黒服がシャーレの先生になった世界線   作:黒服先生

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梯スバル②

「……私のことを知っているのですね。それは光栄です……ですが、どうしてここに? ここには、何もありません。そちらに抵抗する力も無ければ、あなたがたに提供できるような何かもありません」

 

 梯スバルから出て来た疑問の言葉は、我々が略奪者であるという前提で語るものだった。

 

「私たちは皆さんに何かを求めてここに来たわけではありません。杠リツカさんからの要請を経て、皆さんの救助を行うためにここに来たのです」

 

 そう返すが、アリウスの現状を作ったのは、私がベアトリーチェの戦力を削減させることに注視し、追い詰めたことが一因にもなっている、というのは事実だった。彼女がそれを指していっているかは分からなかったが。

 

「リツカ? ……どこでその名前を聞いたのかは分かりませんが、それはありえません。彼女はもう()()()()()()()()()()のですから」

「……報告を受けていないのですか?」

 

 先程戦った者たちも杠リツカの姿と、彼女に同行するスクワッドの者たちを見ている。それは先ほどの白洲アズサとの話で間違いないはずだ。何かしらの連絡手段を持っているのかと思ったが、それも既に無いのだろうか。

 それと、()()()()()()というのはどういうことだろうか。杠リツカをアリウスの外へと送り出したのは梯スバルのはずだった。

 

「……何のことです? まあ、いずれにしても、ここにはもう私たちしか残っていないのです。マダムと話がしたければバシリカの方へと行ってください。アズサさんなら、道のりは分かるでしょう?」

 

 彼女は私の言っていることの意味が全く分かっていないようだった。この反応は正直なところ想定外のものだ。先程の生徒たちのように私たちに攻撃してくるか、あるいはこちらの保護に乗ってくるか、という反応を予想していたのだ。

 

 彼女の反応には、私たちと関わり合いになりたくない、という拒絶が強く表れていた。

 

 そして、それ以上に気になったのは、()()()()()()()()()()()という発言だ。それはまるで、先ほど私たちが戦った生徒たちのことすら彼女の認識から消えているようなものではないか。

 

「バシリカへはスクワッドの皆さんが先に向かっています。勿論、私たちもこの後合流するつもりですが……あなた方の救助に来た、というのは本当です。」

 

 スクワッドの名前を出すと、途端に梯スバルの表情が険しくなった。彼女がスクワッドに対し、少なくとも現時点で良い印象を抱いていない、ということは明らかだった。

 

「とはいえ、すぐにそれを信じてくれ、というのも図々しいのは事実ですね。とりあえず、多くはありませんが水と食料をお持ちしていますので、こちらを受け取ってもらえませんか?」

 

 スクワッドの話を続けるのは悪手だろう。そう思い、生徒たちにも持ってもらっている荷物の大半を占める、救援物資を見せる。彼女たちの満足する量、というほどではないだろうが、トリニティ側では追加で十分の量を用意している。

 

「……それは……正直、助かります」

梯スバルを呆気にとられたような表情をしたが、すぐに元の表情に戻った。それでも受け取ってはくれるようだった。

 

「……申し訳ありませんが、中の子達に渡してきても良いですか? 特に水は、今すぐにでも必要としている子もいるのです。」

 梯スバルは支援物資の中から水を取り出して、そう言った。勿論、拒否する必要は無い物だ。

 

「では、私にも手伝わせてもらえませんか?」

そしてその発言を受けて、歌住サクラコが動いた。

 

「あなたは……?」

「シスターフッドの歌住サクラコと申します」

「……シスターさん、ですか。では、すみませんが、協力してもらっても良いですか?」

「ありがとうございます」

 

 歌住サクラコは一瞬だけこちらを目くばせをするように見て、梯スバルの後をついて建物の中へと入っていった。

 

 途端、その廃虚の中が少し騒がしくなった。壊れかけの建物には、防音性能など、殆ど備わっていないようだ。

 

「ふぅ……」

 黙って成り行きを見守っていた聖園ミカの溜息が聞こえた。

 

「本当に他の子達も一緒にいるみたいだねっ。なんかあの子の雰囲気がヤバかったから、もしかしたら妄想なんじゃないかとか思っちゃったけど」

 

 そしてそんなことを言い出したが、それは突拍子もない、的外れなものだと言い切ることのできないものでもあった。私の目にも梯スバルはどこか歪んだ現実認識をしているように見えた。

 

「先生。スバルの言っていたことだけど……」

 

