黒服がシャーレの先生になった世界線   作:黒服先生

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陸八魔アルからの報告

「あっ、先生来た! こっちこっち~!」

 とある喫茶店で浅黄ムツキの明るい声が私を招いた。この喫茶店は現在便利屋68が構えている事務所の近くにあり、今日は『報告がある』という陸八魔アルに呼び出されていたのだ。

 

「こんにちは、黒服さん。急に呼び出してごめんなさいね」

「いえ、そろそろこちらからも連絡しようと思っていましたので、好都合でした」

 

 浅黄ムツキはいつも通りの様子で、私に謝った陸八魔アルも暗い表情はしていない。少なくとも彼女たちの状況が悪いものである、という訳ではないようだ。

 鬼方カヨコと伊草ハルカは不在のようだ。その理由は、何となく察することができた。

 

「最近の調子はどうですか? 何かお困りのことは?」

 そのため、とりあえずは近況の確認からすることにした。彼女たちの動向はそれはそれで、私にとっての関心ごとでもあった。

 

「ええ。前も言ったけど、資金繰りに困っているということは無いわ。余裕があるというわけではないけれどね…… あ、この前はさらっと言っちゃったけど、前に黒服さんと約束してから、報酬は何があっても、絶対に受け取る、って決めてるの」

 

 陸八魔アルが私に、そう報告した。約束。恐らく、アビドスでのことだろう。彼女たちは当時、報酬を踏み倒されることが多かったと聞いていた。こちらで対応しようかと言ったところ、自分たちで何とかすると言ったのだったか。

 

「それは良いことですね。契約というのは相手を問わず守らなければならないし、守らせなければならないものですから」

 

 私がそう言うと、陸八魔アルは会話の内容とはやや遠い、朗らかで嬉しそうな笑みを浮かべた。

 

「え、ええ! 勿論、全額回収できないこともあるけど、少なくともこちらが泣き寝入りすることは無い、と分からせる程度には徹底的にやっているわ! 少しの間だけ、依頼が減ってしまったけど、今は寧ろ、前より増えているし、足元を見られるようなことは減ったわ!」

 

 そして少し早口になり、追加で私にそう語った。

 

「くふふ、アルちゃんすっごい嬉しそう~」

「い、良いじゃない!? ムツキもこの間マシな暮らしができるようになったね~って喜んでたでしょ!?」

「悪いとは言ってないじゃん。それともアルちゃん、嬉しくないの~?」

 

 そうとは言ってないでしょ、と言いながら、陸八魔アルは浅黄ムツキの頬を突いた。制裁のつもりなのだとしたら優しすぎると思うが。

 仕事の増減は恐らく、客層が変わったということだろう。今までは裏社会のことをまるで解っていない子どものお遊びと高を括り、足下を見て依頼していた者が多かったのだろう。そのような連中がカモとして成立しなくなった彼女たちを利用しなくなり仕事が減ったが、一方でそういった積み重ねが、彼女たちの実力を評価する向きに繋がり、新しい需要が生まれているのだろう。

 

 それは彼女たち、というより陸八魔アルの目的を考えると当然悪いことでは無いのだが、一方で性質の悪い事件や、より後ろ暗い者と関わる可能性もある。

 彼女たちが後戻りできない程の代物に手を付けてしまうことをそこまで心配している訳ではないが、それでも当分関わりを続けていく必要はあるだろう。

 

「まあ、生活に困っていないという事であれば何よりです。ところで……」

「何かしら?」

「カヨコさんとハルカさんは今日はいらっしゃらないのですね?」

 

 直接困っていることは無い、とは判断できた。そろそろ、彼女が呼び出した本題についての話をする頃だろう。私が尋ねると、陸八魔アルの顔も、真面目な物へと変わった。

 

「そうなのよ。ちょっと、留守番をお願いする必要があって」

「それがつまり、今日呼び出した本題に繋がるということですね?」

「……流石は黒服さんね。そう。実は、見つけたのよ。……アリウスの生徒を」

 

 そして陸八魔アルは声のトーンを少し落として、話し始めた。

 

「ちょっと前、とあるパーティーの警備を依頼された時の事なんだけど……そのパーティーのメインイベントがオークションだったの」

「まさか、そこで出品されていたという訳ではないですよね?」

 

 人身売買に関わったとなると、このキヴォトスにおいても流石に大きな問題だ。私自身も他人から人を購入するなどという行為までには手を付けてはいなかった。リスクが大きすぎたからだ。

 

「流石にそこまでじゃないけど。というかオークション自体は別に闇が深いって感じでも無かったわ。勿論出所が怪しい物が出品されていたりはしたけれど……」

 

 陸八魔アルが眉をひそめながらそう言った。

 

