慎重に、静かに聖歌隊の前を、進んでいく。微動だにしないそれらは、近づいてみると人間ではないことは明らかだった。表情のない人形だ。横並びに8体の人形が並んでいた。
そして、丁度半分ほど過ぎたところで、シッテムの箱が反応を示した。突然、
「! 動き出したっ!?」
誰かが叫んだ通り、うつむいていた聖歌隊が顔を上げる。
そして、無人だったはずのグランドピアノには、どこから現れたのか、明らかに人間ではない何者かが鎮座していた。
そして、音楽が鳴り始める。先ほど聞こえていたものとはまるで違う激しい曲調。
次の瞬間、私と歌住サクラコの前に盾を構えた小鳥遊ホシノが割込み、大きな衝突音がした。
「大丈夫!? 先生っ!? 今、攻撃された!?」
小鳥遊ホシノの、珍しく焦ったような声が聞こえる。
「ええ、お陰様で大丈夫です。よく反応出来ましたね」
「うん。ただの勘。攻撃姿勢も弾丸も全く見えないけど実体はあるみたいだね?」
小鳥遊ホシノは盾を構えながら返事をする。
「そんなこと言ってないでもうちょっと下がってて、サクラコちゃん、先生をよろしく!」
「私も前に出ます。先生、指示があればお願いします」
聖園ミカと七度ユキノも前に出る。歌住サクラコは私を入口に近い、物陰へと移動させる。この場所は攻撃が届いていないようだ。あるいは、そのような場所をこの状況にした者がわざわざ設定したのかもしれない。
正直な話、今の状態で言えることは何もなかった。殆ど不可視の攻撃を伴う、半ば人知を超えた存在である。
ただ、これがマエストロの『作品』、彼の制作した人工天使であるなら、それを読み解くのは私の仕事だろう。彼は私にとって元同僚であり、互いを十全に理解していた……とは言い難いが、お互いの研究についてある程度認めあってはいたのだから。
シッテムの箱の戦況情報を確認する。敵の反応は一つだが、それは中央に見えるピアノを弾いている存在のみを指している訳ではない。聖歌隊も、オルガンも、すべてが一つの巨大な存在として認定されている。
これに意味がない
「皆さん。少しの間、自由に戦ってもらえますか?」
「おっけー! 倒しちゃってもいいんでしょ?」
「それが出来るなら最適です」
音楽が鳴り響く中、散発的に攻撃が飛んでくる状況で、聖園ミカが最初に反撃に転じた。
彼女の射撃は正確に聖歌隊の1体へと降り注ぎ、それは分かりやすく音楽が鳴り始める前のように、俯くようにして沈黙した。
「おお、ミカちゃんナイスぅ。でも、さっきの台詞の感じ、本体狙いなのかと思ったけど」
「何か、こっち狙った方が良いと思ったんだよねー」
小鳥遊ホシノは再前衛で盾を構えながら攻撃を一身に受けている状態でも、まだ余裕がありそうな様子だった。聖園ミカの威勢とは裏腹な慎重ともとれる攻撃を茶化している。
「でも、前で立ってる人形はすぐ倒れるみたい。皆倒したら何か起こるんじゃない?」
聖園ミカがそう言って2体目も沈黙させる。しかし、3体目が止まるよりも前に、最初に倒した1体目が起き上がり、何事もなかったように元の姿勢へと戻った。
「あれ!? ごめん、駄目だったみたい!」
聖園ミカがそう謝るが、彼女の行動によってもたらされた結果は、重要なヒントが含まれているはずだ。次の手は……
「ミユさん。ピアノを演奏している本体を攻撃してもらえますか?」
『RABBIT2、了解。狙撃します。…………着弾確認しました、でも……』
霞沢ミユは私の要請に即座に応え、本体と思しき演奏者に正確に命中させる。しかし、ダメージが入っているような様子は無い。以前戦ったヒエロニムスのようにただ固いだけの敵なのだろうか。
聖歌隊の動きを見るに、そうは思えない。マエストロのことだ、あの奇妙な動きにも何か意味を持っているはず。
