梯スバルを先頭にし、バシリカへと向かう。彼女は危険な精神状態から回復したばかりであり、また長い時間不眠状態であったことがうかがえ、かなりの疲労を抱えているようだったが、黙って先導するという訳でもなかった。
「バシリカと旧校舎とを繋ぐ回廊。既に廃墟と化している旧校舎からの遠回りな進入ルートで、普通は誰も利用しません。そもそも、その
梯スバルは
「一方、バシリカは少し立地が変わっていまして……というよりもあそこを中心に自治区を形成したからなのでしょう。そこへ真っすぐ行ってたどり着くわけでも無く、結局のところ、どのルートを通っても時間はかかるのです。入口が地上ではなく、地下にある、というのもポイントです……」
彼女はそう言いながら、一軒の廃墟にたどり着いた。それは、トリニティからアリウスに繋がる通路のあった建物と、どこか似ている気がした。
「あちらには
言いながら、彼女は何かが気になったような怪訝そうな顔をする。
「どうかしましたか?」
「いえ……気のせいだと思います。それで、この建物には、何故か地下へとつながる階段があり……」
ポルタパシスに目を向けていた彼女はそこから目を外し、建物の中に入っていく。
階段は、ただの地下室に繋がっているとは思えないような通路に繋がっていた。やはり、既視感がある。
「そして、気を付けてください。一番奥には穴が開いています。一応安全に降りれるようになっていますので、注意して降りてください」
梯スバルの後を追って降りる。アリウスに繋がっていた通路と、長さこそ全く違うが、構造は殆ど同じものだ。有事の際に緊急で避難の出来る通路を、ある時代の人物が複数作っていたのだろう。興味深い物だった。
「旧校舎から繋がる回廊に抜ける穴が、ここにあったのです。これは、まだ誰も……少なくとも今生きている者の中では私しか知らない、バシリカへの最短ルートです。皆さん、もう入口が見えるでしょう」
梯スバルが指し示す方には、確かに宗教的装飾の施された建物の入口と思わしきものがあった。
しかし……
「やはり、スクワッドの皆さんはいないようですね。リツカさんも」
この場所を離れなければならない何かが発生したため、緊急通報を送った、というのが妥当な線だろう。
「ど、どうするの先生!? 中に入っちゃったのかな。追いかける?」
聖園ミカが焦ったように問いかける。中に入るにしても、何が起こったのかのヒントになるような物は……
「先生、あそこに何か落ちてる。」
白洲アズサがバシリカの入口付近に何かを見つけ、取りに走った。
「……先生、これ」
戻ってきた彼女が持っていた物は、スマートフォンだった。スクワッドがシャーレへと移送されてから与えていた、秤アツコの端末だ。
「これは……アツコさんが落とした……いえ、置いていったのでしょうか。」
白洲アズサから受け取ったスマートフォンを起動する。ロックなどはかかっていなかったら、普段からそうであるはずがない。やはり、意図的に置かれていたものだろう。
開かれた画面にはメモ帳アプリが開かれていた。すぐに内容を確認する。
『先生、ごめんなさい。ここで待機していたんだけど、リツカがいなくなっちゃった。多分、バシリカの中に入っていったと思う。相談の結果、私たちも中に入ることにしました。十分に気を付けるつもりですが、何かあったら、後はよろしくお願いします』
そこに書かれていたのは頭痛がしそうな内容だった。
不確定事項ではあるが、
「スバルさん、ここまで、ありがとうございました。ここで休んでいてください。先程渡した支援品も、スバルさんは殆ど手を付けていないでしょう」
予備の水と簡易食品を渡し、梯スバルにそう告げる。流石に、彼女は戦闘に参加できるような状態には見えなかった。
「いえ、先生、私も……っ……いえ、よろしくお願いします。先生。リツカの事、スクワッドの皆さんのことを。それと……マダムのことも」
彼女は最初、同行を希望するようなことを言いかけた気がしたが、話しながらふらつく様子を見咎めると思ったよりも素直に私たちに託すことを決めてくれた。
さて、先へと急ぐことにしよう。
「皆さん、中に入ってみましょう。どうせアツコさんが反対を押し切って中に入ったのだと思いますが、釈明は全て終わってから聞くことにしましょうか」
「うん」
「了解。……つまり後で説教、ですね」
今のメンバーの中で秤アツコへの理解度が比較的高い白洲アズサと、七度ユキノが、私の言葉にすぐに同意して、私の後に続く。護衛役の歌住サクラコも慌てて後に続き、感情優先傾向のある小鳥遊ホシノと聖園ミカは、苦笑いしながらそれに続いた。もっとも、小鳥遊ホシノは白洲アズサの横に並ぶために小走りで私たちを追い抜いていったのだが。
そして、最後尾にはいつの間にか追いついていた霞沢ミユが、今更梯スバルに挨拶をするように一礼し、私たちに追いついた。
――
バシリカに入る。人気の感じられない、巨大な聖堂。ベアトリーチェが今ここにいるとすれば、それは最奥以外にあり得ないだろう。霞沢ミユの存在感がまたも薄れ、姿を見せなくなった。もはやそれ自体が特殊な能力のように思える。
足を進めていると、先頭の白洲アズサが立ち止まった。
「アズサさん、何かありましたか?」
「うん……音が、聞こえた気がした」
彼女の返事は曖昧なものだった。
「どういった音でしたか?」
「分からない。でも、少し奥の方から、だと思う。」
そう言って彼女は先に進み始める。そして、彼女の言っていたことが分かった。確かに、何かの音が聞こえる。
音、というより、これは音楽だろうか。だれが、この場所で音楽を流すのか。ベアトリーチェの儀式に関する物だろうか。近づくにつれ、音楽は徐々に大きくなる。厳かな雰囲気の、スローテンポな曲だが、聞いたことは無かった。
「アズサさん。このような音楽がバシリカに流れることはありましたか?」
「ううん……少なくとも、私は聴いたことが無いし、そんな話を聞いた事もない」
そうこうしている内に音源がすぐそこに近づいていた。
祭壇に行くには避けて通れない場所。クワイア、というのだったか。聖堂内で音楽が鳴り響くとするのであれば、確かに最適な場所ではある。しかし、これは……
その時、唐突にすべての音が止まった。
「先生、何かめっちゃたくさんの人がいるみたいなんだけどっ!?」
密かにその内部を覗き込んだ聖園ミカが小声で悲鳴をあげる。
「あれは……聖歌隊、でしょうか」
そんなものが今のアリウスにいるはずがない。しかし聖園ミカの発言に誘われるように中を覗き見た私は、そこに確かに多量の人影と、パイプオルガン、そして不明の方法によってライトアップされているように照らされる一つのグランドピアノが置かれているのを確認した。
「うーん…… アツコちゃんやサオリちゃんもいないみたいだね」
小鳥遊ホシノが中を確認しながら言った。
確かにその通りだ。彼女たちはこれを素通りできたのだろうか。
「……まあ、
「怖い想像させないでよ!?」
とはいえ、このような話をしている場合ではない。
「素通りできるにしてもできないとしても、先に進むしかないでしょうね」
ここに秤アツコがいないという事であれば、その先まで進んでいるということだ。
何が起こるかは分からないが、これの下手人が誰であるかは想像できていた。
戦いを避けられないことを覚悟して、室内へと入った。