『預言者同盟』に狐坂ワカモが新たに加わった日の夜、1通のメールが届いた。差出人名に心当たりがなかったが、内容を読めば誰からの物なのかはすぐにわかった。
文面を信じるならミレニアムサイエンススクールを長らく不在にしている生徒会長、調月リオからの物だ。
以前から、早瀬ユウカを通してどうにかアポイントを取ろうとアプローチしていたのが功を奏したのだろう。私にとってこの連絡は非常に都合の良いものだった。
彼女は私が面会を求めていることを確認し、条件付きで許可を出した。その条件とは、指定された場所に直接訪ねること。誰にも、例えば明星ヒマリや早瀬ユウカ等、に知らせずに訪問すること。日時指定についてはいくつかの選択肢の中から一つ選ぶこと。という内容だ。
所感としては、罠であるようにしか思えなかった。しかし、ミレニアムの生徒会長が私を罠にかける理由は分からなかったし、提示されたいくつかの証拠により、メールの送り主は調月リオ本人であるだろうと思われた。結局は、罠であろうと行かないという選択肢はなかった。
提示された中で最も近い日付を選び、返信をする。さらにそれへの返信として、とある座標が送られてきた。ここに行けということか。
地図で確認すると、そこは現在工事中の現場であるように見えた。そこそこの広さのある区間まるごと、立ち入り禁止とされているエリアだ。
A.R.O.N.Aに確認してみたところ、既に巨大建造物が建っていることが分かったが、その規模の割に、それが何で、誰が建てようとしているのかは公開されていないようだった。
幾らかの準備をして、指定された日時に、その座標へと向かうと、1台のロボットが現れた。こちらを誘導するように動き始める。ついてこいというのだろう。
そうして立ち入り禁止エリアであることをまるで気にせず中に入っていくそのロボットの後に続いていくと、その区画の全貌が見えてきた。現代的な造りの建物ではあるが、その姿はまるで軍事要塞のように見えた。
その中の、一つの建物に、ロボットが入っていく。中にはエレベーターが存在したが、操作キーなどは見当たらなかった。中に入ると自動で作動する。そしてしばらくエレベーターが上昇する感覚があり、停止する。扉が開くと、そこにはただ一人、彼女が待っていた。
「初めまして、シャーレの先生。ミレニアムサイエンススクール、セミナーの調月リオよ」
大人びている。というのが、彼女を知る何人かの生徒から聞いていた、彼女の情報だった。確かに同世代からしたらそう見えるのかもしれないが、大きすぎる責任を抱え込み、張り詰めているその状態が、周囲にそう認識させているだけ、のように見えた。
つまるところ、以前の時間軸、この間命名した「B世界」における小鳥遊ホシノのようなものと考えれば良い。もっとも、今のところ彼女が私をここに呼んだ理由についてはまだわかっていないのだが。
「本日はお招きいただきありがとうございます。てっきりミレニアムでお会いすることになると思っていたのですが、まさかこのような場所に招待されるとは。……ここは、ミレニアムの施設なのですか?」
調べた限り、ここがミレニアムの施設である、というのは最もありそうな話であり、一方で早瀬ユウカが会計をやっている以上、それはあり得ないことにも思えた。
そしてそうでない場合、調月リオが個人で管理している、ということになる。それはそれで異常な資金力を持っているということになるわけだが。
「いいえ、ここはミレニアムの施設ではないわ」
「では、リオさんがお持ちの物件ですか?」
「……そんな話を聞きに来たわけではないでしょう? お互いに聞きたいことがあるのは分かっているのだから、無用な前置きは省いた方が合理的よ」
突かれたくない部分なのか、それとも本心からそう言っているのかは分からないが、同じ生徒会長でもトリニティの生徒会長とは大違いのようだ。アイスブレイクや紅茶を囲みながらの会議、というものは非合理的で、彼女にとって不要なものなのだろう。
「そうですか。話が早いようで助かります。 とはいえ、こうしてお会いできたことで私の目的は殆ど達成できたようなものです。ずいぶん遅れてしまいましたが、ミレニアムの生徒会長にご挨拶したかった、というだけですので」
私も彼女に倣って端的に返す。しかし、彼女は表情をやや険しくした。おそらく信用されていないのだろう。
「……あなたがミレニアムに来たとき、多くのイレギュラーがあった。廃墟の奥に存在する「何か」を回収するように誘導したところまでは、問題なかったのだけれど。そこにユウカが一緒にいたのは想定外だった。そのすぐ後に、コユキまで巻き込まれていたのは緊急事態とすら呼べる物だったわ。早急に対策を取らなければならないほどに」
調月リオが言わんとしていることの意味は、よく理解できなかった。いや、何のことを指して言っているのか、というのは当然理解できていた。そして、あの奇妙な誘拐事件に調月リオが関わっていた、というのも頷ける話ではある。
「だから、私は先生にコンタクトを取ることに決めた。あなたはどこまで知っていて、その目的がなんなのかを」
理解できないのはこの、『彼女たちにとっての想定外』に私の思惑が絡んでいる、という推測についてだった。
ミレニアムの時のことを改めて思い出す。あの時の私は、今ほどに生徒とのかかわりも強くなく、故にただ、早瀬ユウカの力を借りることを選んだだけだ。それ以降、特にミレニアムに着いてからは、私の思惑が介入する余地などどこにもなかったはずだ。
「……何か誤解をされているようですが、ミレニアムでの私に思惑などありませんでしたよ。強いて言えば……ゲーム開発部の危機を救うことで、ユウカさんとの、延いてはミレニアム全体との関係を向上させようという打算があったこと自体は否めませんが」
したがって、これは私の本音だった。私はことB世界のミレニアムに起こった出来事についても直接関わったことは殆どなく、何故名も無き神々の王女たる彼女が、「天童アリス」としてミレニアムの一員になっていたかについては、全て推測で考えることしか出来ていなかった。
「……まあ、良いわ。いきなり思惑を全て話してくれるとは思っていなかった。先生がもう話すことが無いというのなら、私から聞いてもいいかしら」
こちらの発言は一切信じられていないようだった。ある程度自覚はあるが、基本的に初対面で私のことを信用するような人間はかなりのお人よしか、警戒の二文字が辞書に存在しないような純心な存在位のものだ。
「勿論です。なんでも聞いてくださって構いませんよ」
私がそう言ったところ、彼女はより一層警戒心を強めたようだ。
「……先生は……先生が見つけた、天童アリスという存在について、どの位知っているのかしら」
その調月リオが知りたかった質問というのは、天童アリスが何者か、という点だった。
先ほどの話からすると、彼女は私が廃墟の奥で「天童アリス」を見つけた、ということは既に認識している。となると、ここでもまた正直に答えた方が良い、のだろうか。
「……それは、彼女が名もなき神々の王女AL-1Sであることを知っているのか、という意味ですか?」
正しい回答の範囲が分からず、結局正直に回答すると、こちらの反応を見つめていた調月リオは目を見開いて驚いた様子だった
どうやら、正しい回答はこれではなかったようだ。
いずれにせよ、彼女の返事を待つべきだろう。どうやら私はまたしても、期せずして彼女の想定を超えることを言ってしまったらしい。