力押しでは倒せないとすれば、どうするべきか。そう言った話を、どこかでしたことは無かっただろうか。真面目な戦闘の研究の話ではなかったはずだ。
「先生、楽器を破壊しようとしても駄目だった。全然壊せそうにない」
白洲アズサから困惑した様子で報告があった。物理的に演奏を止める、というのも不可能なようだ。
「っていうかこれ、前戦った変な化け物に雰囲気似てない!? またアイツの仕業なのかな!?」
聖園ミカがこれの制作者が誰であるのかに思い至ったらしい。
「ええ、これもマエストロの創作物でしょうね」
「あいつ、私たちのことをゲームの駒かなんかだと思ってない!?」
私の返事に聖園ミカが憤慨する。ゲーム。成程、ゲーム。先ほどの件、話した相手は恐らく才羽モモイだ。確か、彼女は、ゲームでよくある『理不尽な敵が持つギミック』を私に説明してくれた。その時、複数の敵が同時に出現するタイプのボスについても説明していた。つまり……
「誰か。8体の人形を、同時に倒すことはできますか?」
「ええ!? どうやって?」
聖園ミカが叫ぶ。
「グレネードを使いますか?」
中ほどで支援射撃をしていた七度ユキノが提案する。それは良い案だろう。彼女に許可を出そうとしたとき、別の者が遮った。
「ユキノちゃん、ちょっと待って。全員同時に倒せばいいんだね? サクラコちゃん、ちょっと盾を外すから先生のこと、よろしく」
「は、はいっ」
小鳥遊ホシノだ。彼女は少しの間防御が薄くなることを歌住サクラコに伝え、返事を聞くや構えていた盾を足場のように使い、空中に飛び上がった。
そして、8体の人形の頭上から、ショットガンと拳銃による多重射撃を一人で行った。
彼女の宣言通り、聖歌隊が、8体の人形が同時に沈黙する。と、同時に、音楽が激しく乱れた。演奏者が苦しんでいるように蠢く。
「先生!」
白洲アズサが叫ぶ。何が言いたいかは、こちらにも伝わっていた。シッテムの箱に現れた、『同調を許可しますか?』のメッセージに迷いなく応える。
-vanitas vanitatum et omnia vanitas-
白洲アズサの言葉と共に彼女の銃から弾丸が発射される。それは人工天使の本体を正確に貫き
「────-ッ!!!!?」
それは叫び声のような音を吐き出した。音楽が止まる。
「お、終わり、でしょうか?」
歌住サクラコが私に問いかけるが、私は首を振った。敵性反応は健在だった。
そして、こちらは悪いことではないが白洲アズサが前回の調査時と同様に特殊な攻撃を行ったにも関わらず、シッテムの箱もまだ正常に作動していた。2回目だからだろうか。
「まだ終わらないようです。気を付けてください」
私がそう言うとほぼ同時に、沈黙していた聖歌隊が消え、今度は室内の左右に6体ずつ、12体の聖歌隊が出現した。
再び、曲が流れ始める。先程とはまた別の、短調のゆっくりとした曲だ。一方で、
「だから、何でそんなゲームみたいな感じなのさ? こっちは急いでるんだよー!?」
聖園ミカがうんざりとした言葉を吐く。
「ホシノさん、先ほどと同じことはできますか?」
小鳥遊ホシノに尋ねる。
「まあ、できるけど、流石にこの距離で全部巻き込むのは無理かなぁ、後、攻撃が激しくなってるみたいだからちょっと注意を逸らせたりできない? 逸らせる気があるのかもわかんないけど……」
小鳥遊ホシノがそう返事をする。
「分かりました。ユキノさん、ホシノさんに合わせて、先ほどの提案の通り、反対側はグレネードで、これも可能な限り同時に仕留めましょう。他の方は可能なら陽動を行ってください」
「「了解」」
「えーっ!? 私、そういうの苦手なんだけど!?」
複数の承諾と一人の抗議が、私の耳に届く・
これが後半戦なのかは分からないが、ある程度この敵のギミックは理解した。後は、突破するだけだ。