黒服がシャーレの先生になった世界線   作:黒服先生

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新 預言者同盟④

「あまりに直截的に尋ねてしまいましたね、申し訳ありません」

「い、いえっ、勿論その通りなので、あなた様に謝ってもらうことなどございません! ただその、はっきりそう尋ねられると恥ずかしくなってしまい、こちらこそ申し訳ございません!」

 

 固まっていた狐坂ワカモが動き出したところで、詫びを入れる。

 会うたびにいつも無尽蔵な好意を見せられていたため、そういったことにあまり恥じらいを感じないのだと思っていたが、そうではなかったのだ。

 

「……話を続けましょうか」

 

 3年生の生徒2人からはまだ刺すような視線が感じられたが、目的は達したので話を進めることにする。狐坂ワカモに関しては……後で個別にフォローをしておく必要があるだろう。

 今この場で何を言っても状況は改善する気がしない。

 

「ワカモさん、その元になった絵は1枚しか書いていないのですよね? 少なくとも、ワカモさん自身がこの時間軸で記憶している限りは」

「は、はい。おっしゃる通りです」

「それにもかかわらず、その絵とそっくりの絵を持っている者がいた。そしてその人物が、初対面であるはずのワカモさんのことを慕っていた」

 

 そう言って、私はテマのことを3人に説明した。本名すら分からない、名前も何もかも失った状態で、奇妙な能力を用いて一人生きていた少女の話を。そして狐坂ワカモから受け取っていた絵と、テマに一時的に借りた絵のコピーも見せる。

 

「……今日ここにテマさんを呼ぶことも考えたのですが、彼女については出自からあまりに謎が多すぎ、()()()()()()と考えたので、話だけにしておきました。最近はカフェで過ごしていることが多いので、後で覗いてみても良いかもしれませんね」

 

 説明を終えると生徒の間には同情的な、やや重い空気が流れた。テマを見ていると彼女の性格からあまりそう感じないのだが、彼女が置かれていた状況自体は憐れみを誘うものであったのは間違いない。

 

 しかし少なくとも今は、シャーレで過ごす他の生徒たちと共に生活している。面倒見の良い月雪ミヤコや空井サキが良く構っている様子が見られるのだ。まあ、それは彼女に会ってみればわかりことだろう。

 

「さて、前置きが長くなりましたが、彼女がその絵を持っている、ということが何を表すのか。……突拍子もない話をしますが、私の中で最も納得のいく結論は、彼女が時間渡航者である、というものです。つまり、私やワカモさんのような記憶のみを残しているのではなく、身体ごと過去へと飛んできた。その可能性についてです」

 

「……()()()()()()()()

 小鳥遊ホシノが複雑な表情で私を見た。彼女はそれが存在する可能性について考えたことはあるのだろうか。

 

「テマさん本人はともかく、あの絵については、そう考えるのが最も自然と思われます。画像解析を行いましたが、あの二つはよく似ている、という話を超えるレベルで一致点があります。勿論、テマさんのものは後からかなり描き足されてはいますが」

 

 私自身受け入れるのが難しい結果であったが、使われたインクや紙のサイズなど、すべての証拠がこれら2枚の紙を『同一の物』と示していた。

 他の可能性としては、この絵が何者かによって『()()』された、というものがあるが、動機が不明であり、その場合もまたテマ自身の存在について大きな謎が残る。

 

「状況を整理しましょうか。私や皆さん、そしてテマさんは似たような秘密を抱えていますが、実際にはそれぞれ異なる経験をしています」

 

 電子黒板を利用して、考察した内容を書いていく。

 

「多世界解釈理論が正しいのかは不明ですが、一旦分かりやすいようにそれを用いてみましょうか。簡単に言うと世界は様々な分岐ごとに世界が分かれており、それぞれ別の平行世界、が存在している、という理論です」

 

 時間移動とは根本的に異なる理論だが、理解しやすさを重視する。

 

「私たちが今いるこの世界をA世界としましょう。私が先生をやっており、エデン条約へのアリウスの襲撃が失敗した世界です。そして私が元々いた、と認識している世界はB世界、私ではない者が先生をやっており、エデン条約への襲撃では多くの被害が出た世界になります」

