梯スバルへの面会の後は、その足でトリニティ本校舎へと向かった。ティーパーティーとの打ち合わせがスケジュールされていたのだ。
主な内容は、保護されたアリウス生の対応に関する話だ。
あの日から数日が経ち、昨日からスクワッドのメンバーにも外出許可が出ており、この打ち合わせにはアリウス側の代表として、秤アツコも参加することになっていた。
本校舎近くの鉄道駅まで、彼女を迎えに行く。七度ユキノから、D.U.の駅まで送り届けたという連絡が来ており、丁度そろそろ到着する予定となっていた。
改札の外で待っていると、物珍しさそうに周りをみながら、ゆっくりと改札を通り抜ける、秤アツコの姿が確認できた。髪には今朝渡した真新しい髪留めがつけられている。まだアリウスの物が追加できておらず、予備として作成したシャーレのロゴの物だ。
「先生、お待たせ」
「無事到着しましたね、アツコさん。初めての鉄道はどうでしたか?」
前回シャーレへと彼女を移送した際には、救護騎士団の車両を利用していたため、彼女が鉄道を乗るのは初めてのことらしい。それ故に、行きは七度ユキノに送ってもらえるよう頼んでおいたのだ。
「うん。快適だったよ。それに、いろんな学校の生徒が乗ってた」
「ああ。特にD.U.周辺はそうでしょうね。学校の生徒もそれ以外の住民も様々な人が利用しています」
余程広い学区でない限り、学区内を鉄道で移動する機会は多くはない。鉄道利用客の多くは、別の学区へと移動する人物が殆どだ。
中でも、特定の学校の自治区ではない連邦生徒会直轄の都市部であるD.U.に繋がる鉄道は、最も様々な学校の生徒を見ることの出来る場所だろう。
「何だか、私も世界の仲間入りしたって感じがした。うん、楽しかった」
「それは何よりです。では、行きましょうか」
「うん」
秤アツコを連れて、本校舎へと向かう。時折、私の姿を知る者から挨拶をされる。思えばトリニティに来るのも結構な回数になっていた。
「スバルの様子はどうだった?」
道すがら、秤アツコは私が先ほどまで会っていた梯スバルのことについて尋ねた。
しかし、彼女について、どこまで話したものだろうか。そもそも、彼女は梯スバルのことをどう思っているのだろうか。先程の話を思い出す。
「気になりますか?」
「え? ……うん。それはね。そこまで距離が近かったわけではないけど。スバルはずっと、皆のことを守っていてくれたから。サッちゃんが私たちにとってのお姉ちゃんだった一方で、スバルは、きっと他の皆にとって、お母さんみたいな存在だったんじゃないかな」
「……なるほど」
彼女の言葉は、客観的な言い方にとどまった。しかしもう少し歩いた時、彼女はもう一度口を開いた。
「昔はね。サッちゃんが私を仲間に入れてくれる前は、スバルの周りのみんなのことが羨ましいと思ったこともあるんだ。スバルは私にも優しくしてくれていたけど……でも、あの先輩は、私のことを良く思っていなかったんじゃないかな。もしかしたら、今も、だけど」
そう言った彼女は表情こそ変わらなかったが、少なくとも梯スバルの事を嫌っている、ということは無いように思えた。
「そうですか……スバルさんですが、順調に回復してきているように見えました。退院する日も、きっと遠くは無いでしょう。そして……そうですね、多くの後輩に囲まれていて、確かに大人気でしたね」
「あははっ、それは凄く想像できる」
「まあ、ですから。彼女が退院した後でも構わないので、ゆっくり、話をしてみてはどうでしょう。これからは、誰に憚られる事もなく、話すことが出来るでしょうから」
お互いに蟠りが全くない、という訳ではないようだが、それは自然に解けるものだろう。
「あ……うん、そうしてみるね。……いつもありがとう、先生」
──
トリニティ本校舎に着いた。秤アツコの入校手続きを済ませ、いつもティーパーティーと会談を行っている場所へと向かう。私に関しては、毎度手続きを行うのが手間だろうということで、桐藤ナギサからティーパーティー名義で実質無期限の期間許可証を貰っていた。
「あっ、アツコちゃん! 先生! やほ!」
聖園ミカの溌溂とした声が、入室して早々に耳に届く。今日は3人の生徒会長は全員揃っているようだ。他の二人もこちらを見ている。
「お待ちしておりました、先生、アツコさん。今日はよろしくお願いします」
