アリウスには人の気配が殆どなかった。大半の生徒は既に保護されており、彼女たちからの情報によると残っている生徒は十数名程度、とのことだ。
ところどころに、ミサイルなどの兵器が配備されているが、彼女たちはそれらの運用も難しい状況にあるはずだ。
先に行ったスクワッドのメンバーと杠リツカの姿も見えない。緊急時や、保護対象の生徒の発見時は専用無線による通報が入る手はずになっており、迂闊にベアトリーチェと接触したり、戦闘を行う事も避けるように言っている。今のところ、緊急事態も起こっていない、ということだろう。
現在はアリウスの案内をするため白洲アズサが先頭に立っており、それに並ぶように小鳥遊ホシノがいた。彼女は今回の作戦において、後発部隊の防御の要となっている。
続いて、聖園ミカと七度ユキノ。さらにその後ろに私がおり、歌住サクラコは今回私の護衛という役回りを担ってくれていた。
そして、霞沢ミユは1人身を隠し、狙撃場所の確保と高い位置からの情報のために後方で独自に動いていた。
また、狐坂ワカモに関してはスクワッドが出発した直後に行動を開始しており、単独で動いている。
「もう少し懐かしくなるかと思ったけど」
前を歩いていた白洲アズサが、独り言のように呟いた。
「うん。私がいったときとも雰囲気が少し変わった気がする。何というか、少し暗くなった? 前も暗かったんだけど」
聖園ミカも、それに返事をするように言葉を発した。まだ昼前であったが、この場所は冬の夕方のように薄暗かった。空は曇ってはいたがそれだけで説明できるような暗さではないように感じられた。
元々は人が住んでいたのだと思われる、廃墟の立ち並ぶ町を歩いていく。
『こちらRABBIT4。 先生。誰かが皆さんのことを見ています。先生からみて3つ先の建物の上かに、誰かがいますっ』
突然、霞沢ミユから少し焦ったような通信が入った。
そしてその直後、歌住サクラコに身体を引っ張られ、建物の隙間に連れ込まれる。直後に爆発音が聞こえた。
それとほぼ同時に、いくつかの銃声が鳴り響き、最後にショットガンと思われる射撃音が幾つかした後、再び静かになった。
「急に引っ張ってすみません先生。急に人の気配がしたので咄嗟に動いてしまいました」
険しい表情をした歌住サクラコに謝られる。戦闘システムは起動していたのだが、私が敵性反応に気づく前に霞沢ミユと小鳥遊ホシノ、そして歌住サクラコの、少なくとも3人は動いていたことになる。
『こちらRABBIT4。先生、無事ですか? 先ほどの人物が銃を取り出したので狙撃しました。現在は沈黙しています。』
霞沢ミユから追加の通信が入る。彼女がそういう、ということは狙撃の心配はなくなったということだろう。
「ありがとうございます。こちらでも戦闘がありましたが、私は無事です」
『了解。引き続き警戒します』
霞沢ミユはそう言って通信を切った。急な状況であっても、狙撃手としての仕事は完璧にこなしてくれたようだ。
「せ、先生大丈夫!?」
今度は聖園ミカが慌てた声を出しながら顔を出した。戦闘は終わったようだ。
「ええ……サクラコさんが直に対応してくれたので、問題ありません。何が起きたかは分かっていませんが……」
「うん、いきなり手榴弾みたいなのが飛んできて、ホシノちゃんが弾いたんだけど……あ、ちょっと待ってて」
聖園ミカがそう言って再び視界から離れた。暫く待っていると、次に顔を出したのは七度ユキノだった。
「先生、周囲の安全は確保できました。アリウスの残りの生徒が襲撃してきたようです」
彼女の報告を受け、元の道へと戻る。その生徒たちが身を隠していたと思われる建物では、先頭の二人が襲撃してきた生徒たちを拘束しているようだ。
「ふぅ、びっくりした~」
「本当? 私、横で見てただけで殆どホシノが倒しちゃったけど……」
「二人とも、怪我はありませんか?」
中に入ると、口調は殆どいつも通りの小鳥遊ホシノと、それを見て呆れと尊敬が混ざったような反応をしている白洲アズサが話していた。見たところ無事のようだが、念のため確認する。
「あ、先生。ちょっとだけびっくりしたけど、大丈夫だったよ。この間警備した時戦った子達よりも動きが良くなかったしね」
小鳥遊ホシノが返事をする。
「うん、この子達。…その、戦いが得意とはあんまり言えない子達だったから」
白洲アズサは気絶している生徒のガスマスクを外しながら、そう言った。
恐らく彼女にしてはかなり言葉を選んだのだろう、ということが伺えた。
