あまり長い時間でもなかったが、時間に押されることのない、ゆっくりとしたティータイムが終わる。
話題も政治的な内容は避けられ、トリニティの流行や行事の話、趣味の話など、明るい話題に終始していた。
トリニティ、つまり、秤アツコにとってつい数か月前まで立場上明確に敵であった学校の、それも生徒会長3人に囲まれていたので仕方ないが、最初は珍しく緊張していた彼女も、
その気遣いに触れて徐々に自分のこと、アリウスの他の生徒のことや、今興味のあることなどを自ら話すようになっていた。
そして紅茶の御代わりが用意されたころ、さて、と桐藤ナギサが切り出した。
「さて、そろそろ、少し真面目な話をいたしましょうか」
彼女は雑談をしていた時と同様に柔和な微笑みを浮かべたままそう言う。
「うん」
秤アツコは少し姿勢を正して、一言頷いた。
「まずは、現状の再確認をしますので、何か間違いがあれば、仰ってください」
桐藤ナギサが、用意していた資料を取り出して話し始める。
事前に渡されていたもので、秤アツコにも渡しており、私も一通り目を通してはいる。
「ミカさんがクーデターを起こした日、エデン条約の調印式の日の2回でアリウスの皆さんの内、大半がトリニティにより確保、保護されました。アツコさんもこのときでしたね」
「あれはもう
聖園ミカが微妙に文句がありそうに言っているが、そうするのが最もわかりやすいので、全員
「そして、その後別個で4名保護されています。最後に、シャーレ主導によるアリウスへの突入作戦が決行され、残りの生徒全員が保護されました。これにより、アリウスにいた全生徒が保護されたことになります」
「全員……結構大変だったんじゃない?」
秤アツコが尋ねる。
「そうですね……私たちの手元には具体的な名簿が無かった上に、保護した後は人数や健康状態から、複数の場所に分かれてもらっていたため、聞き取りに苦労しました。ですがどうにか全員揃っていることが確認できました。最終的に、スバルさんにも作成した名簿をチェックしていただいたのですが、間違いない、とのことでした。アツコさんもよろしければ確認していただけますか?」
桐藤ナギサはそう返答し、もらった資料には無かった名簿を秤アツコに見せる。
中には現在のアリウスの全生徒と目される名簿が並んでおり、現在の滞在場所などが記されていた。アリウスの生徒は多くは無いとは言え、流石に数十人というような規模ではない。良くこの短期間でまとめたものだ。
「うん……ありがとう。人数は間違っていないと思うから、後でしっかり確認させてもらうね」
「はい、よろしくお願いします」
これで、前提の共有が終わったことになる。現状はこの通りだ。アリウスとして、今後どうするか、というのが今日の打ち合わせの本題だった。
「さて、トリニティとしては、アリウスの生徒全員がもし全員トリニティに編入することになったとしても、それを受け入れるだけの体制を作ることは可能です。もちろん、今すぐ全員が突然転入してくる、というのは難しく、多少お時間をいただくことになるとは思いますが」
桐藤ナギサも本題に入る。秤アツコはやや複雑な表情をしているが、彼女の言っているのは提案ではなく、実現可能範囲の説明だ。実際のところどうするのか、という点については、結局アリウスの生徒たちで決める必要がある。
「では、私からはシャーレとしての立場から何が可能なのか、という点と連邦生徒会に何を要請できるのか、という話をさせていただきましょうか」
今回の私の役割はこれだった。秤アツコに話すだけであれば、シャーレでしても良いのだが、可能な限り先入観を無くすために、このタイミングで伝えることにしたのだ。
「え、連邦生徒会?」
意外そうな声で尋ねられる。アリウスは当然ながら連邦生徒会に加盟していない。幾つか超えるべきハードルがあるのだが。
「ええ。まあそこまで期待をかけるものではありませんが。まずはシャーレと、私に与えられた権限でできることからにしましょう。」
「う、うん」
秤アツコは何故か少し緊張しているようだ。逆に、ティーパーティーの3人に対しては事前に共有済みであるため、落ち着いてこちらを見ている。
「シャーレとしては、アリウスの復興に際し、各校への協力を要請することが基本となります。今のところあくまで私の個人的に連絡できる範囲内で相談しただけですが、現時点で、トリニティが第一ですが、ミレニアムからも学校として正式に支援する用意があるとの連絡をいただいています」
