黒服がシャーレの先生になった世界線   作:黒服先生

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調月リオの誘い②

「もう、そこまで……でも……それなら……」

 

 調月リオが落ち着きを取り戻すまで私はただ待つしかなかった。既に言ってしまった言葉は取り消せないのだ。恐らく、私は浮ついていたのだろう。この空間は、調査のために調月リオが作った彼女の理想的、かつ合理的な場所なのだろう。

 私も一研究者として、この場所自体に純粋に興味があった。妙な回答をした言い訳としては、これで十分だろうか。

 

「いえ……先生がそこまで知っているというのなら、もう一つ聞きたいことがあるわ。先生は天童アリスを……名もなき神々の王女である彼女をどうするつもりなの?」

 

 調月リオはいたって真剣な様子で聞いてくるが、どうにかするつもりであるなら、ゲーム開発部や早瀬ユウカに任せきりにするはずもなかった。

 

 

 彼女がこれを聞いてきた理由は何だろうか。可能性は二つある。私が天童アリスに手出しすることを警戒しているか、あるいは、彼女自身が天童アリスに対して何か手出しを行うつもりであるか。

 

 前者ならいい。こちらが警戒されるだけの話だ。大したことをするつもりもない。あるとすれば預言者同盟に関することだろうが、あれは天童アリスに何か行動を促すようなものではない。

 後者であった場合、どうだろうか。防御策を取っておく、という程度なら歓迎だが、強硬手段に出ようとしている場合には……

 

「特には。強いて言うなら現状維持、というところでしょうか」

 

 どちらにせよ、正直に答える以外の選択肢は無かった。こちらから明確に動く手立ては無いのだ、現状変更を行うつもりが調月リオにあるのであれば、そこに介入するという方向性は検討するだろうが。

 

「……何故かしら。ミレニアムやキヴォトスを破滅の危機に追い込みかねない危険な兵器であることを知りながら、それを放置することなんて、私にはできない」

 

 会話の中で、初めて調月リオの意志らしきものが現れた気がした。彼女が背負い込んだ責任とは、つまり、この世界そのものの存続なのか。

 

「そういう、ということは、リオさんはアリスさんに何かしら対処する。つまり、名も無き神々の王女を破壊しよう、と考えている、ということでしょうか」

 

 お互いに誤解が多いようなので念のため、確認を行う。

 

「……そう捉えてもらって構わないわ」

 

 しかし、彼女から直接その返事を聞いた時、私は思ったよりも感情が揺れ動くのを感じた。想定の範囲内の答えだったはずだ。私の、私自身の感覚としては何も驚くべきことは無かった。つまりこの動揺は私の中に存在するルールに抵触したために起こったものだと推測できた。

 

 思わぬところで、私は自分自身にかけられた制約について、自分自身とそれを切り分けることに成功したらしい。

 

 それはそうと、この動揺は、何に対しての物なのか。天童アリスを破壊されたくないという気持ち、なのか、それとも、調月リオにそのようなことをさせたくないという思いなのか。

 

 どちらでもいいことだ。そもそも、少なくとも「世界の危機を未然に防ぐ」という理屈で天童アリスを排除するのは、全く合理的な判断では無いことを私は知っているし、今の天童アリスの状況を伝えれば、調月リオも考え方を変えざるを得ないだろう。

 

「ふむ……リオさん。つまり、あなたはそのために姿を隠して、それを実行するための準備を隠れて行ってきたのですね。全て自分の責任とするために」

 

 私は彼女に返事をする。彼女の意見には賛同も、否定もするつもりは無かった。ただ、事実を述べていくだけで良い。

 

「ですが、はっきり言って、今のアリスさんを破壊する、というのはあまり得策ではありません。私個人の感情は別としてですが、勿論リオさんもアリスさんのような天真爛漫な少女のことを進んで破壊したいなどとは思っていないでしょう」

 

「!! それでも……」

「いえ、良いのです。その決意自体を否定するつもりはありません。そうですね……何から話したらいいでしょうか。まず、リオさんも知っていると思いますが、アリスさんの今の立場についてです」

 

 何か言いかけた調月リオを気にせず、話を続ける。殆どが偶然の産物だが、天童アリスの破壊を思いとどまらせるだけの手札は持っているように思う。強硬にさせないことが肝心だろう。

 

「整理しましょう。アリスさんは今、ミレニアムの正式なゲスト、ということになっています。彼女がロボットであったとしても、名もなき神々の王女であったとしても、それは変わりません。そして、その立場を保証する責任者は、ユウカさんです」

 

「……ええ、勿論知っているわ。ミレニアムの中で起きたことだもの」

 

