「な、何でだよアコちゃん? そもそもこの計画を言い出したのはそっちだろ」
状況が読めてないらしい銀鏡イオリに、天雨アコが溜息をつく
『相手が便利屋であればまだしも、アビドスの生徒との勝手な戦闘は許可していないでしょう。それに……アビドスの自治区まで誘導されたようです』
その通りだ。カイザーの買い占めが進んでいるとはいえアビドスすべての土地がそうなっているという訳ではない。誘導するまでは上手くいっていたが、そう簡単にはいかないということだろう。
「あーあ、風紀委員に自治区内でいきなりアビドス生を攻撃させて賠償金たっぷりもらっちゃおう作戦は失敗かぁ」
小鳥遊ホシノが相手に、というより銀鏡イオリに聞こえるようにそう零す。
「お前ら、ふざけた格好してそんな酷いこと考えてたのか!?」
「これ、ゲヘナの制服だけど」
砂狼シロコの的外れな指摘に煽られ再び激高しそうになったところを火宮チナツに抑えられる。
『シロコ先輩、他の皆さんも一旦落ち着いて、手筈通りにいきましょう。こんにちは、ゲヘナ風紀委員の皆さん。アビドス対策委員会の奥空アヤネです』
メインプランが惜しくも失敗となったことで奥空アヤネがこちらも通信で割り込んでくる。サブプランの開始だ。
『ああ、彼女たちならこちらの敷地内への無断侵入の疑いで既に拘束済みです。これから事情聴取等を行うのでそちらの捜査は不要です』
あらかじめ決めていた設定を奥空アヤネが先制で伝える。
「そんなの信じられるか! 服交換するほど仲良しじゃないか!」
「ん。これは交換じゃなくて、逃走を防止するために奪っただけ」
「お前めちゃくちゃヤバいこと言ってるの気づいてる!?」
前線では今の発言を受け、間の抜けた応酬が始まるが、主体である二人は冷静に会話を続ける。
『そうですか。あまり信じられませんが、彼女たちはゲヘナの学生であり、指名手配犯ですので今すぐ引き渡していただくことは出来ませんか?』
『それは出来ません。犯罪者の引き渡しは正式な手続きを踏まえ、日程などの調整を行ってからでないと許可できません』
『成程。そういうことであれば、少々強引な手段にでるしかないかもしれませんね』
一瞬、会話が途切れる。「強引な手段」というのが何なのかは明白であり、天雨アコは脅しとしてそれ利用しているのは明白だ。
最も、正面戦闘でこちらが負けるとはとても考えられないが。
『それはつまり、武力でもってこちらの自治に介入するという宣言であっていますか? 三大校の治安維持組織ともあろうものが、私たちのような弱小校に対しそれをすると』
『そういうことになりますね』
『たかが指名手配の確保のためだけに、そこまでしますか? 他に目的があるのではないでしょうか。例えば……シャーレの先生の身柄とか』
通信を聞いていたゲヘナ風紀委員の、特に私と唯一面識のある火宮チナツに動揺が走る。案の定、そういった話は実働部隊には聞かされていなかったようだ。
『そこまで気づかれていましたか……ああ、そういえばそちらにはカヨコさんがいるんでしたっけ。それならば納得です』
天雨アコが何かを納得しているが、もう十分に言質はとっただろう。私に割り振られた役割を務めることにしよう。
「ありがとうございます。アヤネさん。ご指名をいただきましたので、ここからは私が引継ぎましょう」
今まで廃墟の陰で姿を隠していた私の登場に、ゲヘナの生徒たちの間に再び緊張と動揺が走る。直接会ったことのある火宮チナツだけが、今度は律儀に頭を下げている。
「初めまして、ゲヘナ風紀委員の皆さん。所謂
『やはり、本当にそこにいらっしゃったのですね。初めまして、先生。やはり先生も引き渡しに反対の立場ですか?』
「私は賛成したり反対したりする立場にはありませんよ。皆さんの決定に従うだけです。ですが、少しお伝えしたいことがありまして」
