「確認だけど……私たちを襲ってきたのは、マダムからの命令ってことでいい?」
「う、うん。そう聞いてる」
「聞いてる? 誰に聞いたの? ……スバルから?」
「……うん」
水を飲み、少し落ち着いた生徒に対し、白洲アズサの静かな聞き取りが続いた。
「スバルや、ほかのみんなはどこにいるの?」
「……
その答えを聞いて、白洲アズサは複雑な表情になった。話を聞く限り、今のアリウスにまともな医療機関が存在しているとは思えなかった。
「アリウスに病院があるのですか?」
白洲アズサに尋ねると、彼女は答えに悩んだが、
「うん……といっても、医者がいたことはない。多分昔はいたのかもしれないけど。ベッドと、包帯とか、比較的きれいなタオルとかが置いてあるだけで。一応、具合の悪い子とかはできるだけそこにいられるようにしてた」
と、そう答えた。恐らく、元は医務室として機能していたということだろう。そして、そこに残りの生徒達がいる、と。
「全員そこにいるの? それは、みんながそんなに良くない状態ということ?」
「あ、ごめん、そういうことじゃない。具合が悪い子もいるけど、動けないほどの子はあんまりいない。でも、残りのみんなで集まって過ごそうって……みんな、殆どいなくなっちゃったし、マダムもスバル先輩以外とは殆ど会わなくなっちゃったから……」
動けない程体調が悪い人物が多くはなくとも、存在する、ということだろう。
それとは別に、比較的過ごしやすいことが想定される病室周辺に、人数が減ったことで集まれるようになった、と。
「そう。じゃあ、最近、何か変わったことはある?」
「……うーん。やっぱり、配給が無くなったからご飯や水の確保がしんどくなった。人は減ったのに、ひもじさは増すんだもん、やってられないよね」
恐怖支配が基本、とはいえ、一応は管理者であったベアトリーチェが管理を放棄したことで、食料などが手に入らなくなったのだろう。
そもそも、現在のアリウスの生徒たちはベアトリーチェの私兵として教育されており、自給自足のための農業含めまともな産業があったとは思えない。つまるところ、
「それと、うーん、これは変わったこと、なのかな……今みたいに、その、アズサちゃんじゃないけど、こんな感じでマダムやアリウスのことに不満とか、疑問とかを口にする子が増えた。スバル先輩は何も言わないけど、でも、やっぱり、おかしいとは思ってる気がする」
恐怖支配について詳しいわけではないが、ベアトリーチェが以前、支配体制について、自慢気に話していたような気がする。
あまり興味がなかったので聞き流していたが支配者の絶対性、相互の監視体制、そもそも疑問を抱かせないこと。などだっただろうか。彼女独自の理論なのか参考文献があるのかも不明だが、そのようなことを言っていた。
現状を考えると、彼女が失敗を機に引きこもり始めたことで、絶対性と監視体制を損なってしまったのだろう。
「そっか……答えてくれてありがとう。先生、他に何か聞いておくこと、ある?」
白洲アズサがこちらを振り返る。大凡の状況は理解できた。ベアトリーチェの状況も気になるが、先にアリウスの生徒を保護するのに越したことはない。
「梯スバルさんから、命令を実行する以外に何か言われたり、指示されたことはありますか?」
私が尋ねると、その生徒は驚いた様子だった。
「な、なんで知ってるんですか?」
「リツカさんから、話をきいていましたので」
私の答えに、彼女は納得した用に頷く。
「……逃げても良いって……あなたたちはまだ逃げられるからって、言われました」
「なるほど、ありがとうございます。ちなみに、スバルさんも医務室に?」
「うーん……多分。それか、バシリカの方にいるのかも。マダムに呼び出されていたら……」
先ほど、ベアトリーチェは最近姿を見せない。と言っていた。支配が緩んでいるという自覚がない訳もない。反抗されるのを恐れているのだろう。
そうなると、梯スバルはベアトリーチェから、反逆する恐れのない存在だと思われている、ということになるだろうか。
しかし、実際には彼女はベアトリーチェの命令に反し、アリウスの生徒を外に逃がしている。
