黒服がシャーレの先生になった世界線   作:黒服先生

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秤アツコの決意④

「リツカさんが現れたことで、アリウスへと続く道の手掛かりは得られました。リツカさんは勿論、今つながっている通路から来たはずです。 帰り道は分かりますか?」

 

 私の問いに、杠リツカは頷いた。秤アツコは一先ず口を挿むことなく、私の話を聞いてくれるようだ。

 

「う、うん……分かる、と思う。また道が変わっていなければ」

 

 道が変わっている、ということは考えなくても良いだろう。彼女に与えられた任務が秤アツコを連れ帰ることなのだから、それほど大きな変化を起こしてしまっては意味がない。

 

「では、その道を私に教えていただくことは可能ですか?」

 

 杠リツカは、改めての問いかけに対しては、即答しなかった。私と、秤アツコ、そして便利屋68の方を見て、暫く考えた後、もう一度頷いた。

 

「うん……もし、案内が必要なら私も一緒に行っても良い」

 

 求めていた回答とはややずれていたが、同意が取れた。杠リツカを連れていくつもりもなかったのだ。それを待ち、改めて秤アツコへと話を続ける。

 

「アツコさん。あなたがアリウスに戻る、というのはベアトリーチェの思惑に乗る、ということです。彼女が一体どういう準備をしているか分かりませんが、あなたさえ無事であれば、彼女の目標が達成されることは無いのです。直接助けたいという思いは否定しませんが、ここは我慢していただけないでしょうか」

 

 私の意見は論理的に、間違ってはいないはずだ。秤アツコはいわば、ベアトリーチェに取っての核だったのだ。決して手放すべきではないものを、彼女は手放した。

 だからこそ、彼女は隠れて行動し、感情で揺さぶるような策しか取れないのだ。

 

 私の問いかけを、秤アツコは十分に吟味して、それから回答した。

 

「先生のことを信用していない訳じゃないよ。寧ろ、とっても信用してる。任せてしまいたくなってしまうほどに。でも、あの人は、ベアトリーチェは自分の作戦が失敗したことを悟れば、また逃げようとすると思う。もしそれで逃げられてしまったら、今度こそ残ったスバル先輩や、アリウスの生徒は、助けられなくなる。かも、しれない。でしょ?」

 

 秤アツコはここまで、全く動じた様子を見せていない。適当に言っている訳でもない。恐らく、私の言っていることは十分に理解しているだろう。

 

「それは、アツコさんが直接向かっても同じではありませんか?」

 

 それゆえに、こんな誤魔化しは通用しないと分かっていながら、彼女にそう言う。

 

「ううん。それは違うよ。私さえいれば、多少の想定外があってもベアトリーチェは強引に進めると思う。だって、あの人にとっても、これはまたと無い機会になるから」

 

 当然、彼女はすぐに反論した。私も同程度の想定はできているわけで、当然のことだ。

 

 リスクを取らなければ、リターンを取ることは出来ない。秤アツコはそう言っている。そしてそれも間違ってはいない。そのことは勿論、私も理解している。

 論理的にどちらが間違っている、という訳ではない。つまり、どちらが妥協するかという話だ。

 

「そうだとしても、それはアツコさんが必ずしも取るべきリスクではありません。そもそもあなたたちを確保するために、調印式の場にあなた達を誘い出すという作戦を立て、多くの労力や生まなくてもいいはずの瓦礫の山を作る作戦を立てたのです。その労力が無に帰すかもしれない作戦を、

 認めろというのですか?」

 

 続いて、挑発的な言い方をする。「勝手にしろ」というような発言を引き出せでもすれば幸いだ。秤アツコは少し哀しそうな顔をしたが、挑発に乗ることは無かった。

 

「……そうだね。先生は私たちのために、誰も思いつけないような作戦を持って私たちの相手をしてくれた。ユキノちゃんからも聞いたけど、SRTの人たちを動かすにも大変だったって聞いたよ」

 

 秤アツコはそう返事をした。表情は明るくなかったし、こちらへ迷惑をかけているという思いがあるのも分かった。

 しかしそれを理解して尚、折れるつもりが無いのは、その表情から分かった。

 

「それを知っていてなお、アツコさん自身が行くべきだというのですか?」

「……うん。スバル先輩や、他の皆を確実に助けるためには、これ以上の方法は無いと思うから」

 

 先程の繰り返しだ。これを議論と言えるのだろうか。

 周囲の人間は誰も、言葉を発さなかった。私たちの話し合いで決まったことに従う、ということだろうか。

 

「先生は……」

 

 次の一言を考えている最中、秤アツコが先に口を開いた。

 

「調印式に襲撃が来ることを十分に理解していた。そしてもちろんトリニティやゲヘナにもそれを通すだけの時間があって、サッちゃんを圧倒したホシノさん? っていう人とか、SRTの人達みたいな、アリウスを正面から叩き潰せるだけの戦力を十分に持っていた」

 

 秤アツコの言葉は事実の再確認のようだった。FOX小隊に関してだけは運用可能になったのがギリギリのことなので、そうではなかったが、実際、戦力的な余裕という意味ではその通りだ。

 

「でも、さっき先生も言っていた通り、その簡単な策を取らずに、労力とリスクをかけて、私たちを『保護』してくれた。そうでしょ?」

「ええ、ですから……」

 

 秤アツコが何を言おうとしているのか、私は理解できていなかった。殆ど私が先ほど言ったことの繰り返しだったからだ。

 

「その時は、先生はかなりのリスクを取っていたんじゃない? ミサイルの発射タイミングや爆発規模が想定外だったり、ベアトリーチェがもう少し情報収集がうまかったり。ユスティナ聖徒会の複製を成功されたり、とか、それは、取る必要のないリスクじゃなかったのかな」