 

 AとBで半分に区切る。二つの時間軸は私にとっての基準だ。

 

「このA世界とB世界を分ける最大の違いは、『()()』を誰がやっているか、という点にあると考えています。A世界には、B世界に存在している人物が一人明確に欠けている。『』が今どこかにいるのか、それは確認できていませんが……当たり前ですが、B世界にも私はいましたからね」

 

 私の立ち位置が変わっていることそのものよりも、B世界を構成していたはずの人物が()()()()()()()ことの方が重要だろう。私のやっていることは結局、彼の真似事に近いのだから。

 

「ホシノさんが見せられたり、セイアさんが夢で見たという世界はこのB世界、あるいはそれに近い世界だと考えられます。そしてアリスさんに関しては分からない、と言うのが正直なところです。今までは同じだと思っていたのですが、そうでない可能性も浮上してきた、といったところでしょうか」

 

 厳密に同じ歴史をたどった世界なのかは確かめるすべが無いが、『』が存在する、という点ではB世界に近い世界であるのは間違いない。

 

「そして、そういう意味でワカモさんはA世界に近い世界の記憶を有している、ということになります。そしてその世界では私が先生である一方、B世界の記憶を持っておらず、エデン条約では大きな被害が出た。そのような世界だと想定されます。まあ、これはA-II(エーツー)世界、と呼ぶことにしましょうか」

 

 狐坂ワカモが頷く。

 その世界において、アビドスやミレニアムはどのような状況になっていたのだろうか。その世界の自分がどのような考え方の人間だったのかは不明だ。

 

「ワカモさんはA-II世界でのことを全てはっきりと思い出せるわけでは無さそうなので、そこでテマさんと関わりがあったのかどうかははっきりしません。ただ様子を見る限り、お二人の世界はそれぞれ近い物であった可能性が高いと推測されます。()()()()()()()()()()()()

 

 A-II世界にテマのことを記入する。狐坂ワカモはテマのことを知らないと言っていたが、彼女が懐いていることに関しては受け入れているようだった。

 それは先ほどの百合園セイアに対する行動と近いものでもある。

 

「ただし、お二人にも違いがあります。ワカモさんはあくまで、A-II世界の記憶を持っていつつも、このA世界でこれまで生きてきた経験を記憶している。一方でテマさんはい()()()()()()()()()()()()()()()()。記憶喪失になったという経緯があるので当然ですが、彼女の事を知っている人物が見つかっていない、という点も問題です」

 

 これを説明する内容が、先ほど話した時間渡航だ。

 

「彼女がこのA世界、あるいはA-II世界における今より先の未来でワカモさんと交流があった、彼女は何らかの方法でもって、直接現在のA世界へと現れた。そしてその絵は未来のワカモさんから貰った物、と考えれば一応の説明は可能です」

 

 最後に、電子黒板に時間渡航と記入する。

 

「さて、私の考えは大体こんなところですね。結局『何故』や『どうやって』の部分については一切分かっていない、という点ではあまり進展していませんが、私の考えを共有しておきたかったのです」

 

 多世界解釈や時間遡行については専門外も良いところだ。自分の身に降りかかった超常現象というのは興味深い物であるが、研究する時間も足りない。今の状況が落ち着けば、それに時間を注ぐことができるようになるのだろうか。

 

「まるでSF小説のような話だね。まあ、私が言えたような話ではないか。予知能力なんて、ファンタジー小説そのものなわけだしね」

 百合園セイアが感想を述べる。彼女の言う通り、今更の話だ。このキヴォトスにおいては様々な神秘が存在し、超常現象が日常的に起きている。それを認識している人物は多くは無いのだが。

 

「わたくしが全てを思い出すことが出来ていれば、もっとあなた様のお役に立てていたと思うのですが……」

 狐坂ワカモはそういって、少し落ち込んでいるようだった。

 

「ワカモさんが全てを覚えていた場合、私と同様にこれまでの自分自身の歩みを全て忘れてしまう可能性もありますから、一長一短ではあると思います。そうであれば、こうしてワカモさんを仲間に迎え入れられることが出来なかった可能性すらありますので」

