黒服がシャーレの先生になった世界線   作:黒服先生

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秤アツコの決意③

「駄目だアツコ。それは認められない」

錠前サオリが真剣な顔で、秤アツコを諭す。

 

 呼んできたスクワッドの3人は、事情を説明すると揃って納得できない、という表情をした。

中でも、先ほどは秤アツコに一方的に言いくるめられていた、錠前サオリは有無を言わせぬ表情で止めようとしていた。

 

 私の個人的な感覚としても、秤アツコを直接アリウスへと戻らせるのはあまりにリスクが大きいと考えていた。秤アツコが便利屋に保護された生徒――杠リツカに会いたい、と言ったところから不安に感じていたのはこのことだった。

 

 彼女は自分たちが生き残るために、ベアトリーチェから離反する強かさを持ち合わせていたが、それは決して、アリウスの他の生徒のことを見捨てても良い、などと思っている訳ではないことは分かっていた。

 立木マイアが生きていると知ったときには明らかに喜んでいたし、あの調査報告会の時の、地下通路で保護された生徒の話を聞いた時も同様だ。

 

「でも、このままだと、ベアトリーチェの元へたどり着くこともできない。私たちはいつまでも、シャーレの中で保護されてなきゃいけないでしょ? リツカが言っていた通り、スバル先輩も限界が近いと思う」

 秤アツコが言っていることも決して的外れなものではなかった。リスクに値するリターンがあるのかどうか、という話だ。

 

「そのために、アツコが危険に身を晒すのは許容できない、と言っているんだ。たとえそれが……」

「サッちゃん。それ以上言ったら怒るよ」

「…………」

 

 錠前サオリが一線を超える発言をしそうになったところを秤アツコが止めた。彼女は冷静に見え、それだけに厄介でもあった。錠前サオリは一応口を止めたが、一方で感情的になっているのは変わっていないようだ。一旦、話を止めた方が良いだろう。そう思った矢先、別の者が口を開いた。

 

「ちょっと落ち着きなさい。2人とも。リツカが怯えているじゃない」

 この言い争いに、殆ど巻き込まれただけである便利屋68の、社長である陸八魔アルが仲裁に入った。

 彼女の言う通り、杠リツカは顔を青ざめさせていた。自分の行動が言い争う発端となっていることもあり、精神的負担になっているのだろう。

 

「あ……ごめんなさい」

「ああ、すまなかったな……お前は?」

 錠前サオリは会議室に連れてくるなり、殆ど挨拶もせずに秤アツコとの言い争いになってしまっていた。来る途中で概要を説明していたのが逆効果になっていたのだろう。私の不徳でもある。

 

「先生から聞いていないかしら? 便利屋68の社長、陸八魔アルよ!」

「ああ……そういえば、そういう話だったな。自己紹介もせずにすまなかった。私は錠前サオリだ」

「サオリね。よろしく」

 

 陸八魔アルの、アウトロー集団のボスとは思えない朗らかな笑みが、空気を弛緩させた。

 そして空気を呼んだと思われる浅黄ムツキが続いて自己紹介を始め。他の者も口々にそれに続いた。

 

 最後に、「私も必要ですか?」と言いながら、渋々と言った様子で七度ユキノが自己紹介をする頃には、剣呑とした雰囲気は消えていた。私にはできない芸当だ。

 

「ふぅ。落ち着いたわね。聞いていて思ったのだけど、あなたたち二人だけで言い争っていても、解決しないのじゃないかしら。ここには先生もいるのだし、特殊部隊のリーダーもいる。それに、私たちも何か力になれるかもしれないでしょう? 大変な事態なのは分かるけれど、そういうときこそ、周りを活用するべきよ。」

 

落ち着いたところで、陸八魔アルが改めてそう言った。そして私の方をみて笑いかけた。彼女の人を惹きつける力には助けられることが多い。

 

「ありがとうございます。アルさん。そうですね、私も出来る限りの手を打つつもりはあります。さて、サオリさんとアツコさんの意見は十分わかりました。他の方はどうでしょうか。」

