「おはよう先生、待っていたわよ」
早朝、トリニティ中心部からやや外れた、一見普通の廃屋に見える建物。そこが杠リツカが使用した通路に繋がっている地下室があった。
建物の周囲で監視していた陸八魔アルに話しかける。基本的に二人ずつ交代で監視していたようだ。突入予定の生徒達には待機してもらっている。
「おはようございます。協力ありがとうございます。監視している間に何かありましたか?」
「何も。ここを通り抜けた人がいない、どころか物音一つしなかったわ」
陸八魔アルはそう答えた。物音がしない、ということであれば内部構造が変わっている可能性も少ないだろう。通路の構造が変化する、というのは物理現象だ。機構が不明であっても、音もなくそれを実現できる可能性は極めて低いだろう。
「そうですか、それはとても良いニュースです。ところで、リツカさんは……」
「さっきまで休ませていたわ。さっき連絡したときに起きたみたいだったから、すぐ来ると思うわよ」
「承知しました」
彼女の言う通り、こちらに向かってきている杠リツカの姿が見え始めた。
「先生……」
杠リツカが到着する前に、陸八魔アルが真剣な顔でこちらを見た。
「リツカを……
「ええ、勿論です」
どうやら、そういうことになったようだ。
杠リツカと合流し、待機していた生徒たちと共に、通路へと侵入する。アリウスが存在すると推定される場所までの距離は、古聖堂からよりも長い。狭く、暗い道を懐中電灯を頼りに進んでいくことになる。
加えて、現在の通路の状況を知っているのは杠リツカのみだ。複数に分かれていく計画だが、実際に分かれての行動を行うのはアリウスにかなり近づいてから、ということになる。
第一目標は、梯スバルを始めとした、アリウスに残されたと思われる生徒達の救出。
それを確実の物とするために、杠リツカとスクワッドのメンバーは、先にアリウスへと入る。
そして、秤アツコが戻る以上、それだけで終わることは決してない。何かしらの方法でベアトリーチェは秤アツコを確保しようとするはずだ。
それを打破するのが、残りのメンバーの内、殆どの人員の役割だ。スクワッドの進入から一定時間後、または緊急連絡があった場合に突入を開始する。
──
古聖堂の地下や、我々が前回利用した道よりも、通路の状況は悪かった。通常時の使用を想定していないのだろう。道というより穴、と言った方が良いかもしれない。杠リツカを先頭に、私が最も最後尾になり、進んでいく。
「ミサキ、大丈夫?」
暫く、生徒達は言葉少なに進んでいたが、白洲アズサの気遣うような声が聞こえた。
進行が止まる。
「……大丈夫って、何が」
そう答える戒野ミサキの声は震えていた。そういえば、以前、白洲アズサが言っていた。閉所恐怖症で暗所恐怖症なのだったか。
「本当に無理してない?」
白洲アズサは具体的なことは言わず、そう繰り返した。
「……私の事なんか気にして、止まってる場合じゃないでしょ。それに
怖い、ということを隠すのは諦めたようだが、それでも彼女は気丈に振舞っていた。
「照明を少し増やしましょうか」
懐中電灯の類はSRTの在庫からある程度余裕を持って用意してきている。
「だ、だから、そんなに気を遣わなくて良いって」
「ミサキさんのためだけ、という訳ではありません。思ったよりも悪路だったので、もう少し明るい方が良いかと。多少増やしても問題は無いですよね、ユキノさん?」
「……そうですね。余裕はありますので、安全な進行の為に増やすのも悪くないでしょう」
「と、いうことです」
持ってきていた中でも照度の高めの器具を取り出し、スイッチを入れながら言う。その一本で、視界はかなりマシになった。
「……うん」
戒野ミサキのその小さな声を聴き、先頭の杠リツカは再び進み始めた。
「ミサキ、転んだりしたら危ないから、
再び白洲アズサの声が聞こえる。
「……子ども扱いしないで」
「そんなことしてない。嫌だったらいいけど」
「……嫌とは言ってない」
そのような会話が聞こえる。他に話している者がいないため、恐らく全員が聞こえているだろう。いつの間にか少し下がり隣に来ていた聖園ミカが私に親指を立て、何か言いたげな顔でにやにやと笑っているのが見えた。
──
明るさがマシになったこともあり、その後は順調に進む。そして、先頭を歩いていた杠リツカの声がした。
「ここ、穴を降りるから、気を付けて」
彼女はそう言って穴の中へと落ちていった。身軽なものだが、大丈夫だろうか。
