「それで、先生も言ってたけど、うちに聞きたいことってなんなの? アルバイトの話だったらさっき言った通りだけど」
話を聞く体勢になった河駒風ラブが、守月スズミに尋ねる。宇沢レイサという一年生も大人しく席に着いた。
守月スズミは話を振られ、言葉を選んでいるようだった。彼女は内気や引っ込み思案と言う訳ではないようだが、フランクに話すことが得意では無さそうだった。
「そのヘルメットは……」
「え、うちの団の話? まさか入りたいって話じゃないわよね?」
ようやく口を開いた守月スズミに、河駒風ラブは怪訝な様子を見せる。
「いえ、そうではなく、ラブさんが被っているヘルメットそのものについてです」
「あ、これの事? 何だ、こっちね。これは仕事の時用のヘルメットね。前の警備任務の時、皆これ被ってたの。変なのが紛れ込まないようにね。シャーレのロゴ入ってて、協力者だってわかりやすいでしょ。ま、先生の発案なんだけど」
概ね彼女の言う通りだが、ジャブジャブヘルメット団用と言うよりは、そこに小鳥遊ホシノを紛れ込ませるため、と言う目的もあったものだ。統一された格好は個性を薄れさせる効果がある。
「成程、そういうことだったんですね。確かに、それを被っていれば先生の下で動いていることが分かりやすいと思います」
「そ。だから、うちは普段は使い分けてるんだけど。まあ、気に入った子なんかは普段使いにしちゃってるのよね。絶対迷惑かけるようなことすんな、とは言い聞かせてるけどね」
河駒風ラブが小さくため息をつく。基本的にジャブジャブヘルメット団のメンバーは河駒風ラブに対して忠誠心が高く、彼女の言いつけを守るということに関しては疑っていない。
紛失や盗難があった際にはすぐに報告するように言っており、偽造対策もしているため、その辺りは自由にさせていた。
「確かに、とってもカッコいいですね! ヘルメット団の方とお話ししたのは初めてですけど、やっぱりこだわりがあるんですね!!」
宇沢レイサが目を輝かせて言った。トリニティ生としては珍しいタイプの生徒かもしれない。
「欲しけりゃあんたもシャーレのバイト登録すれば支給されるわよ」
「おお! それは……要検討ですね!!」
「即答しないのね……」
河駒風ラブは呆れたように言った。基本的に思慮深いのは長所だと思うが、イメージと異なる、というのは確かにある。
「……で、まさかそんなことが聞きたかったわけじゃないわよね」
そして河駒風ラブは、その様子を見ていた守月スズミに改めて尋ねる。
「はい。いえ、そのヘルメットにも関係することではあると思うのですが……つまり、ラブさん達ジャブジャブヘルメット団が、シャーレと提携をするに至った経緯には、興味があります」
守月スズミの言葉に、河駒風ラブは明らかに嫌そうな顔をした。
「え゛っ。……何でそんなこと聞きたいのよ」
「それは……ヘルメット団の方々が、シャーレと協力関係を結んだ、ということに驚かされたからです。特にラブさんは……これは噂で聞いた話ですが、先生と共に特別な任務に参加されていた、と言う話ですから。……すみません、詮索するようなことをして」
守月スズミの表情が暗くなる。河駒風ラブが頬を掻いた。かなりやりにくいようだ。そして、彼女はまたそのような相手を放っておけるような性質でもない。
「……言っとくけど、本っ当に大した話じゃないわよ?」
そう言って、彼女は事の経緯を説明し始めた。つまり、金欠であった彼女がバイトを探してシャーレに訪れた、というのがきっかけであり、単発でアルバイトを行った。
そこでの彼女たちの働きぶりから、丁度人手が必要だった私と利害が一致し、協力関係に至った、という話だ。
「……では、調印式当日に先生と行動を共にしていたのは?」
「それは……そういえば、それうちも知らない。先生、今更だけど何で護衛にうちを連れてったの?」
