『き、聞こえていますか? スバル先輩……あっ、スバル先輩じゃない可能性もあるんですよね。ごめんなさい。え、えと、もう一回最初からやってもいいですか!? 』
語りだしから少々気の抜けそうなミスが動画に入り込む。その後、恐らく朝顔ハナエの「大丈夫ですよ、マイアちゃんっ!」という声が聞こえ、動画に映る人物は、撮影者に何度か頭を下げて、それから、再び話し始めた。
『こ、こんにちは、立木マイアです。まず初めに、きっと、みんなにはたくさんたくさん、心配をかけたと思います。ごめんなさい。えと、この通り、私は生きています。生きて、今はトリニティで生活しています』
動画が見えるように、画面を梯スバルの方へ向ける。生憎投影用モニタの用意は無いので、今日はシッテムの小さな画面で見てもらうしかない。
梯スバルは一歩も動かず呆然と、画面を見つめていた。
この動画は、いよいよアリウスへと行くと決まったことを聞きつけた立木マイアから受け取ったものだ。何か協力できることはないかと連絡があり、そういうことであれば、彼女からの生存報告のようなメッセージが欲しい、と返したのだ。
恐らく、朝顔ハナエや、他のアリウス生、あるいは救護騎士団員に相談したのだろう、昨日の夕方ごろ、この動画ファイルが送られてきた。
『あの日、私たちがミカさんを主導にトリニティを襲撃する予定だった日。私は倒れていたところをそのミカさんに拾われて、密かに保護されました。書置きや、何の連絡もできずにアリウスを離れてしまったのは、すみません。そういう事情で、私は今、トリニティにいます。それから色々ありましたが、多くのアリウスの皆も、同じようにトリニティにいます。みんな、生きています』
冒頭の部分から分かるように、何の凝った編集もされていない、ただの映像メッセージに過ぎない。話し慣れているわけでも無い、一言ずつ、言葉を選びながら話しているような内容だ。しかし、だからこそ、それには真実味があった。
『私の着ている服、これが何か、分かりますか?』
立木マイアがそう言うと、顔を映していたカメラが引き、全身の姿が見えるようになった。
そして、その姿を見ようと動き出したものがいた。梯スバル、ではない。影からこちらを覗いていた人物、そして彼女が我慢できずに出てきたのを皮切りにその後ろから次々と、アリウスの生徒たちが、梯スバルが守ってきていた生徒たちがシッテムの箱へと群がった。
直接端末を奪われないようにするためか、さりげなく小鳥遊ホシノが間に入って列の整理をした。
彼女たちは建物内でこちらの様子に聞き耳を立てていて、そして無事だった友人の姿を一目見ようと現れたのだろう。
『これは、トリニティの救護騎士団の制服なんです。でも、私はトリニティの生徒になったわけではありません。今は、お世話になった皆さんのお手伝いをしながら、救護医療の事を教えてもらっています。それが、いつかスバル先輩や、アリウスの皆の役に立つときが来ると信じて、頑張って覚えようと思います』
録画であるため、こちらの状況を知る由もない立木マイアは画面の中で、何を伝えようか考えながら、必死で話していた。
その言葉への反応は様々だ。泣いている者、笑っている者、そして、どういう感情になっていいのか分からないのか、複雑な表情を浮かべている者もいた。当然だ、立木マイアの発言はアリウス生にとってはかなりの劇薬だ。ベアトリーチェの洗脳支配が緩んでいるとはいえ、すぐに受け入れられる者ばかりではないだろう。
しかし、いずれにしても、彼女の生存が疑いようのない事実であるということは、全員が理解しているように見えた。
『何を話そうかと考えていると、まだまだ話したいことがたくさんありますが、あまり長すぎても迷惑だと思うので、最後に一つだけ話します。アリウスに残っている皆とも、また会える時を楽しみにしています。それがアリウスでなのか、外でになるのかは分からないですけど……それと……スバル先輩のハーモニカが、また聞きたいです。いつも、そう思っています』
