「ええ……では始めます。」
丁寧に、人前で話すことになれた様子で話していた先の二人と異なり、壇上に立った棗イロハはやや不服そうな表情のまま、いつもの調子で話し始めた。
「私たちはあの調印式の後、ゲヘナとトリニティ、そしてアリウスについて、ゲヘナ側の資料について調査していました。まずアリウスは調印式より以前にウチのバ……マコト議長に接触を仕掛けてきていた訳ですが……おっと、これは
秘密とはいえ、私は知っているし、SRTへは共有している。桐藤ナギサにもそれとなく伝えてはいるので、ここにいる者の多くは、特に動揺することなく聞いていた。話の流れで必要だったので、明かした、ということでもあるのだろう。
しかし、眉をひそめた者が一人だけいた。風紀委員長の空崎ヒナだ。まさか、この期に及んで風紀委員には何も伝えていなかったのか。
「風紀委員長、どうかしましたか?」
目ざとくとらえた棗イロハが、空崎ヒナに問いかける。学内での人間関係をとやかく言うつもりは無いが、この場にそれを持ち込むのは如何なものか。まあ、とやかく言うつもりは無いが。
「……いいえ、続けて。ただ、この後の
空崎ヒナは小さくため息をついてそう言った。流石に冷静な人物である。
「はい。……アリウスがどうやって議長に接触を図ったのか、その方法とルートに関しては調査中です。普通にトリニティに存在する通路を通って、地上から入ってきた可能性もありますし、それ以外に通じている通路があるのかもしれないので……」
アリウスがトリニティの他の派閥と袂を分って引きこもり始めたのは遥か昔の話だ。その間、外界との接触を完全に絶っていた訳ではないはずだ。トリニティ以外との連絡通路があったとしても不思議ではない。まあ、それでもゲヘナにそれがある可能性は、アリウスの主張を踏まえると無さそうではあった。
「それと同時に……これは、割とつい最近の話ですが、ゲヘナの歴史書の調査を始めました。私の知りうる限りの書籍では大した情報は無かったので、図書委員会によって閲覧を制限されている、所謂禁書群にも手をつけようとしたのですが……」
その辺りのことは特に報告は受けていないが、棗イロハは一段と表情を苦くした。何か問題でもあったのだろうか。
「色々と誤解を受け、万魔殿と図書委員会による
ゲヘナの図書委員会。一介の、しかも名前からするとそこまで過激とも思えない組織だが、実際にはかなり武闘派集団のようだ。
「こちらもまだ調査段階なので言えることはそう多くは無いのですが……ゲヘナの歴史書において、アリウスを特別視しているような資料を見つけることはできませんでした。」
棗イロハは仏頂面を続けたまま話し続ける。
「トリニティとの関係については歴史上の様々な場面で研究がされているようでしたが、アリウスについては……正直なところ、今のところまだインターネットで調べた方が詳細な歴史が分かるレベルの物でしか見つかっていません。」
調べようとすれば、、全く見つからないわけでも無い。アリウスに関しては、その程度のレベルでは調べることができるだろう。それ以下、ということになる。
「それが意図的なものなのか、或いはゲヘナとアリウスの関係はそれほどに浅かったのか、それもまだ分かっていません。調べてみた感想ですが、今のところゲヘナは、アリウスに対して特別他と区別するような意識は持っていなかった可能性が高い気がします。私の推測でしかありませんが」
一方の事、アリウスが現在に至るまでゲヘナのことを深く憎んでいたのは間違いない。その齟齬はどこから生まれたのか。あるいは、そもそも理由などないのかもしれないが。
「短いですが、万魔殿からは以上となります。有益な情報があり次第、共有はするつもりですが、まああまり期待しないで待っていてください」
最後に棗イロハは私にそう言って、義務は果たしたとばかりに自ら席へと戻っていった。
「さて、これで一応各校の代表に報告はしてもらった形になりますが、最後に私から。これからの予定と目的について、改めて確認させていただこうと思います。」
黒幕、についてこういった場で話すのは初めてだ。一応秤アツコ及び錠前サオリの許可は取っている。
「長年関係を断絶してきたアリウスとトリニティですが、ここ最近、アリウスは調印式での件以外に2度、トリニティに襲撃を行っています。これは自然発生的に起きた物ではなく、ある人物による意図的な計画によるものです。それぞれ、細かい目的は異なっていますが、大本の計画はその人物によるものです」
当然、概ね彼女の策自体は知っていたが、この世界でも全く同じに彼女が動いている、とは限らないため、アリウスの生徒たちに話を聞き、限りなく正確な状況を把握したうえで、説明する内容を絞っていた。
「その人物の名前はベアトリーチェ。自ら
改めて彼女が自ら名乗り始めた肩書を紹介しつつ、名前を明かした。
「彼女の目的は……覚えなくても良いことですが、自らが
かつては、彼女がアリウスを、まとめ上げた手腕を評価していたこともある。方法は何であれ、だ。今思えば、それは
以前の……B世界においても、それが彼女の決定的な敗因となったのだろうし、今回も、それは大いに活用させてもらう所存だ。
「そして、彼女の最終的な目的は、ある儀式的な行為を行って、自らの構造を変化させ、先ほども言った通り『崇高に至る』ことにあります。そしてその儀式的な行為には必要なものがある、と彼女は考えています」
秤アツコの方を見る。彼女は小さく微笑んで頷いた。本当に精神力の高い生徒だ。
「それを、彼女はロイヤルブラッドと呼んでいたようです。アリウスの初代生徒会長、さらにはそれ以前の、ユスティナ聖徒会の血筋を引き継いでいる、ここにいるアツコさんのことです。彼女の言う儀式は、アツコさんの命と引き換えに完成させるものなのです。」
この話を知っていた者も、知らなかった者も、皆表情が険しくなる。怒りや、悲しみと言った感情だろう。その中で秤アツコだけは、平然とした様子でこちらを見ていた。隣にいる錠前サオリは、以前私が言った言葉を思い出しているのか、努めて平然としていようとしているように見えたが、感情を隠しきれてはいなかった。
「儀式の完遂と、それにより彼女が崇高に至った場合、被害がアツコさん一人の命に収まることはあり得ないと言って良いしょう。ただし、彼女の計画は決して上手くは行っていないのも間違いありません。
フラットに伝えると。彼女の計画にはアツコさんが必要で、アツコさんをこうして保護している以上、儀式の完成は不可能です。また、彼女は複数回の失敗により、アリウスの生徒という……彼女にとっての手駒の殆どを失った状態にあります。エデン条約の調印式へは、一部を除き、アリウスにいた大多数の生徒が作戦に加わったという話ですからね」
場の空気が、ほんの少しだけ弛緩したような気がした。話を続ける。
「しかし、悠長にしていられない、というのも事実です。最低限、一部の残った生徒たちの救出と保護が必要です。彼女が周りに残った生徒たちをどう扱うか、というのは、あまり良い想像ができません」
話すべき内容は、これで終わりだ。
「調印式を妨害してきた相手であり、我々の『敵』がなんなのか、という点を認識していただければ、と思います。本日はお集まりいただき、ありがとうございました。」
この出来事に関わっている各校の生徒に、共通認識をもってもらうこと、これが今回の目的の一つだった。
終わり際の雰囲気から、それは少なくとも、ある程度は成功しているように思われた。
これで、調印式後、初となる合同での調査報告会は終了となった。