空崎ヒナが到着し、その姿を見せると同時、それまで余裕を持っていた小鳥遊ホシノが、表情は変えないまでも私を庇うように前へと出た。
強者同士の直感というものだろうか。小鳥遊ホシノは空崎ヒナを警戒すべき相手だと認識したようだ。
「小鳥遊ホシノ……」
「んー? 私のこと知ってるんだ?」
空崎ヒナはその場に彼女がいることに驚いているようだった。まるでそこに存在しているのが意外だとでも言うように。
一方の、小鳥遊ホシノは首を傾げている。彼女にとっては、空崎ヒナは初対面らしい。
「状況は大体把握している。通達なしでの他校自治区内における兵力運用と、他校生徒たちとの衝突」
気を取り直したように、空崎ヒナが話を始める、が……
『いえ、こちらとしてはそのように受け取っていません。お互い誤解があり、衝突が起きそうなところではありましたが……』
「え?」
『あ、申し遅れました。アビドス高校の奥空アヤネです』
奥空アヤネがその発言に待ったをかけた。これについても、会議での予定通りの内容だ。
『私たちはお互いに銃弾の一発も撃ち合っていません。あくまでそちらの指名手配犯の処遇について意見を交わしあったにすぎません。ですから……』
「……」
用意していた言葉を伝えるべく、よどみなく奥空アヤネが話を続ける。
『このままお引き取りいただけるのであれば、今回の件は殊更責任を追及するつもりはありません。皆さん、それでいいですよね』
奥空アヤネが対策委員会のメンバーへと確認する。当然、尋ねられた者たちも頷く。
「そう……」
空崎ヒナは、視線を小鳥遊ホシノに、他のアビドス生に、そして私に視線を向けた後、
「ありがとう。この恩はいずれ返させてもらうわ。みんな、聞いていたでしょう? 帰るよ、撤収準備」
頭を下げて、そう言った。風紀委員たちは慌てて撤収準備を開始する。作戦は完全な成功を迎えたと言って良いだろう。
あの作戦会議で立てたプラン。詳細な方法については荒唐無稽さがあるものであったが、大きく分けて2つあった。
一つは、「もし攻撃された場合」正面から撃退し、ゲヘナを相手取って賠償金を請求する。というプラン。空崎ヒナが来る前であれば、小鳥遊ホシノも含め一方的な制圧ができるだろうという戦力分析で行うメインプラン。
しかしこの作戦はどこか、失敗することが前提でメインプランに据えられているものだった。
そしてもう一つは、「戦闘を避けられそうな場合」は戦闘が起こらないよう時間稼ぎをし、こちらの消耗なしに退却させること。相手に恩を着せることが出来れば上々。そういうものだ。
生徒主導で立案されたこの作戦は、甘い部分が無いとは言わないまでも、
あるいはこれも、私が何かに影響を受けてしまっている結果のものなのかもしれないが。
風紀委員が大方撤収した後、残っていた空崎ヒナがこちらに近づき、話しかける。
「あなたがシャーレの先生、よね?」
「ええ、そのようになっていますね」
「? 妙な言い回しをするのね。……カイザーコーポレーションについて、知ってる?」
空崎ヒナからもまた、カイザーの名前が出てくる。独自で何かを掴んでいるのだろう。
「調べて分かる程度のことであれば」
「このアビドスで何かをしようとしている者がいるわ。一つはカイザーだと思うんだけど、他にも。逆に、先生は何か知らない?」
「……生憎、思い当たりませんね」
カイザーの他に、アビドスで暗躍する者。それは私のことだろうか。
「そう。それじゃあ、先生、私も帰るわね」
「ええ。近いうちにゲヘナ学園にも訪問させてもらうつもりですよ。それでは、また」
「そうね。楽しみにしてるわ」
空崎ヒナは帰っていく。私にとって気になる報を残して。
こうして、ゲヘナ風紀委員によるアビドス侵攻未遂事件は幕を閉じた。