本当に今更の話である。確か依頼したときにも説明したような気はするが、改めて説明する。
「あの時点で、私の采配で動いてもらう事の出来る人物は限られていたのです。その中で、もっとも信を置いていたのが、ラブさんと、それからホシノさんだったという事です」
「あ~、何かそんなこと言ってたっけ? お世辞でも言われてるのかと思ってたけど。だってほら、SRTの子達とか、それこそユウカの伝手を頼るとかもあったんじゃないの?」
彼女本人に自覚は無いようだが、早瀬ユウカを除けば河駒風ラブはシャーレの常連になったのがトップクラスに早い部類だ。彼女達と契約を交わしたのはSRTシャーレ支部がようやく本格的な準備に入ったあたりのことだ。
無論、ミレニアムの力は別のところで頼っていたし、あの状況で現場にミレニアムの生徒が立ち入るのは3大校のバランス的に良くなかった、というのもある。
「あの状況において、ラブさん以上の適任は他にいませんでした。結果的に危ない目に合わせてしまったのは申し訳なく思っていますが」
「それは良いんだって。……でも、そうなんだ。ありがとね」
「何がですか?」
「うっさい」
河駒風ラブは笑ってお礼を言ったかと思えば急に怒りだした。思春期の生徒達のこういった感情の変化には未だに謎が多い。
「……やはり、お二人の間には単純なビジネスパートナー以上の信頼関係があるように見えますね」
守月スズミが、そう口にする。
「…………」
それを受け、河駒風ラブは胡乱気な表情でこちらを見て、特に何を言うこともなく、守月スズミの方に向き直った。
「……それはあれ、ただの慣れってやつよ。最初はただのバイトの仲介屋みたいな感じだったもん」
「……そうですか……」
守月スズミはあまり納得した様子ではなかった。
「っていうかさ、さっきから思ってたんだけど、それアンタに何の関係があるの?」
その反応に思うところがあったようだ。少々棘のある口調で河駒風ラブが尋ねた。
「そ、それは……」
守月スズミが言葉に詰まる。雰囲気に押され、先ほどまで朗らかな様子で話を聞いていた宇沢レイサも顔を青ざめさせ、不安そうに先輩の方を見た。
「……いや、
河駒風ラブが再度頬を掻き、うんうんと言葉を選ぶように唸りながら、捻り出すように続けた。
「うーん……多分さ、アンタは何かに悩んでて、それで先生や、私に話を聞きたかった……んだと思うんだけど。それで……多分、それは私が先生の下で働いてることに関係ある、のかもしれない」
喋りながらやや不安そうに、彼女は守月スズミの方を見た。守月スズミは驚きからか目を見開いて、それでも頷くことは忘れなかった。
「でも、結局あんたの悩みが分かんないから、うちもどういう話をしていいのか、分かんない……ってこと。これで分かる? 繊細なお悩み相談とか慣れてないのよ」
守月スズミは勿論だが、河駒風ラブもその雰囲気とは裏腹にやや真面目すぎるきらいがある。
「……ありがとうございます。自分が恥ずかしくなります。ラブさんがこんなにも、私に親身になってくれていたのに……」
「そっ、そういうのは良いから!」
守月スズミの発言を河駒風ラブは顔を赤くして止める。照れているのと、早く本題に入ってほしいという気持ちだろう。
「はい。……実は、
「限界?」
「はい。……いえ、もともと分かってはいたんです。自分一人の力で出来ることに限りがあることは。それでも、自分の手の届く範囲で困っている人の手助けをしたい、そう思って自警団をやっていたんです。……ですが、あの、エデン条約の調印式の日に起きた事件で、私は何もできませんでした」
守月スズミはそこで一度言葉を切った。やはり、あの日のことが気になっているようだ。ヘルメット団の成果やシャーレとの関係について気にしていたのも、そういう意味がう。