 

「それは…………その通りですね」

 

 リスクは取ったとしても、それが最も良い作戦だと判断し、実行したのだ。

 

「しかし、それは皆納得してもらったうえでやったことです」

 

 違う。これでは秤アツコを納得させることはできない。

 

「今回は、あの時とは状況が違います。アツコさんに危機が及ぶようなリスクを取らずとも問題は無いのですから……」

 

 そうだろうか。今の今まで自分でもそう信じていたが、彼女を作戦に含めた方が、全体の成功率が上がる、というのは事実だ。最悪の想定をした場合に限り、リスクが高くなる、というだけである。そして確かに私は、そのような全体の成功率が上がる作戦を調印式の時は取っていた。

 

 違いは何なのか、それは明白だった。

 私をじっと見つめる、秤アツコの目を見た。心が見透かされている気がした。

 

「先生はさ、私たちを確保してから、ずっと、一貫して私たちを責めることは無かったよね」

「それは……当然のことでしょう。あなたたちは洗脳教育の被害者であり、保護すべき対象なのですから」

 

 私がつい正直にしてしまった返事に、彼女は微笑んだ。

 

「うん、ありがとう。正直ね、とても嬉しかったよ。姫とは言われていたけど、それでよかったことなんて全然無かったもん。私のただみんなといたい、っていう願いをかなえてくれるだけじゃなくて、直接私を気にかけてくれていることも分かったし……」

 

 秤アツコは、自分の髪に手を伸ばす。そしてつけられていた髪留めを取った。

 

「この髪留めをくれたときも、私を守りたい、という以外に深い意味は無いとは解っていても、舞い上がりたくなるほど嬉しかった。でもね……」

 

 秤アツコは私を見据えたまま、続ける。

 

「だからこそ、私たちがただの被害者で、だからリスクを取らせたくない、っていう気持ちは、嬉しいけれど、本当に嬉しいけど、それでも、それが正しいとは思えないの。マイアと電話でお話して、リツカの話を聞いて、私たちは、私は多くの過ちを犯していた、と思い知らされたの。知りもしない多くの人が、たくさんの犠牲が出るかもしれない作戦に載る必要なんて無かった」

 

 それは結果論に過ぎない。彼女たちはそれが正しいことだと思いこまされていた。秤アツコもまた、それに従わなければ生きられなかっただろう。

 

「ベアトリーチェの犠牲になってしまった子達はたくさんいたのに。もっと早く反抗するべきだった。外に救助を求めるべきだった。少なくとも私は、洗脳の影響を受けていなかったのだから」

 

 それもまた、感じる必要のない責任感だ。そのような簡単な話であれば彼女はすでにそれをやっていただろう。

 

 つまるところ。彼女の発言の根本は感情論だ。だが、そういって切り捨てることが出来なかった。彼女から眼を逸らすことが出来ない。

 

「お願いします。先生。もしも1%でもスバル先輩や、皆を助けられる確率が上がるなら、私にもリスクをとらせてください。先生は優しいから、そんなことさせたくないって、やっぱりそう思うかもしれないけど、お願いします。私と一緒に、私にも一緒に、戦わせてください。これは、私の我儘です」

 

 彼女はそう言って、深く頭を下げた。論破には程遠い。今でも私の理性は彼女抜きで作戦をすべきだと訴えていた。

 

「……今すぐ出発とは行きません。二日間待ってください。十全な策を持って、ベアトリーチェに対峙しましょう。……アツコさん、あなたが失敗したら私たち全員が死ぬ、という覚悟で、臨めますか?」

 

 しかし、私の口からは、そのような言葉が出ていた。言ってしまった以上、取り消すことはできない。

 それが正しいことなのかは分からなかった。それでも

 

「ありがとう、先生。絶対、成功させよう」

 

 そう言って笑顔を見せた秤アツコの姿を見て、私は大きなため息をついた。必ず成功させる。

 根拠のない絶対論が脳裏に浮かんだ。

 

 

 ──

 

 

「お疲れ様、黒服さん。見ていてすっごくハラハラしたわよ?」

 話し合いが、終わり、陸八魔アルが声を掛けてきた。

 

「申し訳ありません。妙なところをお見せしました」

 そもそも杠リツカと秤アツコを会わせる、というだけの話だったが彼女たち便利屋をその話に巻き込んでしまった。

 

「いいえ、本気の黒服さんの姿を見れてよかったわよ。それで、私たちはどうすればいい?」

 陸八魔アルは、当然自分にも役割があるのだと信じて疑っていないようだった。

 勿論、秤アツコが行かないという結論になったとしても、行くことになった今も、彼女たちの協力は仰ぐつもりだった。

 

「まずは二日間の間、リツカさんと一緒にアリウスへの通路の監視をしてもらっても良いですか? それ以外については、何かあればこちらから連絡します」

「了解」

 

 陸八魔アルは満足そうにうなずいた。

 

「ところで、アルさん」

「何かしら」

「リツカさんは今後どうするつもりなのか、お話しましたか?」

 私の質問に、彼女は少し困った様子になった。

 

「ここに来る前に、話はしたわよ。私たちに恩返しができるまでは一緒にいたい、って言っていたわ。そんなこと、気にする必要は無いのに……」

 

 鬼方カヨコと錠前サオリが何か話している様子を恐々としている、陸八魔アルと共に見る。

 彼女はそれに気づき、こちらに近づいてきた。

 

「社長っ! 何か用?」

 期待交じりの目で陸八魔アルに話しかけるその姿には、流石の私も彼女の本心が理解できた。

 

 ──

 

 まだ話をしている生徒たちを置いて、一人で事務所へ戻る。二日後と言ってしまったのだ。必要のあるあらゆる場所へと連絡しなければならなかった。

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