桐藤ナギサが立ち上がりいつも通り、丁寧に頭を下げた。
そして、百合園セイアは私たちの、というよりは、秤アツコのところまで歩いて近づいてくる。
「こうして会うのは初めてだね。トリニティの生徒会長の1人。サンクトゥス派の百合園セイアだよ。あまり表に立つことは無いが、君もアリウスの代表になるということであれば、今後は会う機会も増えるだろう。よろしく頼む」
百合園セイアはそう言って腕を伸ばし少々長すぎる袖から僅かに指の出る手を差し出す。
「あ……うん。代表になるのかはまだ分からないけど、よろしくお願いします」
秤アツコは素直に手を取った。百合園セイアは彼女を見上げて微笑むと手を離して席へと戻った。
私たちも用意されていた席に着く。
「さて、今日は色々とお話をお聞きしたいところではありますが、まずはアツコさんが初めてここに来られた記念に、トリニティ流のティータイムでおもてなしさせていただきたいと思います」
桐藤ナギサがそう言って秤アツコに微笑みかける。秤アツコがおずおずと頷くのを見て、桐藤ナギサが鈴を鳴らす。
すぐに、ティーパーティーの制服を着た、緊張した様子の生徒が一人現れた。そしてそのすぐ後ろに、背中を押すように、笑顔の生徒が二人、入ってくる。彼女たちはそれぞれ、紅茶を入れるためのポットや、ティーカップや皿、スリーティアーズと呼ばれる独特なケーキスタンドを運んできたようだ。
今までは、私が来たときにこういった席で紅茶の準備をするのも、桐藤ナギサがやっていることが多かった。それだけ、機密性の高い話をすることが多かったのもあるが、今回わざわざこの生徒たちに用意させているのには、理由があるのだろう。恐らくは……
「もしかして、彼女達は皆さんの後継者候補、とかでしょうか?」
準備を丁寧に終わらせた3人が退出したのを見て尋ねる。
「あら、お分かりになりましたか?」
桐藤ナギサは、悪戯がバレた、というように舌を出して笑った。
「もっとも、決定ではないのですが。私たち3人も、先代の生徒会長が大事なお客様がいらっしゃったときに、同じように呼ばれたことがあるんですよ? トリニティの伝統の一つになっている、というのは、正式に決まったときにそう言われたので、その時は知りませんでしたが」
懐かしむ彼女の様子からすると、けして悪い思い出ではないというのが分かる。その後の彼女たちには紆余曲折があった訳だが、過去を懐かしむ余裕が出来た、ということだろう。
「あの時のナギちゃん、ガッチガチだったよね。あの子達も緊張してるみたいだったけど、ナギちゃんのは手の震えが食器にまで伝わっててカチャカチャいってたもん」
「そ、そこまでではなかったでしょう?」
聖園ミカが茶々を入れ、桐藤ナギサが抗議して口をとがらせる。
「いや、今回ばかりはミカが正しいよ。私はそれを見て笑いを堪えているミカが粗相をやらかさないか気が気で無かったからね。よく覚えているよ」
「セイアさんまで!? ……こほん、失礼しました。あ、アツコさん? ほら、呆れられてしまったではないですか!?」
百合園セイアにも補足された彼女の言う通り、秤アツコは呆気にとられたような表情で桐藤ナギサを見ていた。
「あ、ううん。そうじゃなくて……仲、良いんだなって思って。……ごめんなさい、失礼なこと言ったかも」
秤アツコは勿論、呆れて彼女たちを見ていた訳ではないようだ。そう言われた3人は顔を見合わせる。
「あ、あはは……サオリとかには
聖園ミカはそう言って、少々気まずそうに百合園セイアを見る。
「確かに、あったね。だが、そのいずれも私たちには必要だったことなのかもしれない。少なくとも、今の方が、あの時よりもずっとお互いの事を理解した、と思っているよ」
百合園セイアが後を引き受けてそう続けた。聖園ミカはほっとしたように何度も頷いた。
「ともかく、深い意味はありませんが、もしあの子達が次代の代表になった場合には、先生や、アツコさんとも長く付き合うことになるでしょうから、その時はよろしくお願いしますね?」
「……うん、分かった」
「ええ、その時私がまだ同じ立場で入れば、そういうこともあるでしょう」
この状態がいつまで続くのかも私にはわからなかったが、一つ言えるのは、彼女達が台替わりしても、トリニティは、キヴォトスは続いていくだろうということだ。
そして、桐藤ナギサが主催の茶会の後、アリウスについての話し合いが始まった。