考えていました。ホシノさんの見た私の姿、それが私の記憶にある私自身の行動と食い違いが無い、という点もその根拠となっています」
小鳥遊ホシノを見る。彼女は頷いた。
彼女自身はそのことについて、自分自身とは別の存在だと割り切っている、と以前言っていた。
本心は分からないが、少なくとも、彼女が今の私のことを信用していることは理解している。
「アリスさんは私の事を知らないと言いました。私自身、アリスさんと面識のあった記憶がないので、その点では矛盾していません」
天童アリスに関しては、人間ではなく、未知の能力の備わった神秘を抱く機械生命だ。同期、といった気になる発言をしていたこともあり、何かしらの別の時間軸、あるいは異世界の記憶を一部保持していたとしても、理解の及ぶ範疇ではある。
「私は……アリスは、自分が何者なのか、気になることはあります。ですが、先生が言ってくれました。これからのアリスは、何者でもなれる、と」
天童アリスはそう言って微笑んだ。あの時は殆ど思い付きで言った内容だが、彼女はそれを気に入っているようだった。
「そして、セイアさんは私が知っていそうな内容と、私の全く知らない内容、それぞれについて夢で見た、と言う話でしたね。私としても矛盾は無かったので、そこまでは問題なかったのですが……」
元の時間軸でも、百合園セイアは未来視が出来るとされている人物だった。しかしこの時間軸での彼女は、必ずしも『未来の夢』を見ているわけではなかった。それ故に、彼女の見ていたものは、私がもともといた時間軸でのことなのだと想像していたが。
「必ずしも私の見ていた夢が、先生の元々いた場所ではないかもしれない、ということかな? その可能性は十分に考えられるね」
百合園セイアはやはり私の言いたいことを十分に理解しているようだ。
「そして今回、仲間に加わっていただいたワカモさんについてはその前提が全く通用せずかなりの部分で異なっています」
狐坂ワカモの話に戻ってくる。彼女の話はあまりに身に覚えのない話ばかりで、彼女の性格から思い込み、あるいは狂言すら疑ったが、むしろそうでは無いとする根拠の方が集まってきている。
「例えば、エデン条約の調印式の日の話です。私は以前の自身の記憶から、巡航ミサイルが使用される日程と場所を十分理解していて、それに対策を打ちました」
アリウスの生徒たちをベアトリーチェから可能な限り隔離した上で保護する作戦は、その状況が私にとって既知のものであったためにうまく行った話だ。
「ただそれは、私自身がミサイル攻撃によって大怪我を負った苦い記憶、という訳ではないのです。私の記憶では、そもそも調印式の会場にいたということはありませんし、故に私がそれで大怪我をする、というのは
私の発言に、狐坂ワカモが俯いた。誤解を与えてしまったかもしれない。
「それにも関わらず、ワカモさんは調印式当日に、古聖堂周辺に現れました。私が大けがをしてしまう可能性を懸念して、です。そうですよね?」
「は、はい。その通りです。……結果的に、何の意味もない行動にはなってしまいましたが」
「いえ、気持ちはとてもありがたいですし、実際にそれで救われた生徒がいますので、意味は大いにありましたよ」
私がそう言うと、狐坂ワカモの表情が和らいだ。気休め程度にはなったようだ。
「ここまででも、彼女の行動の筋は通っていると思います。どうでしょうか?」
「そうだね、矛盾は無いように思える。……もっとも、それだと『先生の姿が変わってしまっている』という点についてだけ、認識がずれている、というような可能性も捨てきれはしないのではないかな? 確か……先生が認識している以前の時間軸において、そこで先生と呼ばれていた人物は実際に大けがを負ったのだろう?」
そのようなことを言ったことがあっただろうか。
それとも、彼女が夢で見たことなのかもしれない。確かに、『
しかし、狐坂ワカモがその情報を私に置き換えて誤認している、ということもまた、少々考えづらかった。
「確かに、可能性自体は捨てきれないでしょうね。ただ……ワカモさん、その仮面。自分で作ったという黒い仮面ですが」
「はい、これがいかがされましたか?」
狐坂ワカモは手元に置いていた仮面を持ち上げ、返事をした。
彼女の持っている黒い狐面、そして元となった絵、どちらも狐坂ワカモが作ったものだという。その話をする前に一件、確認しておくことが一つあった。
「もし違ったら自意識過剰な話ですが、その仮面は
「……」
殆ど間違いない、とは思っていたが、もしこの推測が違うとすれば前提が崩壊する。そのためその質問をしたのだが、狐坂ワカモから返事が無かった。
どうかしたのかと見てみると、彼女は仮面を持った状態のまま固まっており、熱でもあるのかと思うほど、顔を赤面させていた。
「流石に、そりゃないよ~、先生……」
「先生、君は一度、デリカシーという言葉を調べて脳に刻み込むべきだろうね」
小鳥遊ホシノと百合園セイアの呆れを多分に含んだ叱責の声が、私の耳に届いた。つまり、私は失敗してしまったようだ。