 言い争いの途中、居心地が悪そうにしていた戒野ミサキと槌永ヒヨリの方を見る。

 

「……そもそも、リツカが本当のことを言っているっていう保証はあるの?」

「ミサキさん!? そ、それは……」

 珍しく、戒野ミサキから意見が出て、その言いように槌永ヒヨリが驚いていた。

 

「重要なことでしょ。別に積極的にリツカのことを疑っている訳じゃないけど、罠ではないという根拠は欲しい。だって、私たちは実際に洗脳されていた。そうでしょ」

 戒野ミサキは淡々と、そう言った。洗脳教育の影響がスクワッドの中で最も色濃く出ていた、彼女はいつの間にか、その自分を客観視できるまでになっていたようだ。

 

 問われた杠リツカは戸惑っていた。彼女自身に、彼女が嘘をついていないと証明するのは難しいだろう。ただ、私はその点についてはあまり疑ってはいなかった。鬼方カヨコが教えてくれたこともある。

 

「リツカさんの言っていることがすべて正しいのか、というのは分かりませんが、意図的に罠に嵌めようとしているという可能性は低いと思いますね」

私がそう発言すると、杠リツカは私の方を見た。少々戸惑っている様子だ。

 

「罠に嵌めようと考えていた場合、リツカさんが便利屋68の皆さんに保護されてからの行動は理に適っている、とは言いづらいのです。全てこちらに選択権がある状態ですし、少なくともベアトリーチェからの任務があった、などという必要は無いわけです。ただ梯スバルさんを助けてほしい、というだけでも良かった」

 

勿論、そこまで考えていなかった、という可能性もあるわけではあるが。

 

「……まあ、それは、そうかもしれないけど」

 

 それに加えて、盗聴器がついていた、という事実はベアトリーチェが杠リツカを、そして彼女を送り出した梯スバルを信じていなかった、つまり、彼女の影響力が落ちている証拠と考えることもできる。少なくとも、秤アツコを除けば、他に盗聴器が仕掛けられているものは存在しなかったのだ。

 

 戒野ミサキは一応納得したのか、一旦引き下がったようだ。

 

「ヒヨリさんはどうですか?」

残るスクワッドメンバーである、槌永ヒヨリを改めて見る。

 

「わ、私ですか!? ……その、えへへ。意見、と言えるものではないですけど……姫……アツコちゃんがもし行くというのなら、私も行きますよ。罠でも、そうじゃなくても、終わりだったとしても、せめて、どこで誰と終わるか、くらいは、我儘を言いたいです。」

 

彼女は、お嫌でなければ、と付け加え、自信が無さそうにそう言った。

 

「ヒヨリ……ありがと」

「ああ……そうだな。もし、どうしても行かなくてはならないとしても、いくなら私たちで、だ」

 

思ってもみなかったが、槌永ヒヨリの意見により、錠前サオリがやや傾いているように見えた。このまま進むと、秤アツコの思惑通りに事が進むかもしれない。

 

「ところで……先生はどう思ってるのかな? やっぱり、反対?」

それを秤アツコも理解しているだろう。私が後押しすれば、その方向に進むと考えているはずだ。実際、私にはその位の発言力や、今までの実績があるだろう。その位はこちらも把握している。だからこそ

 

「はっきりと言いましょう。私は、アツコさんがアリウスへと行くのは反対です。リツカさんのことを信じていない訳ではありません。スバルさんも助ける必要もあるでしょう。そのために力を注ぐことに、何の躊躇いもありません」

 

 私にはやはり、『彼』のようになるのは難しいのだろうか。それとも、『彼』も同じ状況では拒否したのか。それが秤アツコの心からの希望であったとしても、そのために彼女にリスクを取らせることが正しいとは私には思えなかった。

 

「それでも、アツコさん自身が、絶対にアリウスへ行かなければならない、というほどの理由は無いのではないですか?」

 

故に、私は彼女に反対する最後の壁になることを決めた。私を論破できないのであれば、スクワッド無しで、作戦を進めるだけだ。

 

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