「リオさんが強硬手段に出ようと動いた時、ユウカさんは必ずそれを止めようという動きをするはずです。そして、ノアさんは必ずそのユウカさんの味方になる。これは実質的にミレニアムのルールと、あらゆる部活がユウカさんの味方になる、という事とほぼ同義です。例えばアリスさんが……学籍を偽装して学校に侵入している不審者であれば別でしょうが」

 

 調月リオの表情が険しくなる。その事自体は理解していたのだろう。

 

「……それでも、やらなければならないことなの」

 

 そして想定内であるがゆえに、彼女の意思を変えるほどには至らなかった。しかしこれも想定内のことだった。

 

「では、アリスさんが外部との……主にシャーレでのことですが、他校生とのつながりを持っていることは知っていますか?」

「……ある程度は。あなたが対策をしているからか、詳しい情報の追跡は出来なかったけれど」

 

 それはおよそシッテムの箱による通信セキュリティ強化の賜物だろう。思惑通り、詳細は知らないようだ。

 

「彼女はよくシャーレに訪問しており、様々な学校の生徒と既に繋がりを持っていますが、特に繋がりの深い生徒は、アビドスの小鳥遊ホシノ、トリニティの百合園セイア、……ああ、そして狐坂ワカモもそこに加わりましたね。ご存じですか?」

 

 そして私が使用したこの会話における切り札(偶発的な結果によるコミュニティの話でしかない)は劇的な作用をもたらした。

 

「……は?」

 調月リオは本日最も顕著な反応を示した。今までの物は私の思惑とは違う部分での驚きであったため、意図的に引き出したのはこれが初めてなのだが、さしもの調月リオでも、この3名の名前は予想だにしていなかったらしい。

 

 そう、天童アリスは既に、存在自体がキヴォトス全体のパワーバランスを変化させるに足る重要人物になりつつあるのだ。

 

「もっとも、今のところはただの友好関係に過ぎません。と言っても恐らく信じてはいただけないのでしょうが。まあ、そうですね。トリニティとの関係悪化は避けられませんし、狐坂ワカモには想定外をもたらす可能性がある。そして、小鳥遊ホシノは……まあ、単純に戦略級の戦力であると同時に、王女と同規模の破壊をもたらす可能性を秘める潜在能力の持ち主です」

 

 彼女は3人がどういう人物なのか知っているようだったが、一応補足しておく。こういった現実の再確認が、状況を正しく認識するためには必要だ。

 

「という訳で、私は現状維持をお薦めします。直接関わりを持った私が保証しますが、天童アリスに裏などありません。彼女は完全に天童アリスという人格として生きています。彼女は、自らをそう名乗ったのですから」

 

「……それはどういうこと? まだ何かあるの?」

 まだ立ち直り切ってはいないようだが、私の最後の言葉が気になったようだ。あの時、初めて天童アリスと会った時、監視は着いていなかったようだ。

 

「そのままの意味です。彼女が目覚めた時、『ゲーム開発部の天童アリス』と名乗ったのですよ。面白いとは思いませんか?」

 

「面白いとは思えないけれど……流石に、新しい情報が多すぎるわ。今すぐ強硬に踏み切ることはできない、と思うほどには。……でも、きっと結論は変わらない。現状維持が出来ないと判断したら、動かざるを得ないの」

 

 調月リオは、それでも折れることは無い。だが、罅は入っただろうか。

 

「わかりました。では、そのような状況に陥った時には、私に相談していただけませんか? アリスさんとの交渉や、ユウカさんや、アリスさんとつながりの深い皆さんとの仲介になることもできます」

 

 どういう交渉をする、という部分は意図的にしなかった。それでも、

 

「……分かったわ、そうする」

 

 私は彼女から、譲歩を引き出すことに成功した。

 

 ―

 

「ユウカさんも心配していると思うので、顔を出してあげた方が良いと思いますよ」

「……そうね」

 

 お互い聞きたいこと、話したいことはし終わったので、私は彼女に別れの挨拶を告げた。調月リオは見た目で分かるほど疲れ切っており、私の言葉を理解しているのか、分からないのか、曖昧な返事をした。

 

「それと、協力者の方にもよろしくお願いします。今度、挨拶をさせてもらいたいところですが」

 部屋の奥で物音がした。まさか、例の協力者はずっとここにいたのだろうか。

 

「ええ……また、機会を見てシャーレを見に行ってみるように伝えておくわ」

「リオさん本人は来られないのですか?」

「……考えておくわ」

 

 あまり乗り気では無さそうだったが、こういう会話ができるようになっただけ、多少は信用を得られたようだ。私は特に何か妨害を受けることも無く、シャーレへと戻った。

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