「アツコ、大丈夫か!?」
「あ……サッちゃん……うん、おっきな音でびっくりしたけど……」
地面にしゃがみこんでいた秤アツコの元へ錠前サオリが駆けつけ、無事を確認する。
そうして、錠前サオリ自身もその場にへたり込む。泣きながら駆け付けた槌永ヒヨリと、珍しく心配そうな表情を隠さずにそれに近づいていく戒野ミサキの姿、そしてそれに自然に合流する白洲アズサも確認できた。
ひとまず、スクワッドは全員無事のようだ。
「申し訳ありません、先生。あの人物をみすみす取り逃がしてしまいました……折角少し良いところを見せられた気がしたのですが、これでは……」
七度ユキノが落ち込んだ様子で私に頭を下げる。先程の事態では、血相を変えてマエストロが出現させた偽物の怪物に向かっていく姿を見かけた。
「いえ、落ち度というのであれば私の落ち度です。そもそも、彼らと会話をする必要などなかったのですから。それと、言うのが遅れてしまいましたが、あの時、私の頼みに完全に応えていただきありがとうございました。ユキノさんがいなければ、あの場を乗り越えることすら難しかったでしょう。素晴らしい仕事でした」
落ち込む彼女に礼を告げる。少しでも、彼女の自信につながってくれれば良いと考えた。
「……ありがとうございます、先生。あの時の動きは到底自力で再現は出来なさそうですが……参考にすることは出来ると思います」
「そうですか……頑張ってください。頼りにしていますよ」
自然と口から出て来た私のその言葉を聞いて、七度ユキノは口では答えずに頷いた。
「なーんか、後味が悪い終わり方だったね」
七度ユキノとの話を終えてから、聖園ミカが苦笑いのような表情を浮かべて話しかけてきた。
その背には、眠っている杠リツカが背負われている。
「当初の目的は十分に果たされました。それと……私の考えていた最悪の状況にも陥っていないようなので、及第点と言ったところでしょうか。彼らの今後の動向は気になりますが……とにかく、お疲れさまでした」
聖園ミカに返事をする。色彩を呼び寄せてはいないという情報は好都合なものだった。
「うん、そうだね。お疲れ様。ちょっと聞きたいこともあるけど、それは帰ってからにするね」
彼女はそう言って手を振り、スクワッドが集まっているところへと合流した。
「ホシノさん、大丈夫ですか?」
先ほどまで、狐坂ワカモに状況を説明していた小鳥遊ホシノに話しかける。まだ少し足を引きずっているような様子が気になったのだ。
「うへ~大丈夫だって、先生。あんまり心配されても困っちゃうよ」
「そうですか、すみません。では、そうですね……今日は共に来ていただいて、ありがとうございました。あの人工天使……どうやらグレゴリオというようですが、ホシノさん抜きでは厳しかったでしょう。それ以外にも、細かいところまであらゆる意味でお世話になりました」
彼女はまさに今日、八面六臂の活躍をしていたと言えるだろう。最初にアリウスの生徒に奇襲にあった際ところから始まり、梯スバルのいた「病院」やここまで、最前線でずっと私たちをけん引してきた。
しかも、小鳥遊ホシノの場合、グレゴリオとの戦いで見せた曲芸のような一斉射撃に関してはシッテムの箱によるEXスキルの恩恵を受けてもいないのだ。彼女の今回の戦功は計り知れない。
「う。……かといってそんなふうに真っすぐ褒められるとおじさん照れちゃうよー、えへへ、ありがとね。先生の頼みならいつでも答えるからさ。……あ、もちろん、アビドスのみんなもそう思ってると思うけど! あ、後、ほら、ワカモちゃんがうずうずしてるから、私は退散するね~」
妙に焦ったような様子で小鳥遊ホシノは去っていく。彼女が指さした方を見ると、確かに狐坂ワカモがこちらを見ていた。横には七度ユキノが腕を組んでいた。何か彼女と話していたのだろうか。あまり相性の良くはない二人だと思っていたが……
「すみません。ワカモさん、お疲れさまでした。一人での大変な仕事、ありがとうございます」