 

 私がそう答えると、狐坂ワカモは顔を上げて嬉しそうに笑った。

 

「……先生はさ、どうしてこれを調べようとしているの?」

 小鳥遊ホシノは時間渡航の話をし始めたあたりから表情が変わっていたが、私にそう尋ねた。

 

「どうして、というと?」

「えっと、目的は何なのかな、って思って。例えば、B世界に帰りたい、と思っているのか、とか。……それと、もしタイムスリップの方法が分かったとしたら、過去に行きたいのかな、とか」

 

 小鳥遊ホシノは真剣な顔をしていたが、それ以上に、何かを堪えているような様子であるとも感じた。

 

「そういうことですか。B世界に戻りたいのか、と言われると難しいところですね。方法が分かりませんし、戻ったとしてもその時点で私はA世界の記憶を既に持ってしまっていますから、厳密にB世界に戻る方法はもう無いのかもしれません。それはそれとして……皆さんとの関係のような、この世界で得た様々なものを、全て捨てて戻りたいとは、あまり考えていませんね」

 

 あの世界はあれで興味深い物であったが、そこまで未練があるという訳ではない。百合園セイアが意外そうな表情をしていた。私がこういったことを言うとは思っていなかったのだろう。

 

「それとタイムスリップについてですか。もちろんこうしておけばよかった、と思うことはあります。かといって自由に変えても良い、というようなものでは無いと思います。……当然、状況次第ではあると思いますが」

 

 小鳥遊ホシノは私の答えに納得しただろうか。彼女は私を暫く見つめていたが、やがて

 

「そっか、そうだよね」

 といって微笑んだ。

 

「先生、アリスは……」

 そして私が話している最中、ずっと黙っていた天童アリスが最後に口を開いた。

 

「……アリスは、誰かと……似た話をしたことがある気がします……」

 

 あまり自信が無さそうに、彼女はそう言った。彼女にしては珍しいことだが、このような様子を見せるのは初めてではない。

 

「それは、たとえばゲーム開発部の誰かやユウカさんと、最近話したという訳ではないのですね?」

「はい……誰と話したのかは思い出せません。でも、先生のお話を聞いていて、何故か、誰かと同じ話をしたような気がしたのです。何だか、モヤモヤします……」

「成程……教えていただき、ありがとうございます。きっと重要な情報だと思います」

 

 天童アリスはそう言った。それは、彼女に残った情報の残滓なのだろうか。いずれにせよ、彼女もまた、多くの情報を失っている、そのことにもどかしさを感じるのは、かなり人間的な感覚であるだろう。

 

 ―

 

「さて、個人的には今回もなかなかに有意義な時間になったかと思います」

「うへ~、難しい話が長くて、おじさん疲れちゃったよ~」

 

 いつの間にか良い時間になっており、そろそろこの会も締めることにする。

 真面目に話していたのは天童アリスが過去の記憶について言及したあたりまでで、その後はタイムマシンがあったら何がしたい、と言った談義に移行して雰囲気が弛緩していた気がするが、小鳥遊ホシノが大げさに机に突っ伏す。

 

「結局のところ、分からないことが多い、というのは分かったけれどもね」

「そうですわね。わたくしとセイアちゃんがどのような関係だったのか、とっても気になります」

「ええいっ! キミは何回私を持ち上げようとするんだい!?」

 

 狐坂ワカモは百合園セイアを抱き上げようと狙っており、百合園セイアはそれを阻止しようとしていた。もっとも、狐坂ワカモが本気でそうしようとすれば防げるようなものではなく、彼女はそのやり取り自体を楽しんでいるように見えた。

 

 

「いや~、それは結構分かりやすいと思うけどな~」

「はい。きっと、A-II世界でも、ワカモとセイアは仲良しだったに違いありません! アリスや、ホシノも、そうだったらいいな、と思います」

 

 そしてそのやり取りを眺めている2人もまた、最終的には笑顔で過ごしていた。

 

 新しいメンバーが加わった『預言者同盟』の集まりは、このように砕けた雰囲気で解散となった。

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