ミレニアムに関しては、調月リオではなく、早瀬ユウカからの連絡ではあるが、信頼できるものだろう。先日調月リオから何か一方的に連絡が来たと愚痴を言っていたのを思い出す。
「ゲヘナからも非公式ながら、連絡がありました。その他、個人的なボランティアレベルで手助けを申し出てくれている生徒もいます。それと、SRT特殊学園もこれに加えて良いでしょうね。クロノスからも条件付きで連絡が来ていますが、これは慎重に検討した方が良いでしょうね。」
「そ、そんなにあるんだね……」
秤アツコが少し引いている様子だが、これはあくまで個人的なコネクションで呼びかけた分に過ぎない。
「金銭的な支援ができるのはトリニティとミレニアムくらいだと思いますけどね、受け入れるかどうかはともかく。どちらかというと技術支援や機材、労働力を借りることが出来る程度に思っていた方が良いでしょう。それから、連邦生徒会についてですが……」
不知火カヤが、連邦生徒会の幹部と非公式な協議を行って確認した資料を見る。実際、そういった根回しにおいては不知火カヤ以上に適任と言える人物はどこにもいないだろう。
「たとえ、支援が前提であったとしても、アリウスが連邦生徒会に加盟すること自体は問題ない、ということです。加盟の条件についてはいくつかありますが……」
「待って、ちょっと待ってね、先生」
何か気になることがあったようで、秤アツコに制止される。
「どうかしましたか」
「アリウスが、連邦生徒会に加盟するの?」
「そういう選択肢もあるという話です。もしアリウスを学校として独立させる気があるなら、加盟しておいた方が良いでしょうね。デメリットが全くない、とは言いませんが」
もっとも、影響力はやや失いつつあるのだが、
「そっか……うん、考えたことも無かったから、戸惑っちゃった」
「成程、配慮が足りませんでしたね。続きを話します。加盟の条件についてでしたね。学校としての実態、拠点となる校舎があること。自治区あるいは、それに類する空間を持っている事……これらに関しては問題ありませんね」
自治区に関しては、共同所有や借用地でも問題ないとされているが、アリウスの場合は関係のない話だ。
「決めなければならないのは生徒会組織の名前と代表者、教育課程などですね。一応学校としての運用が可能でなければなりませんので」
私塾や、学校機関でない私企業が簡単に加盟することは出来ないようなルールになっている。学校としての空間はあってもその体を為していなかったアリウスは、そういったところの整備がとりあえずの課題となる。
「そして加盟することが出来れば、金銭的な援助、まあ、借金ではあるのですが、等も受けられるようになります。まあ、そんなところですかね……。加盟校側からアクションを掛けない限りは何かしてくれることはあまりない組織ですが、幹部の一人がシャーレに常駐していますので、相談に乗ることは出来ます」
「あ、カヤさんのことだよね、お話したことあるよ」
見たことの無い組み合わせだが、どんな話をしたのか気にならないこともない。
「さて、という訳で、私から提案できるのはこういった話ですね。結局のところ、どうやって支援を引っ張るか、という話に終始してしまいましたが……。何度も言う通り、選択するのは皆さんです。もちろん、全員同じ道を選ぶ必要も無いと思います」
ティーパーティーの3人も揃って頷いた。トリニティとしては受け入れ体制も作ることができるが、もしそうならなかったとしても協力する気がある、ということだ。
例えば医療技術を学ぶのであれば救護騎士団でこのまま学び続ける、という選択を取るのも良いだろう。杠リツカのように、既に未来を見据えている生徒もいる。
秤アツコは、この場にいる者の顔を順番に見て、自分の話す言葉を考えているようだ。彼女の言葉を待つ。
「……先生、ナギサさん。ありがとう。私たちのために、ここまで考えてくれて。実際、私たちだけではどうにもならないことが沢山あるから、こうして支援してくれるというのは本当に助かるんだけど……、ナギサさん、一つ、聞いても良い?」
「はい、何でしょう」
桐藤ナギサは頷く。
「ナギサさんは、ミカさんやセイアさんも……トリニティはどうして、私たちに対してそこまでしてくれるのかな? 私たち、正直言ってあなた達に攻撃しかしてこなかったと思うから。あ、怪しんでいる訳じゃなくて、その……返せるものがあるわけじゃないし、どうしようって考えちゃって」
秤アツコは、不安を顔ににじませながら、そう尋ねた。