「アズサさん。スクワッドの皆さんはバシリカの方へと向かっているのでしたね?」
「うん。そのはず」
「では、私たちは病院の方へ向かいましょう。そちらに皆さんがいれば、先に保護して、スクワッドと合流します」
行動方針を決定した。待機している生徒、そして霞沢ミユにも移動を開始することを伝える。
「あなた方の行動に関しては、あなた方に任せます。残りの皆さんもそろそろ目が覚めるでしょう
」
そして襲撃してきた生徒にそう伝えると、白洲アズサが気絶している生徒たちの拘束を解除し始めた。
「え? どういうこと?」
私の行動や拘束を解除する意味が分からないのだろう。そう問われる。
「まあ、結果的に応戦しましたが、それは攻撃を受けたためなので、本来は拘束することが目的ではありませんからね。ただ、私たちを追いかけて再度攻撃する、というのは……するなとは言いませんが、やめておいた方が良いと思いますよ。とくに突然狙撃されたあなたなら分かると思いますが……」
「しない! それだけは絶対しないしさせないから!」
脅したつもりは無いのだが、青ざめて大げさに首を振る。まあ、後ろからの奇襲など無いに越したことはないので、それでいいだろう。
「では、一先ず水と食料をお渡しします。ここで待機していても良いですし、アリウスの外へとつながる通路を利用できるのであれば、その外にはトリニティの救護騎士団が待機しているはずです。保護されたアリウスの生徒も何人か手伝いをしているはずなので、もしかしたら知り合いに再会できるかもしれません。例えば……そうですね、立木マイアという生徒は手伝いに来ているでしょう」
「え、マイアちゃんがっ!? マイアちゃん、生きてるの!?」
意図的に立木マイアの名前を出した途端、大きな反応を示した。やはり、この名前は大きな意味を持つようだ。この点において、聖園ミカには感謝しきりだ。彼女の方を見てみると、特に大きなリアクションを取ることは無く、ただ少し嬉しそうにしているだけだった。
「ええ。お知合いですか? まあ、どうするにせよ……そのあたりは体力と相談してください。途中で倒れてしまってはお互いに困りますから」
結局のところ、この提案はある程度こちらで行動を管理するための物でもある。これ以上ここにとどまっている訳にもいかず、であればここにいるかトリニティに向かってくれれば後から見つけやすい。
「わ、分かりました、みんなが起きたら話し合ってみます」
提案の甲斐はあり、彼女は最終的にそう言った。とりあえずはこれで良いだろう。
──
襲撃してきた生徒達の元を離れてから、病院、と呼ばれている施設へと向かう。幸い、それほど遠くはないようだ。
白洲アズサは慣れた道を歩くように進んでいく。あるいは、本当によく通っていたのかもしれない。他のアリウス生達に聞くところによると、彼女はベアトリーチェに反抗的な態度をとる稀有な存在であり、よく罰則を受けていたらしい。
そして、錠前サオリがそれを庇っていたとも。
「先生、みんな、着いた。ここが『病院』」
そして白洲アズサが立ち止まった建物は、周りと比べれば多少の大きさではあるが、まごうことなき廃虚だった。
「何というか、
「初めて来たときからこんな感じだったから、それは私のせいじゃない」
聖園ミカの婉曲的な指摘に、白洲アズサが少し不満そうに言ったところで、建物の中から何者かが現れた。
「誰かと思ったら……久しぶりですね、アズサさん……」
「スバル……」
姿を見せたその生徒こそ、梯スバルらしい。他のアリウスの生徒と比べれば比較的身長があるだろうか。だが、それよりも気になるところがある。
「それで……もしかして、あなたが例の『先生』ですか」
梯スバルはこちらに顔を向けてそう言った。
「ええ、その通りです。あなたが梯スバルさん、ですね? 前々からお会いしたいと思っていました」
梯スバルの焦点はあっておらず、その瞳は昏く濁っていた。そして、彼女のヘイローが軋んで音を立てているような錯覚を覚えた。
流石にそれは気のせいであると思うが、それでも彼女が危険な状態にあることは間違いなかった。