「サオリさん、お疲れ様でした。申し訳ありませんが少し、その方とお話をさせていただいてもよろしいですか?」
「あ、ああ。拘束したから問題ないとは思うが……気を付けてくれ」
ベアトリーチェに話をさせること自体がリスクである、ということだろう。ベアトリーチェは確かにそういう人物だった。
「ええ、ありがとうございます……随分様変わりしましたね、ベアトリーチェ」
こちらのことをどう認識しているかの確認も含め、ベアトリーチェにそう話しかける。
「……何ですか、あなたは。初対面の人物に対し
不安そうに私とベアトリーチェの会話を見ていた生徒たちの何人かから、剣呑な雰囲気が漂ってくるのを手で制する。
確かに、この傲慢さの滲み出る物言いは確かに私の知るベアトリーチェのものによく似ていた。 一方でその見た目は、やや大人びているとは思うが生徒のそれと言っても違和感は無かった。
「まあ、貴女にどのように思われても構いませんが。貴女は一体、ここで何をしようとしていたのです? 楽園を完成させるのが目的だと耳にしましたが、それは一体どういうものなのでしょう」
素直に答えてくれるとは思えないが、彼女の目的を尋ねる。
「私を敵に計画をペラペラと喋る馬鹿だとでも? そもそもあなた、私の計画に興味があるようには見えませんが」
彼女はそう答えたが、別に彼女の目的に興味が無いわけではない。自らの手でそれを実行するつもりは無いが。
とはいえ、今彼女から聞きたいことがそれではないということは事実だ。
「確かに、それは失礼しました。私が貴女から聞きたいのは、ただ貴女が……『
これに関しても、彼女の答えを期待している訳ではない。反応を見るための物だ。しかし、彼女の反応は予想とは違うものだった。
「色彩? アレは
彼女は何かのキーワードに反応したのか、まるで友人に語り掛けるように饒舌に話し始め、そして最後に、あり得ないことを口走った。
「……ベアトリーチェ。貴女は今、私のことを黒服と呼びましたか?」
私が尋ねると、彼女は開いた口が塞がらない、というような表情をした。姿は違うが、彼女のこのような姿を見るのは初めてのことだ。
「はあ? あなたは何を言って……は? いや、私はお前の事など知るはずが……何かがおかしい。どうなっている?」
そして、私の指摘で自分の言っている事のおかしさに気付いたらしい。彼女は私と会話していることも忘れたかのように、一人何かを呟き始めた。
「そもそも……今はどういう状況だ?
彼女は、激しく混乱している。あるいは、複数の記憶が混じり合い、整合性が取れていない状態か。いずれにしても今、彼女を問い詰めることは難しくなってしまったらしい。
「……すみません。皆さん。彼女は錯乱しているようです。彼女の処遇に関しては……私の一存で決めることは出来ないでしょう。つまり、連れて帰ることになりますが……」
諦めて、こちらを見守っていた生徒たちの方に振り返り撤収しようとする。その時、
「申し訳ありませんが、それは遠慮願いたい。その女はこちらで預からせていただきます」
「そういうこった!」
唐突に現れた顔の無い人物、正確にはその手に持つ絵画の男から、話を遮られる。マエストロの人工天使を相手にし、ベアトリーチェを捕縛したかと思えば、次はこの二人か。同窓会に来たつもりはないのだが。
「先生、下がって」
いち早く動いた小鳥遊ホシノが私の前に割って入り、闖入者に銃を向けた。正しい反応ではあるが、彼らの性格からして、こちらにいきなり攻撃してくる、ということはないだろう。
「これは失礼しました。そう警戒なさらないでください。わたくしの名前はゴルコンダ、と申します。このような状況でご挨拶することになり残念ではありますが、以後、お見知りおきお願いいたします」
「そういうこった!」
デカルコマニーの一本調子とゴルコンダの慇懃な調子に懐かしさを感じないという訳でもないが、流石に旧交を温めている場合ではない。
「いきなり現れて、彼女を預かると言われても困りますね。彼女には多くの嫌疑がかかっており、事情を確認する必要がありますので。そもそも、あなた方が彼女の裏で糸を引いていたということが無いという保証はあるのですか?」
こちらとしては、彼らの主張を飲む必要は特にない。その上、こちらのベアトリーチェには聞かなければならないことがまだ多くあった。
「ふむ……。今後彼女が皆さんに関わることは無いと約束する、という内容では納得いただけなさそうですね? それは、少々困りましたね……」
ゴルコンダは全く困っていないようにそう言った。その言い方に不信感を抱いた時、またしても新しい人物が姿を現した。
「だからそう申したであろう、ゴルコンダよ。理のある議論は可能だが、その者に理の無い説得は不可能だ。故に強硬的な手を打つ必要がある、と」
マエストロだ。私たちが入ってきた方向から彼は歩いて現れた。彼の作品がここにある以上、当然彼もどこかで見ているのは分かり切っていたが、彼本人までも出てきてしまい、主要メンバーが勢揃いとなってしまった。生徒たちも次々と現れる奇妙な人物に頭がおいついていないようだ。
「先生よ。そなたと、そなたの生徒の更なる輝きを見せてもらったぞ。まさか、グレゴリオと、完成したヒエロニムスまで打ち倒されてしまうとはな。観劇として至高に近い物であったと礼を述べておこう。」
「ではそのショーの代金の後払いとして、ここは素直に引き下がっていただければ助かるのですが」
先程戦った人工天使の名を言いながら、勝手なことを言うマエストロに無駄と分かっていながら要求する。
「無論、そのような訳にはいかぬ。そなたと同様に、
マエストロは最後まで一方的に会話を打ち切り、何かを呟いたその時、確実に倒れていたヒエロニムスの周囲に巨大な魔法陣が浮かび上がり、その纏っていた司祭服から、何かが立ち上がった。
「アツコ!!?」
錠前サオリが叫ぶ。そうだ、秤アツコは倒れたヒエロニムスのすぐ近くにいた、しかも彼女の防御用のアクセサリは先ほど破壊されてしまっている。
生徒たち全員の視線が、新たに現れた怪物の方を向く。それはどこかベアトリーチェ……
間に合わない。誰もがそう思っただろうそのとき、誰が撃ったのか、一発の銃声が響き、怪物の顔を貫いた。怪物が『弾ける』
大きな音と光を放ちながら、その怪物は消えていく。もっとも、その音は明らかにメロディーを奏でており、光も趣味のあまりよくない花火のように見えるものだった。
そして、私は、私たちがマエストロに騙されたことに気付いた。光と音が終わったとき、そこにはベアトリーチェも、ゴルコンダやデカルコマニーも、そして当然マエストロもいなかった。
「……ふぅ、何とか追いついたみたいですが、どなたか状況をわたくしに説明していただけませんか?」
そして、単独行動していた狐坂ワカモの困惑した声がバシリカの最奥に響いた。先程の銃声は、彼女の物だったようだ。
次回、本章のエンディングとなります