「じゃあ、まずは、これまでのことについて話そっか? お互い、あの作戦を決行した日から何があったか、知らないでしょ? もしかしたら便利屋の人たちに聞いているかもしれないけど……」
再会の挨拶を終えた秤アツコは、そう言って陸八魔アルの方を見た。陸八魔アルは首を振る。
「私たちも先生に教えてもらった以上のことは知らないわ。リツカに話したのも、報道されている内容のことくらいよ」
報道されている内容。つまり古聖堂が破壊されたがそれに人は残っていなかったというニュースと、関わったと思われる人物をトリニティで保護している、というようなものだろう。
「ありがとう。……そう、私たちはあの日作戦を決行して、予定通り古聖堂を爆破した。でも、作戦がうまく行っていると思えたのはそこまでだったの」
秤アツコは、そのように、彼女の視点でのあの日のことを話し始めた。
「リツカも知っていると思うけど、私には、マダムに与えられた任務があって地下に残っていた。大きな爆発音が聞こえた後、皆が予定通り地上へと登って行って、残ったのは、私を含めた数人だけ。そんな時、通信が聞こえて来たの。『誰もいない』って。本来そこで行われているはずの調印式が行われていなかったの。後から聞いたんだけど、そこから離れた場所でやっていたんだって」
「……姫から直接聞いても、やっぱり意味が分かんない。どうしてそんなことに?」
「それは作戦を立てた本人に聞いてみよう。何でそんなことをしたの? 先生」
未来を知っていたので、そうしましたとは言えない。与太話にしかならないので言っても良いのだが、意味はないだろう。
「アリウスが襲撃してくることは複数の情報筋から分かり切っていましたからね。大規模破壊兵器を使用してくる可能性を考慮して、念を入れました。その上で、皆さんの意表を突く作戦になるような偽装工作を行ったわけですが」
「うーん……」
杠リツカは何を言っているんだというような顔でこちらを見た。あまり納得していないようだ
「まあ、殆ど奇行と思えるような先生の策に、私たちは完全にしてやられて、地上は大混乱になった。状況の確認をするために一度外に出ようかと考えたところで、地上との通信が途絶えたの。すぐに出入り口が破壊されちゃったんだって、気づいた」
FOX小隊の二人が混乱に乗じて侵入し、階段を爆破したところだろう。七度ユキノはその中に侵入していた。今考えてもかなり無謀な手段だ。
「その後、すぐにマエストロ……あの人の協力者、みたいな木人形みたいな人が現れて、一方的に色々言われた。正直意味はよくわかんなかったけど、私たちは失敗して、マエストロはそれに呆れて協力をやめるって感じのことを言われたんだと思う」
マエストロはあの時点で協力を辞めていた、ということか。となればヒエロニムスを嗾けて来たのは、本当に単純な興味でやったということか。彼の感性を知らない訳ではないが、実際に相手をすると傍迷惑なものだ。
「流石に完全に途方にくれちゃって。アリウスに帰るしかないのかな、って思ったところで、一緒にいた子達がいきなり倒れて。……ユキノちゃんが現れたの。ほら、そこでこっちを睨んでる子だよ」
「ひっ……」
別に七度ユキノは警戒を続けていただけで睨んでいたわけではないと思うが、杠リツカはユキノの様子に気付き悲鳴のような物を漏らした。先程錠前サオリが彼女を怖がらせるからと同行を許さなかったはずだったが、自分から怖がらせるような言動をしている。
「それで、立ってるのが私だけになったところで、何ていわれたと思う?」
「それは……逃げ場はないぞ、大人しく投降しろ! とか?」
「ああ、言いそうな雰囲気はあるよね、ふふっ」
先ほどは恐らく我慢したのだろうと思われる七度ユキノが顔を顰めた。しかし、口を挟むことは無かった。
「『私は貴女達を保護しに来た』だったかな。今しがた味方を二人気絶させられたところだし、そもそも私たちはユキノちゃんにとって、古聖堂を爆破したテロリストだったはずだったのに、そんなことを言われたの。普通、信じられると思うかな?」