私が顔を向けると、嬉しそうに駆け寄ってきた狐坂ワカモを労う。彼女の成果に関してはまだ分からないが、最後に迷いなくあの怪物に攻撃してくれていなければ、もしかしたら悲惨なことになっていたかもしれないのだ。
「まあ♡ 先生からそのように言ってくださるなんて、感激です♡ ホシノさんから大抵のことはお聞きしました。先生こそ、お疲れになったでしょう。」
「そうですね。ですが、生徒の方たちが良くやってくれたので、何とか無事に終わらせることが出来そうです。ワカモさんの方はどうでしたか?」
私が彼女の首尾を尋ねると、笑顔だった彼女の表情が真顔になる、そして目を閉じて考えるような仕草をした。
「それは、何と言って良いのか……申し訳ございません、この聖堂はあまりしらべられませんでしたわ。少し諸事情がありまして……主に、あの妙な禁書庫を調べていたのですが」
そう言って、彼女は懐から1冊の本を取り出した。
「大体は歴史書まがいの妄想小説ばかりだったのですが、それとは別に、比較的新しそうなものがありましたね。こちらも内容は支離滅裂、というか少なくともわたくしには理解できない物だったのですが、先生なら分かるかもしれないと思い、1冊だけ持ってきましたわ。」
新しい、ということであればベアトリーチェの残したものだろうか。狐坂ワカモの反応もやや気になったが、一先ず本を受けとる。ポルタパシスに関しては、アリウスの生徒たちの許可を取って、再度調べる必要があるだろう。支配者がいなくなったのだから
「貴重な情報ですね。ありがとうございます。何か問題は起こりませんでしたか?」
「それが……うーん、すみません。わたくしも少し考えてみようと思いますので、申し訳ありませんが、後日またお話させていただいてもよろしいですか?」
「勿論です。いつでも結構ですので、連絡してきてください」
「はいっ♡」
彼女はまたいつものはっきりとした、それでいて少し潤んだような表情でこちらに返事をした。
そろそろ、帰るとしよう。救護騎士団も待っているはずだ。
それぞれに談笑していた生徒たち一同に話しかけ、バシリカを出るように促し、帰路へとつく。
私はその最後尾で、歌住サクラコと、霞沢ミユが隣に並んでいた。
「二人とも、お疲れさまでした。後方支援、そして護衛役ということで歯痒い思いをさせてしまったところもあったかもしれませんが」
この二人も、私という足手まといがいる中で良くやってくれていた。改めて考えると、私の采配に関してはともかく、皆、自分の役割は十分にこなしていたと言えるだろう。
「いえ、私は……こうして全員、一緒に帰れることが何よりだと思います。私たちだけでなく、アリウスの方たちも共に」
歌住サクラコはそう言って微笑んだ。
「わ、私もそう思います。それに、今日は……私にとってすごく意味のある日になったと思います。この作戦に参加できたことはきっと、次の作戦に活かすことが出来ると思うんです……なんて、す、すみません調子に乗ったこと言って……」
最後にいつもの様子に戻ってしまったが、彼女なりに前向きに捉えられているということであれば、これ以上私から言うことは無いだろう。
バシリカの出口が見えてくる。外で待っていたはずの梯スバルが、こちらを待ち構えるように立ってそこにいた。
タイミングよく、杠リツカも目を覚ましたようだ。聖園ミカが彼女を降ろし、背中を押す。
瞼をこすっていた彼女は、梯スバルに気付くと、わき目も振らずそちらに駆けていった。抱き着く杠リツカと、それを受け止める梯スバルも、どちらも泣き笑いの様子だった。
二人にも、聞かなければならないことが残っている。勿論それだけではない。調べなければならないことが多くあり、また、話をするべき相手も多くいる。しかしそれは、また後の話だ。
不可解な点や謎を多く残しつつも、こうして、アリウスの解放とベアトリーチェとの戦は、一旦の終わりを迎えたのだった。
次回からアリウス/トリニティ後日談編となります