「……終わったようですね」
反応しないシッテムの箱をしまい、生徒たちにそう告げる。これで少なくとも数時間はシッテムの箱は使えないだろう。
「そういえば。ホシノさん、足はどうですか?」
「うーん……うん、まあ、歩けないって程じゃないよ」
そう言った小鳥遊ホシノは、明らかに右足に違和感のある歩き方をしていた。
「ホシノ。挫いたのならテーピングをした方が良いと思う。座って」
「う……うへー、ごめんね。心配かけて」
白洲アズサが真剣な表情でそういうと、小鳥遊ホシノは素直に言うことを聞いた。やはり、無理をしていたらしい。
「そもそも、あの時何があった? 私は反対側にいたから分からなかった」
七度ユキノが尋ねる。
「あー……うん。空中攻撃をして、着地しようとしたときに、多分あの人形を倒す前に打たれてた攻撃にばっちりあたっちゃってうまく着地できなかったんだよね……」
「ホシノちゃん、だいぶ吹き飛んでたもんね……」
あの怪物からの不可視の攻撃を、無防備な状態で直撃し、足を挫いただけで済んだというのも驚愕だが、
「では、ホシノさんの治療が済み次第移動しましょう。リツカさんやスクワッドの皆さんのことも気になります」
生徒たちにそう宣言する。
急ぐ必要はあるが、激しい戦いを終えた後なのだ、ほんの数分でも、休息は必要だろう。
「先生。やはりこの人形は儀式的手段と工学技術を掛け合わせて作られているようです」
崩壊した人工天使を調べていた歌住サクラコから報告を受ける。シスターフッドである彼女としては、聖堂に斯様な存在がいたことは気になることだっただろう。
「そうですか。しかし、詳しい調査は後にすることにしましょう」
制作者であるマエストロは、どこかで見ていたのかもしれないが今のところ
歌住サクラコは、人工天使をどこか憐れむような目で見つめていた。
「先輩……ユキノ先輩」
いつの間にか、霞沢ミユが合流しており、七度ユキノに話しかけていた。
「ミユ? 何かあったか?」
七度ユキノも少し驚いたように後輩に返事をした。霞沢ミユの方から彼女に話しかけているのを見るのは、そう言えば初めてかもしれなかった。
「いえ……あ、あの。先輩。凄かったです。うまく言えないんですけど、その……感動、しました」
「…………そうか。しかし、まだ、終わっていない。気を引き締めろ」
七度ユキノは後輩から目を逸らしてそう言った。
「あ、は……はい」
霞沢ミユは少し肩を落としていたが、七度ユキノは顔を赤くしていた。目を逸らしたのは、恐らく後輩からの純粋な尊敬の眼差しに耐えられなかったのだろう。
私からも賞賛と感謝の言葉を伝えたかったが、彼女の言った通り、まだ終わっていない。それは後で必ず行うことにしよう。
「先生、みんな、お待たせ。アズサちゃんのお陰で治ったよー
「ホシノ、治ってない。固定しただけ。無理はしちゃ駄目だぞ」
そして、小鳥遊ホシノへの応急処置が終わったようだ。先に進むことにしよう。最奥までは、もう少しだろう。
──
先ほどまで戦闘をしていた部屋を抜け、聖堂の最奥へ向けて再び歩き始めた。保険となるシッテムの箱による保護機能は使えない。急ぎつつ、私自身への慎重さも必要となる。
そして
「何か、
呟いた聖園ミカの言う通り、銃声や爆発音、そして何かが崩れる音が聞こえてくる。これは今まさに、彼女達が戦っているということだろう。
「ミカさん、アズサさん。先行してもらっても良いですか? スクワッドの皆さんが戦闘していたら加勢してください。私たちも急ぎ追いかけます」
「うん! 行ってくるね!」
「任せて」
足を負傷している小鳥遊ホシノを除き、最も身軽な二人に指示を出すと、二人は即応し、走り出した。
彼女達に続き、私たちもついに最奥へと到達する。
音で分かっていた通り、そこでもまた、壮絶な戦いが行われていた。ただそれは、想像していたような怪物と化したベアトリーチェとの戦いではなかった。
「あれは、ヒエロニムス……ですか」
追いついた私たちが目にした物は、以前地下道で戦った、マエストロが作り上げた怪物だった。
周囲にも目を向ける。スクワッドは全員戦闘継続中だ。積極的に攻撃を仕掛けているのは錠前サオリと、戦線に加わった白洲アズサだ。後方では大型の武器を携えている戒野ミサキと槌永ヒヨリがタイミングを図っているようだった。
「あ、先生! 何とか間に合ったみたい!」
こちらに気付き話しかけてきた聖園ミカは、恐らく気を失っていると思われる杠リツカを抱えて後方へと移動しているところだった。