杠リツカは大きく首を振った。存外、この人物も人目をあまり気にしていないところがあるように見える。
「だよね? でも、何でか、信じてみよう、って思ったんだよね。ユキノちゃん、めちゃくちゃ大真面目でさ、悪いようにはしないから、って。しかも、戻り道が分からないから私に案内してくれなんて言うんだよ? でも、そのちょっと融通が利かなそうなところとか、こっちを想って言ってくれてそうな所とかが、誰かを思い出したのかな。その時は、そういう理由は考えていなかったんだけど」
「……」
秤アツコが当時の感情を思うままに話しているところで、視線が七度ユキノに集まる。
大人しく話を聞いていた便利屋達の物もだ。彼女は非常に居心地が悪そうにしていた。
「だから、私は言われた通りにユキノちゃんを案内して、そしたら本当に先生や、トリニティの子達が地下通路に入ってきていて、合流したの。そのままの流れでトリニティと、シャーレに保護されて、今に至るっていう感じかな。スクワッドはシャーレに、他の皆はトリニティで保護されてる。リツカにもきっとわかると思うけど、私たちは、やっと、世界を知ったんだと、思った。勿論、今も憎悪やトラウマに苦しんでいる子もいるのは間違いないけど……」
「うん……。私も、聞いていた話と全然違うとは思ったよ。それを助けてくれた便利屋のみんなは、ゲヘナの生徒だっていうんだもん」
あらゆる意味で便利屋68をゲヘナの基準にするのはどうかと思うが、それに救われているというのであれば口を挟む理由は無い。
「じゃあ、今度はリツカの話を聞かせてくれる?」
「う、うん。こっちはこっちで、結構酷いことになってて。誰も戻ってこないし、マダムがすごく苛立っていたから、うまく行ってない、ってのはみんなすぐに気付いてた」
杠リツカから、アリウスの状況が語られ始める。調印式以降の状況については、貴重な情報だ。
「でも何があったのかっていうのは全然分からなくて、私も含めて、みんな不安そうにしてた。それに、水や食べ物も全然貰えなくなって……」
今までギリギリで回っていたところに、想定外の事態で崩壊した、というところか。あるいはベアトリーチェの何かの策かもしれないが。
「でも、それ以上に不安なことがあって……スバル先輩のことで……姫も知っているかもしれないけど、マイアちゃんが『いなくなって』から、凄い思い詰めてる感じがあったんだけど……」
「うん」
「作戦の日の後から、それがどんどん酷くなっていたみたいで、深夜に、誰かを探してるっていう噂もあって……それから、マダムに呼び出されて、話をしている回数が増えて……それで、この間、スバル先輩に呼び出されたの。他の子もそういうことがあったから、ああ、私の番が来たんだって思って。説明されたのは……」
「……私を探して、連れてくるようにってとこかな?」
言葉を止めた杠リツカに、秤アツコが自ら、推測した答えを語った。杠リツカは頷いて、それから意を決したように口を開いた。
「でも、違うの!! スバル先輩は、私にメモを残してくれてて……『無理はしないように。こっちはなんとかするから、逃げてしまった方が良い』って。他の子もきっとそう言って逃がしていて……多分、スバル先輩は、死ぬつもりなのかもって思って……だから、私、姫を探さなきゃって思ったの……そうしないと、スバル先輩が死んじゃうかもしれないって!!」
「うん、そっか」
感情を露わにする杠リツカと対照的に、秤アツコはずっと落ち着いて話を聞いていた。彼女は既に、何か覚悟を決めているような気がした。
「でも、もう、私、どうすればいいのか分かんない……今の姫を、マダムのところに連れて帰ることが正しいなんて、思えないよ……」
「うん、話してくれて、ありがとう。リツカ」
話し終えた杠リツカを、秤アツコが労った。そして、私の方を振り向きこういった。
「先生、私、お出かけしたくなったんだけど、どうすればいいかな?」
「……スクワッドの皆さんも呼んで、相談しましょうか」
すぐさま拒否したくなる衝動に駆られたが、私はそう答えた。