「トリニティやゲヘナの方々に被害は殆どでなかったと聞いています。一方で、多くの子達が保護された、と聞いています。その方たちが何者なのか、というのは噂程でしか聞いていませんが……私はただ、後からその話を聞いただけの無関係な人物でしかありませんでした。それからも、私が助けることの出来る範囲は変わっていません。前と変わっていないはずなのに、不安や後悔を感じることが増えてしまったんです」
彼女はそう言って話を終えた。言ってしまえば、
ただ私ではそれを彼女に上手く伝えることはできない、というのは重々承知しているので、やはりそのまま河駒風ラブに続けてもらおう。私の思惑を感じたのか、一瞬彼女が私を睨んだように感じた。
「スズミはさ……考えすぎなのよ。エデン条約の時の事件? あれであんたが無力感を感じなきゃいけないのなら、あれに関わった生徒たち全員そうでなきゃいけないわよ。うちらだって、先生に言われるがままに警備してただけだし、あれは組織だから何とかなった、なんて話じゃなかった。それくらい、先生の作戦は常識外れのふざけたものだったし……結果として、きっとたくさんの人が救われた」
褒められているのか、貶されているのか全く分からない。だが口を挟むのはやめておこう。
「でも、それはただの
「それは……はい、そうしたと思います」
守月スズミは多少の疑問は感じたようだが、頷いた。
「なら、それで良いじゃない。あんたがやるべきことは全然変わってない。先生だって、正義実現委員会だって、全員を助けることなんてできないんだから、あんたはあんたが思うように、そういう人らに手を差し伸べてあげるべきなんじゃないの? ま、あんたの理念なんてうちは知らないんだけど」
河駒風ラブは最後は敢えてやや突き放すように、そう結論付けた。
「……そうですね、ありがとうございます。おかげで、目が覚めました」
守月スズミが頭を下げる。やはり、河駒風ラブに任せて正解だったようだ。
「それと、一つだけ文句というか、言いたいことあるんだけど」
「はい?」
「こうやってあんたを慕ってわざわざシャーレまで着いてきてくれる子がいるんだからさ、せめてこの子の前ではかっこいい先輩でいてあげたら?」
彼女は不安そうな顔をして守月スズミを見ていた宇沢レイサを指してそう言った。ジャブジャブヘルメット団のリーダーだけあって説得力がある。
「わ、私ですか!? いえ、す、スズミさん。あの……」
「……そうですね、レイサさん。……ごめんなさい、みっともないところを見せました」
「いえ!! 私は、先輩がすごく強くて、綺麗で、カッコいい人ということを知っていますから!!!」
宇沢レイサの全力の返事に苦笑しながらも、守月スズミは
「そうですか……ありがとうございます、レイサさん」
といって、この日初めて、彼女は小さく微笑んだ。
―
「ありがとうございます。ラブさん、先生。やはりこれからも、私は私に出来ることを、続けていこうと思います。……そうですね、レイサさん達と一緒に」
「はいっ!! スズミさん、今日は帰ったら二人で見回りに行きませんか!? 一人では見つけられないことも、二人なら見つけられるかもしれません!」
守月スズミと宇沢レイサはそう言って帰っていった。守月スズミの顔色は、会ったときよりも随分よくなっていたように見えた。河駒風ラブのカウンセリングのお陰だろう。
「あの子って確か、最初は正義実現委員会に入ってたと思うのよね、うろ覚えだけど」
その後、事務所に戻る私に、河駒風ラブが言った。
「その間に、うちはトリニティが合わなくて学校辞めて、あの子は正実は辞めても、自分の考えを通すために残って、自警団やってる……別にガッコ辞めたことに後悔は無いけどさ、でもやっぱり、強いなって思うわよ。少し、憧れるくらいには」
「……何故直接言わなかったんです?」
「言えるわけないでしょ、バカ」
また私は彼女を怒らせたようだ。やはり私には、女生徒の感情の動きを理解するのは難しいようだ。