そう思っていたが実際に近づくと、比較的新しそうな梯子があり、気を付けてさえいれば十分に出入りが出来そうな場所になっていた。
最後に穴を降りていくと、今までの道とは明らかに異なる、何かの通路に繋がっていた。
「ここの上の部分に穴なんて開いてたんだね。やっと、知ってるところに繋がった感じ」
秤アツコがそう述べているところを聞くに、既にアリウスへとかなり近づいていて、通路の天井部分に別の出口、つまり私たちが入ってきた場所に繋がる穴が開いていたようだ。
「サクラコちゃん、どうしたの?」
聖園ミカが、歌住サクラコに話しかけるのが聞こえた。そちらを向くと、今は塞がれている通路、方向からするとトリニティに繋がっている方向、の壁にいくつかの横穴があり、歌住サクラコはそれを気にしているようだった。
「いえ……似ているな、と思いまして」
彼女は聖園ミカに返事をした。
「似ているって、何に?」
「ミカさんもご覧になったと思います。カタコンベの……地下通路という意味でなく、
「あ……」
聖園ミカも言われて、それに気づいたようで、口を抑える。歌住サクラコは祈るような仕草をした。秤アツコの方を見ると、彼女は首を振った。
「知らなかった。この辺りも、お墓だったのかもね。でも、トリニティの側がお墓だったとしたら、アリウス側がそうだったとしてもおかしくない」
秤アツコは、歌住サクラコに近づいていく。そして、
「ありがとう、シスターさん」
と、感謝の言葉を伝えた。
──
「行こう。もうすぐ着く」
歌住サクラコの祈りを待ち、先に進む。杠リツカの言う通り、それからほどなくして、アリウスの、地上へとつながる場所にたどり着いた。
いよいよ、アリウスでの作戦が始まることになる。時刻もほぼ想定通りだ。今のところ、特に妨害らしい妨害もなく進んでいる。
「では、先生。私たちは先に行く。アツコのことは任せてくれ。それと、アズサ、先生たちの案内は任せたぞ」
「うん、大丈夫。サオリも無理しないで」
錠前サオリが私と白洲アズサに声を掛ける。ここから先、彼女たちは最も危険な役割を担うことになる。
彼女たちを引き留める。渡すものがあった。
「少し待ってください、皆さん。これをお渡しします」
用意していた物を取り出す。通路に入る前に渡したかったのだが、タイミングを逸してしまっていたのだ。
「これは……髪留め? アツコが先生に貰っていたものに似ているな」
「あ、でもアリウスのマークがついてるね。オシャレだ」
クラフトチェンバーを用いて複製に成功したものだ。誰に渡したものか分かりやすくするために、デザインとして校章を利用した。
「ええ、以前のは試作品でしたが、今回のは一応完成品です。着用者の身を守る特殊な機構が備わっています。髪留めになっていますが、服などに着けているだけでも効力を発揮するのは確認済みです」
そう言って、一人ずつ手渡していく。
「わざわざこんなものまで用意してくれていたとは……感謝する」
錠前サオリは生真面目に受け取った
「…………ありがと」
戒野ミサキは暫く髪留めを睨みつけているかのようだったが、小さくお礼を言った。
「えへへ……こういうものを貰うのは初めてで、ドキドキしちゃいますね」
槌永ヒヨリはそう言ったが、素直に受け取った。
「私、もう一個貰ってるけど、良いの?」
秤アツコが尋ねるが、私が頷くと、素直に受け取った。本来であれば彼女には2つどころでは足りない位であったが、そこまでの余裕は無かった。
「え、えと。私のもあるの?」
そして、杠リツカが最も戸惑っていた。
「アルさんから、リツカさんのことをよろしく言われていますので」
そう答えると、彼女は笑顔で受け取った。
アリウスへと入っていく5人を見送る。彼女たちが見えなくなったところで、背中を突かれた。
振り向くと、聖園ミカが期待の眼差しを向けていた。
「ねえ、さっきのだけど、もしかしてさ……」
さっきの、というのは当然髪留めのことだろう。素材は何とか足りる程度だったが、用意することはできていた。
「……ええ、皆さんの物も用意していますよ。ここにいる方の分までしか用意できていませんが……」
各自の校章がつけられたアイテムを取り出す。聖園ミカが笑顔になる。他の生徒達も、喜んでくれて入るようだった。
それから暫く。事前に決めていた時間が経過するのを待ち、私たちもアリウスの地へと足を踏み入れた。
決着の時は、もうすぐそこまで近づいていた。
今更ですが杠リツカは別に誰かの変装とかではなくオリジナルキャラクターです
立ち位置的に名前を呼ばないと不自然な存在なので名前を付けました