「ちょっと、先生、どうなってんのよ……」
特に外出や来客の予定のないある日のこと、妙にぎこちなく背後を気にしながら、河駒風ラブがシャーレの事務所に現れた。
仕事のついでにここに現れることは珍しくない彼女だが、とはいえ、普段はシャーレに来たとしてもカフェで同じヘルメット団のメンバーや、カフェで知り合った友人たちと話をしたり、遊んだりしていることが多い。
故に、妙に挙動不審な様子が気になった。
「こんにちは、ラブさん。どうかされましたか?」
「あ、今日はユウカもいないのね。まあ、丁度いいわ。ちょっとここで過ごしていい? 何でかカフェに自警団の連中が来てんのよ」
河駒風ラブがそう言った。自警団。恐らくトリニティのそれのことだろう。何故彼女が隠れているかは分からなかったが。
「何か見つかると都合の悪い事でもしたのですか?」
「さ、最近はしてないわよ! ただ何というか、自警団や正実の連中に見つかるとヤバい、みたいな感覚が残ってて、ちょっとね……」
前科持ちが警察を嫌いになるような物だろうか。彼女の来歴は詳しくないが、不良であったこと自体は間違いない。
「ミカさんは良いんですか?
彼女は聖園ミカとはそれなりに仲良くやっているはずだ。あまり苦手意識みたいなものを感じているようには見えなかった。
「ミカは……まあいいのよ。知り合うまでは進んで関わりたいなんて思ってなかったけど、知り合っちゃったら別でしょ? ミカはそれにほら、ああいう性格だから自警団や正実の連中に比べれば付き合いやすいし」
何やら言い訳めいた口調で例外であることを主張するが、つまるところ根拠の無い苦手意識がある、というだけの話のようだ。
「ところで、自警団ということはスズミさんでしょうか。以前一度来てみたらどうかとお伝えしてはいましたが」
「ああ、先生のせいだったの? 自警団だから普段、トリニティを離れることはあんまりないと思って油断してたのようちは。で、そうね。守月スズミと、後なんか声のデカい奴がいたわ。うちは知らない子だったけど、多分その子も自警団だと思うわよ。」
やはり、守月スズミと、彼女の後輩だろうか。2人でやってきていたらしい。前回、偶然会った時のことを思い出す。
「成程、丁度良いですので、少し顔を出してみましょうか」
「はーい、いってら」
事務室の椅子に腰かけて、河駒風ラブが手を振る。自分には関係ないと思っているようだ。
「いえ、ラブさんも行くんですよ」
「何で!? 」
守月スズミは、ジャブジャブヘルメット団のメンバーと話をしてみたい、と思っているような節があったはずだ。リーダーである河駒風ラブが来ているのはタイミングが良い、と言わざるを得なかった。
「簡単に説明すると、シャーレと協力して、エデン条約の警備任務にあたっていたあなた達のことが気になっていたみたいですよ」
「そうなの? ……いや、でもあれ、ただのアルバイトだし」
彼女以外はそうだったが、彼女自身には重要度も危険性も段違いの任務を受けてもらっていたはずだが、言い訳をするようにそう言った。
「少なくともラブさんは少し異なっていたと思いますが。まあ、それでも、自主的に治安維持を行っている彼女にとって、気になる存在ではあるのでしょう。まあ、どうしても嫌だ、と言うのであれば構いませんが」
「うぅーー…………はいはい。分かったわよ。行けばいいんでしょ」
河駒風ラブは逡巡していたが、結局は折れてくれた。交渉というには彼女の人となりに甘えすぎているだろうか。
―
「こんにちは、スズミさん。いらしていたのですね」
カフェに顔を出すと、確かにそこには守月スズミと、見慣れないトリニティ生がテーブルに着いて何か話をしているようだった。
他にも槌永ヒヨリなど珍しくはない生徒が何人かいたが、各々好きなように過ごしているようだった。