『伝えたいこと?』
天雨アコの声に疑問が混じる。と、同時に今までになかった緊張も感じ取ることが出来た。イレギュラーな状況にはあまり強くないのかもしれない。
「ところで、確認ですが、今回ゲヘナの正式な治安維持部隊である風紀委員の皆さんが来られたということは、これはゲヘナの正式な行動ということですか?」
『……ええ、そう捉えてもらって構いません』
「……クックック。成程、それではあまりお伝えする意味はないかもしれませんね」
『何が言いたいんです……?』
苛立ちと警戒。以前、黒見セリカに指摘されたが、この笑い方は相手に不信感を与えるらしい。
「いえ、今朝がたですが、ゲヘナの自治区との境界線あたりに住む繊細な住民の方から、アビドスの生徒たちに通報があったのですよ。『見慣れない制服を着た武装集団がいる』と。確認してみると、ゲヘナの風紀委員の方たちだったという訳です」
『成程、待ち伏せされていたのはそういう事情からですか。それで?』
天雨アコの焦れた声が聞こえ続ける。
「それでですね、私のところにも連絡が来たのです。事実確認のために連絡しようと思ったのですが、生憎ゲヘナの風紀委員会への連絡先が分からない」
天雨アコが黙り込む。何を言い出すつもりなのか考えているのだろう。
「ですが、ゲヘナ学園にももちろん、渉外の窓口はありますからね。ゲヘナの生徒会、そこの会長へ連絡しました。『そちらの治安維持部隊が無許可で侵攻しているように見えるが、どういう事情ですか?』と。風紀委員の責任者の方に確認すると言っておられましたが、まだ折り返しは来ていないですね」
「…………はぁっ!!?」
これまで表面上冷静さを保っていた天雨アコが、初めて動揺を表に出した。
「パ、万魔殿に通報した!? ヒナ委員長に確認する!? そんな、私にはまだ何も連絡は来ていないですよ!?」
「クックック、どうされましたか? 先ほどそちらの正式な行動と仰っていたじゃないですか。まあ、まだ確認に時間がかかっているだけかもしれませんね」
「ヒナ委員長は別件で出かけているはず。だからまだ気づかれていない? いや、でも……」
天雨アコがぶつぶつと何かを言っている。
風紀委員たちにもかなりの動揺が広がっている。聞いてはいたが、万魔殿の議長と風紀委員会との確執は思ったよりも大きいようだ。
「そんなに気になるなら、
私の誘導に、堰を切ったように誰かに連絡する様子を見せる天雨アコ。鬼方カヨコの見立ては相当に正確なようだった。
『アコ? どうしたの?』
『ひ、ヒナ委員長。ちょっと確認なんですけど、万魔殿の議長から何か連絡があったりしましたか?』
『マコトから? ……いいえ。来ていないわ。それより……」
『え? きていない?』
『ええ。それより、アコ、今どこにいるの?』
『それはアビドスに……あっ』
『やっぱり、アビドスにいるのね。そこで待機していなさい。もうすぐ着くから』
シッテムの箱を通して聞こえていた通話がそこで終了する。
実のところ、万魔殿に連絡したという事実はない。もし本当に戦闘に突入すればすぐにそうするつもりであったが、あまり事を大きくしたくないアビドス生にとっても、
それは最後の手段にしておいたのだ。
ただ、こう言えば天雨アコは動揺して空崎ヒナに連絡する。そうすれば違和感に気付いた空崎ヒナが天雨アコの行動を牽制するだろうというのが鬼方カヨコの読みだった。
そして、威圧感のある私がそれを伝える役になったという訳だ。最も、空崎ヒナはすでに別口で天雨アコの行動に気付いていたようだったので、結果的には大きな違いは起らなかった可能性もあるが。
数分後、宣言通り個人の出す力としては理外の速度で空崎ヒナが現場に到着した。
ここまでが1スレ目の内容です。