 白洲アズサも今の梯スバルの言動に思うことがあったらしく、口を開いた。

 

「スバルは、『いなくなった』と口にしていたけど、先生もこの言い方を、聞いた事があるはず」

 

 そう言われて、思い出した。調印式の日、秤アツコと共に保護された生徒が、立木マイアについてそう言っていた。

 

「私は使ったことが無いけれど、『いなくなった』というのは死んでしまった子に対する言い方でもあるの。少なくも、そういう使い方をする子もいた」

「……スバルさんも、そういう意味で言った、と?」

 

そうだとしたら、益々おかしいことになる。杠リツカを送り出し、その上で逃走を是としたのは梯スバル自身のはずだ。そして、先ほど戦った生徒たちもそうだ。2人ともが嘘をついている、とは考えにくい。

 

「分からない……でも、そういう可能性もあると思う。」

「うん……私も、ちょっと気になったな」

 

今度は小鳥遊ホシノだった。梯スバルと話している間も銃こそ構えていなかったが、警戒を解いていなかった彼女は、何を思ったのか。

 

「あの子……スバルちゃんの表情に、見覚えがあって、でも……」

「でも?」

「ううん……何でもない。多分、スバルちゃんは強い自責の念に駆られているんじゃないかな。もし、それを利用している人がいるとすれば、非道い事だと思う」

 

 小鳥遊ホシノは、どうやら私の推測と似たような考えを持っているらしい。言いかけた内容は気になるが、それは今深く考えるべきことではないように思えた

 

 いずれにしても、バシリカへと向かう前に、彼女ともう一度話す必要があるだろう。他の生徒もいる以上、滅多なことはしないと思いたいが……

 

 そう思った時、建物内の喧騒が大きくなったような気がした。何かを話しながら、こちらに近づいてきているようだ。

 

 そしてすぐに、梯スバルと歌住サクラコが外へと出て来た。そしてその二人はどこか様子がおかしかった。喧騒があったような気がしたにも関わらず静かになったのもそうだが、歌住サクラコの方は特に、後ろが気になっているようだった。

 

 そちらを見ると、建物の中から隠れてこちらを窺っている誰か、おそらく子供、つまり生徒の頭が見え隠れしていた。支援を届けに来たのが誰なのか気になるのだろう。

 

「……これで用は済んだでしょうか。施しを受けておいてこんなことを言うのも良くないですが、ここに長居している場合ではないのでは?」

 

 そして、梯スバルは苦しそうな表情になり、頭を押さえながらそう言った。何かが彼女を苛んでいるようだ。

 こちらを覗いている人物も、姿を隠すのを忘れて不安そうに彼女を見ている。

 

「まだ、私たちがあなたたちを救助しに来た、というのが信じられませんか?」

「逆に、どうして信じられると思うのです? あなたが私たちを救助しにきたというのであれば、どうして……どうしてもっと早く、来てくれなかったのですか? 手遅れになる前に、どうして……」

 

手遅れ……。まさか、調印式より後に何か手遅れになるような事態があったのか? しかし、杠リツカも先ほどの生徒たちもそのようなことは言っていなかった。

 

「それは……何のことを言っていますか?」

 

 私の問いかけに、梯スバルは答えなかった。代わりに、彼女は、私ではない、別の者へと視線を向けていた。

 

「それに、どうしてあなたがここにいるんです。聖園ミカ」

「えっ、私!? ごめん、私、あなたと会ったことがあったかな?」

 

 聖園ミカが慌てて返事をする。当然だが思い当たることは無いようだ。

 

「私はありません。ですが、あなたが来なければ、あなたに興味を持たなければ、あの子も……」

「んん? それってマイアちゃんのこと? 」

 

 そして聖園ミカがそう返したとき、梯スバルの表情が、そしてヘイローが大きく歪んだ気がした。

 

「マイア……。ええ、本当は、分かっているんです。マイアも、リツカも……他の子達も、皆私のせいなのです。私が、守ってあげられなかったから。トリニティに、私たちを救ってくれる力があるなら、どうしてその前に……」

 

 梯スバルは自責と他責を繰り返しながら、虚ろな目で呟き始めた。最早、誰に話しかけているわけでも無い。彼女の周囲が黒く染まりつつあるのも、もはや気のせいだとは思えなかった。

 

 そして、私は。些か切るのが遅すぎたが、このような状況を想定した切札を用意していた。

 シッテムの箱を操作して、一つの動画ファイルを開く。シッテムの箱から、少し緊張したような、それでもはっきりとした声が聞こえ始めた。

 

 

 

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