「こんにちは、先生。以前先生が、ここに来てみたら、と仰っていたので、来てみたのです。それより、どうして私がここに来たと分かったのですか?」
「それは、ラブさんからスズミさんを見かけたという話を聞いたので……」
そういえば、河駒風ラブがいない。振りむくと、入り口から覗くようにこちらを窺っていた。
「あの人は……」
守月スズミもそれに気づいたようだ。まあ、放っておけばその内観念してこちらに来るだろう。
「それで、そちらは?」
ぽかんとこちらを眺めていた、守月スズミに着いてきたのだろうと思われる生徒に話を向ける。
「はっ、はい! 先生! スズミさんの後輩にしてトリニティの守護神! トリニティ自警団の宇沢レイサ、ですっ!!!」
直後、その生徒は飛び上がるように立ち上がり、奇妙なポーズとともに叫んでいるのかと思うような大声で自己紹介をした。
私だけでなく、室内にいたもの全員の視線が彼女へと集まる。それに気づいた彼女が、直前までとは打って変わって不安そうな表情へと変化した。また、変わった人物だ。
「よろしくお願いします。レイサさん。ご存じかもしれませんが、シャーレの先生をやっている者です。スズミさんの後輩と言うことは、レイサさんは1年生ですか」
「!!! はいっ! スズミさんに次ぐ、自警団のエースです!」
次ぐのであればエースとは言わないのではないだろうか。守月スズミの方を見ると、慣れているようで何も気にしていない様子だった。
兎も角、自己紹介も終わった。再度振り向くと、諦めたような顔をしながら、河駒風ラブが室内に入ってきているところだった。
「あんた、もうちょっと静かに挨拶しなさいよ。一応公共の場なんだから……」
そして何故か宇沢レイサに文句を言いながらテーブルまで近づいてきた。
「ご、ごめんなさい……」
説教された本人は項垂れていたが、河駒風ラブの言うことは正論ではある。
「あなたは……」
守月スズミも彼女が誰か分かったらしい。
「どうも。ジャブジャブヘルメット団の河駒風ラブよ。うちは、先生に連れてこられただけだから気にしないで。最近はそもそもトリニティではあんまり行動してないし、あんたらの活動とは関係ないから」
そして苦手意識があるのは本当なのか、妙に早口で挨拶と言い訳めいたことを言っていた。
「いえ、お会いできて良かったです。ラブさん」
「はい! ジャブジャブヘルメット団って結構話題ですよ! シャーレのお手伝いをして大活躍だとお聞きしています!」
言われたことを意識したのか守月スズミに続き先ほどより少しだけ声量の小さい声で宇沢レイサが河駒風ラブに話しかけた。
「あ、そう。まあお手伝い、っていうか
「アルバイト、ですか」
守月スズミが反復するように返す。
「そうよ、あんたたちと違って、働かないとうちら生きていけないんだから。シャーレの仕事って結構割良いし。悪いことしなくても良いからさ。だから、やってるってだけよ」
「あ……ご、ごめんなさい」
宇沢レイサが頭を下げる。恐らく、河駒風ラブの気に障るようなことを言ってしまったと思ったのかもしれない。まあこれは、河駒風ラブの言い方がそう聞える、というのもあるだろう。
「え? 何か謝られるようなことされたっけ? ま、興味があるならやってみたらいいんじゃない? シャーレの仕事って言ったら許可出るでしょ。最悪ミカに話してみても良いけど」
やはり本人は特に気にしてはいないようだった。それどころかアルバイト仲間として斡旋までしそうな様子だ。
「ミカって……ええ!? ミカ様ですか!!?」
「だから声大きいって」
河駒風ラブの指摘に宇沢レイサが大げさに口を手で抑える。
「あの、ラブさん。それから先生も。」
「ん?」
「はい」
控えめな様子だった守月スズミが意を決したように口を開いた
「もう少し、詳しい話をお聞きしてもよろしいでしょうか」
その言葉に、河駒風ラブは一瞬私を見て、
「まあ、元々そのつもりだったから別に良いわよ」
と返事をした。