「ただ、その出品されてる商品を強奪しようとしていた奴がいて……襲撃があったのよ。まあ、良くあることだとは思うけど。まあヘルメット団とか、チンピラみたいなやつが多かったけど、その中に一人、明らかに場違いな子がいたのよ、すごいやせ細ってて、ガスマスクみたいなのをつけててね。それと、割と戦い慣れているように見えたわ」

 

 随分と、分かりやすい出で立ちをしている人物がいたものだ。

 

「まあ、襲撃自体は何ということも無く片付けたんだけど、終わったとき気にしてたその子がいなかったの。だから、アリウスとか関係なしに大慌てで探したんだけど……パーティー会場の様子を覗きながら呆然としているその子を見つけたわ」

「呆然としていたのですか?」

 つまり、何か予想外の光景が見えていた、ということだろうか。

 

「ええ。多分、煌びやかな会場で、お金持ち達が普通にオークションを楽しんでいる様子が、聞いていた話と違ったんでしょうね。あの子、それこそ人身売買の会場と勘違いしていたみたいだし」

 

 陸八魔アルがそこで、唇を噛み締めるようにした。感じた怒りを思い出しているようだ。

 

「だから、他の警備の人とかに見つからないよう慌ててその子を抱えて、人の気配が無い場所で話を聞いたの。そうしたら、すぐに分かったわ。雇い主……つまり、襲撃犯のボスに、騙されていたのよ。この会場は人身売買の会場で、あなたの大切な人もそこで取引される予定だ、と」

 

 それは、聞く者が聞けばすぐに嘘だと分かる内容だっただろう。だが、その人物にとってはそうではなかった。

「大切な人、ですか」

 

「そう。でも、私はそれよりも気になることがあって……その子、凄く軽かったの。装備を着込んでいるはずなのに、それの重さしか感じられない位軽かったのよ。それに目も虚ろだったし、とにかく、全く健康そうには見えなかった。騙されたショックもあったのだと思うけど、意識も朦朧としてきていたみたいで……」

 

「それで皆にも協力してもらって、どうにか見つからないように連れて帰ったわ。襲撃自体よりもそっちの方がよっぽど綱渡りだったわよ?」

「マジでやばかったよね~、あの時。というか見つかったら危うくこっちが誘拐犯なわけだし」

 

 陸八魔アルはそういって小さく笑った。それに合わせるように黙っていた浅黄ムツキも茶々を入れる。楽しくなった、というよりはそうして多少気分を紛らわせる必要があったのかのようだ。

 

「なるほど。やはりお二人がいないのは、その子の様子を見ているから、という事ですか」

 私がそう尋ねると、陸八魔アルは頷いた。

 

「ええ、その通りよ。今は多少落ち着いているけど、まだ安静にしていた方が良いと思う。それと少し話をきいたのだけれど……」

「ええ」

 

 

「あの子の探している人。『姫』だって言うのよ。先生、何か心当たりあるかしら」

 

 勿論、心当たりが無い訳が無かった。

 

 ―

 

 

「今日は会えて良かったわ、先生。あの子のことはこちらに任せてもらっても良いのかしら?」

「ええ、皆さんで相談して決めて下さい。ただ、『姫』つまり、アツコさんについては、すぐに会わせることは難しいので、それは申し訳ありません。何かあれば、連絡してください。優先的に対応しますので。それと……」

 

 陸八魔アルもその生徒のことが気になっているようなので、話は早めに切り上げ、解散することとなった。

 その生徒については、便利屋68の面々にはある程度心を開いているそうだが、やはり人間不信に陥っているようなので、対応については任せることにした。トリニティに保護されている他のアリウス生達と合流させるか、あるいは便利屋68と共に暮らすことを選ぶのかは本人たちとで決めてもらうことになった。

 陸八魔アルは、そして便利屋68共通の認識として、助けた以上は最後まで面倒を見るつもりらしい。その生徒が便利屋68に入りたいといれば喜んで受け入れるとも言っていた。

 

「ええ、写真の件でしょう? 許可を取れれば、送るわよ」

 

 一方で、疑念もあった。その生徒は姫、つまり秤アツコを探していると言っていたが、その理由が分からなかった。単に特別な存在である彼女を心配している、というだけであれば問題ないのだが、こと彼女のことに関しては、可能な限りリスクを避ける必要がある。

 

 そこで、その生徒の写真を送ってもらえるよう、陸八魔アルに依頼したのだ。それを秤アツコ本人確認してもらってから、こちらとして取れるアクションを考えることにしたのだ。

 

「分かりました、ありがとうございます。今後も、似たような境遇な方がいれば保護してあげていだければ助かります」

 

「それはもちろんよ! これからも便利屋68をよろしくね、黒服さん」

「じゃーね、先生! 今度はまたお土産持って訪問して来ても良いんだよ~?」

 

 陸八魔アルがそう言って手を振って、それから失礼な態度の浅黄ムツキを再度小突いたところを見て、私はシャーレへと戻った。

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