「そうですか。皆さんにも通信は聞こえていたと思いますが、向こうの建物の屋上にも一人いるようですので、ホシノさん、戦いが終わったところ申し訳ありませんが保護に行ってもらっても良いですか?」
「了解。みんなはここで待っていて」
小鳥遊ホシノは頷くとすぐに、脚力のみで建物の屋上へと跳び乗り、確保へ向かった。今日はいつもの装備に加え大型の盾を持っているにもかかわらず、キヴォトスの生徒の平均を
「わーお。ロケットみたいだね、ホシノちゃん」
聖園ミカは、小鳥遊ホシノの戦闘能力を初めて知ったらしく、驚いた様子だった。
「ミカも人のことは言えないだろう。先生から記録映像を見せてもらったが……同じ人間とは思えなかった」
七度ユキノが呆れたように指摘し、彼女のことをよく知っている白洲アズサも頷いていた。
この二人も、個人的には似たようなレベルで平均値を大きく超えてはいるのだが。
「それで、先生。この方たちは如何されますか? ここに放置しておくわけには……」
外を警戒していた歌住サクラコが、最後に屋内に入ってきてそう言った。その通りではある。少なくとも私たちを襲撃してきた目的なりを知る必要はあるだろう。彼女たちは恐らくスクワッドのことは放置して、後に続く私たちだけを攻撃してきた。
ということであれば、秤アツコの身柄を確保することが目的ではないはずだ。
「ただいまー、丁度目が覚めて逃げようとしてたところだったから起きたまま捕まえて来たよー」
「んー!? んーー!?」
そこで、こちらを狙撃しようとしていた生徒を拘束し、抱えて持ってきた小鳥遊ホシノが戻ってきた。その言い方は、状況に対してかなり牧歌的である。まるで昆虫でも捕まえて来たかのような言いようだ。
一方、拘束されている生徒は何かをわめいていたが、マスクが邪魔でうまく喋れていないようだった。
「あ、ごめんね、苦しかった?」
そう言って小鳥遊ホシノは床にその生徒を降ろし、ガスマスクを外させた。杠リツカ同様に、その生徒もかなり小柄だ。
「ふう、ふう。……ひっ!?」
荒い息をついていたその生徒は、気絶している仲間の姿を見て悲鳴を上げた。死んでいると思ったのかもしれない。
「ああ、大丈夫だよ。みんな気を失ってるだけだから。はい、後は先生よろしく~」
小鳥遊ホシノはそう言って、その生徒の視線をこちらに向けさせた。口調こそ普段とあまり変わらないが、小鳥遊ホシノも普段と比べてあまり余裕はないようで、その視線はきっと怜悧なものに感じられただろう。
「……初めまして。聞いた事があるでしょうか。私はシャーレの先生をやっている者です。ホシノさんの言った通り、皆さん一時的に気を失っていますが、深い傷を負わせてはいません。ただ、お話を聞かせていただければ、と思いまして……」
話を振られた私が話しかける。一言話すたびに、その生徒の震えはどんどん大きくなっているようだった。
「あはは、先生怖がられてる!」
聖園ミカが茶々を入れて来た。そんなことは当然、理解している。
「初対面だと先生、ちょっと怖いかもだからねー、ほら、こういうのは適任がいるでしょう。サクラコちゃんっ」
「わ、私ですか!?」
「えっ……ぴぃっ!?」
突然話を振られた歌住サクラコが叫び、そちらを見た生徒が悲鳴を上げた。話には聞いていたが彼女が誰かに実際に怖がられているところを見たのは初めてだった。
「というのは冗談で……アズサちゃん。お話を聞いてあげられるかな」
「うん。……久しぶり」
「あ……アズサちゃん。う、うん、ひ、久しぶり……だね」
「ここにいるみんなは、あなたたちの、私たちの敵じゃない。だから、安心して」
白洲アズサは、このアリウスでどのような扱いを受けていたのだろうか。彼女は今、同じアリウス生として、話をしていた。
「……そ、そんなこと言われても」
「うん。まあ、信じてもらえないかもしれないけど、本当だから。それより、スクワッドの皆は通った?」
「……うん。でも、スクワッドには手を出すなって言われてて……」
そして、同郷の好から油断したのか、その生徒はすぐに情報を口に出していた。
「そうなんだ。ちなみに、スクワッドの皆はどう見えた?」
「…………皆、最後に見た時よりずっと元気そうだった。スクワッドの皆もリツカちゃんも。……けほっ、けほっ」
その生徒がそう答えた直後、苦しそうな咳をし始めた。体調もあまり良くないようだ。
あまり時間を掛けたくは無いが、仕方ない。用意していた水を白洲アズサ経由で渡す。
「ゆっくり飲んで、それから話をしよう。スクワッドも、それからここの皆も、あなたたちや、スバル先輩を救出するためにここに来たの」
私の意図を正確に汲み取った白洲アズサは、新鮮な水を渡しながら、そう言った。