動画はそこで終わった。そして、動画を食い入るように見つめていた生徒たちが、一点を向いた。勿論、その先にいたのは、梯スバルだ。このビデオメッセージが彼女に宛てたものであるのは明白で、その反応が気になるのは、アリウスの生徒にとっても、外から来た生徒たちにとっても同様のことだった。
彼女は何も言わず、私に近づいてきた。生徒たちは彼女のために道を開ける。そして私の目の前に来た彼女は頭を深く下げ、
「……もう一度……見せてもらえませんか?」
と懇願した。返事をする必要もない。すぐに再度再生する。再び、少々間の抜けた立木マイアの語り出しが聞こえ始める。
持ってきたバッグを簡易的な台として置かれたシッテムの箱、そこから流れる音と映像を、梯スバルはじっと見つめていた。彼女の瞳から雫が頬を伝い、地面に落ちてゆく。彼女は、それをまったく気にしていないようだった。
『……いつも、そう思っています』
画面の中の立木マイアが再度、締めの言葉を送る。
「……申し訳ありませんでした、先生。色々と、おかしくなっていたようです」
梯スバルはそう言って、私の方を見た。初めて、彼女と目が合った。ヘイローの状態も正常に戻り、黒い靄のような物も感じなくなっている。
「いえ、こちらこそ、もっと早く救助に向かわなければいけなかったというのは事実です。申し訳ありません。それより……大丈夫ですか?」
具体的に彼女の身に何が起こっていたのかは分からない。ただ、今はそれをゆっくり話している場合でもない。
「ええ……色々と悪いことばかりを考えて、どうかしていました。リツカ達のことも……私が送り出したのに、いつの間にか私の中ですり替わってしていたようです」
彼女自身も、完全にそのことについて理解している訳ではないようだ。恐らくはベアトリーチェが何かをしたのか、あるいはアリウスの地にそれ以外の何かがあるのかもしれないが、少なくとも今の彼女は正常な現実認識をしているように見えた。
「それでは、我々の保護を受け入れていただけますか?」
改めて尋ねる。
「……ええ、そうですね。もうずっと、私の手に負える状況を超えていたのに、皆に我慢を強い続けてしまっていました。申し訳ありませんが、この子達のことも保護していただけますでしょうか。……皆も大丈夫かな? 異論のある子は?」
梯スバルは、私に再度頭を下げた後、振り返って私たちの話し合いを見守っていた生徒たちに尋ねる。異論のある者はいなかった。
「そうですか、では……」
ここで待っていてください、と続けようとしたとき、けたたましいサイレンのような音が響いた。これは……
「アツコさんからの緊急通報ですね……何かがあったようです」
通話機能やメッセージ機能もない、単純な緊急通報のみの無線通信。アリウスでは通常の回線が使えなくなっている可能性を考慮して持たせた特殊な機器だが、それが使用されたということは、つまり緊急事態が起こった、ということだ。
「すみません。すぐに向かう必要が出ました。必ず戻ってきますので、ここで待っていてもらえますか?」
通報音が聞こえた瞬間から、事前の打ち合わせ通り突入メンバーたちはすぐに移動の準備を始めていた。
「ええ……いえ、待ってください。バシリカへ行くのですよね? 最近できた近道があります。何せマダムに呼ばれる機会が増えたもので、交通の便をよくする必要があったのです」
梯スバルが出発しようとする私たちを引き留める。近道、確か、バシリカとは地下回廊で繋がっていると聞いたが、そのような者があるのか。
少しだけ、信じていい物かと躊躇したが、迷っている場合ではない。生徒たちが頷きあうのを確認した後、彼女に返事をした。
「大変助かります。案内していただけますか?」
「ええ、こちらです」
そして、私たちは、梯スバルの案内でバシリカへと急ぎ向かった。
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