また、秤アツコはヒエロニムスの至近距離におり、陽動役を担っているようだった。最も危険な場所だったが、彼女の戦い方を初めて知った。
そして、マエストロはやはりいなかったが、もう一人、怒りの形相で戦いを見ている者がいた。
順当に考えれば今ここに存在している可能性が高い人物は、残すところベアトリーチェしかいないはずだったが、私の知る彼女の姿とは
面影が全くないわけではない。白いドレスのような服装をしており、黒髪の長髪をしており、赤い目をしている。ただ、似ているのはそれだけだ。肌の色は薄い褐色であり、特徴的な姿ではあるが、人間の見た目をしていた。人間の、大人の、女性に見えた。
そして何より、彼女の頭上には、
「……」
「先生、どうかされましたか?」
七度ユキノが少し不審げに私に尋ねる。考えている場合ではない。
「いえ、皆さんも支援してください。それと……サクラコさん」
「はい」
一点を指さす。ヒエロニムスの近くには、前回は存在しなかった、大きなランタンか、壺のような形状をしているものが存在していた。
「あれは恐らく、聖遺物を模しているものだと思います。あれに祈りを捧げるとヒエロニムスの防御壁が弱くなる、と聞いています」
「祈りを……ですか。分かりました、やってみます」
歌住サクラコはそう言うと、聖句を唱え始めた。反応は顕著であり、聖遺物が輝き始める。
そして、その輝きが最大にまで増した頃ヒエロニムスの杖が大きく光り、その足元で大きな爆発が起こった。丁度、秤アツコのいた辺りだ。
「アツコ!?」
「アツコちゃん!!」
錠前サオリと槌永ヒヨリの叫び声が聞こえる。すぐに、舞い上がった煙の中から大きな声がした。
「私は大丈夫! サッちゃん! 多分、今がチャンスだよ!」
姿は見えないが、あの爆発を耐えきったらしい。
「分かった! ミサキ、ヒヨリ、頼む!」
錠前サオリもそれに対し大きな声で答える。
即座に、戒野ミサキのロケットランチャーと槌永ヒヨリの対物ライフルが火を噴き、巨大な怪物、ヒエロニムスの身体を貫いた。
そして、崩れ落ちていくヒエロニムスを余所に、動き出した者が二人いた。
ヒエロニムスの敗北を悟り、逃走しようとしていた黒髪赤目の女性と、それに気づいた錠前サオリだ。
女性の運動能力は、決して低いわけではないようだったが、本気の錠前サオリには及ばないのか、あっさりと捕捉され、後ろから突き飛ばされるように取り押さえられた。
「終わりだ、ベアトリーチェ」
錠前サオリの声が私の耳にも聞こえてくる。やはりあれがベアトリーチェなのか。何故、あのような姿をしているか気になるが、秤アツコの様子も気になった。
崩れたヒエロニムスの方へと近づくと、蹲っているように見えた秤アツコが立ち上がり、自ら歩いてこちらに向かってきた。多少ふらついてはいるが、大きな怪我はしていないようだった。しかし、私を見ると悲しそうな表情を浮かべた。何か、あったのだろうか
「あ……先生。……ごめん。髪飾り、壊れちゃった」
そう言って、私の方へ手を広げて見せた。確かに以前渡したものと、先ほど渡したもの。二つとも砕けているようだった。蹲っているように見えたのは、この残骸を探していたという事か。
偶然二つ渡していたことが、結果的に最大限の成果となっていたらしい。
「アツコさんの身を守るために渡したものですから、役割を果たしたということでしょう。また、差し上げますので、大丈夫ですよ」
私がそう言うと、秤アツコは黙って頷いた。あまり、納得はしていないかもしれない。話題を変えるため、という意味もあり、気になっていたことを聞いた。
「ところで、あの者がベアトリーチェ、というのは間違いありませんか?」
「うん、そうだけど……どうして?」
秤アツコはそのことに一切疑問を感じていないようだった。念のため、もう一つ尋ねる。
「彼女は元からああいった見た目をしていましたか?
「先生は異形なんかじゃないと思うけど……うん、元からあんな感じだったよ。見た目がずっと変わっていないのが変と言えば変だけど、一応生徒会長を名乗ってるんだし、
彼女の私に対する感想はともかく、このような嘘をつく必要は無いだろう。
「そうですか、ありがとうございます。後は、本人に聞いてみることにしましょうか」
礼を言い、まだ欠片を探している彼女様子の彼女を置いて錠前サオリが取り押さえているベアトリーチェを名乗る人物の元へと向かった。