秤アツコの質問に対し、桐藤ナギサに動揺は無かった。
「お答えする前に、これから話すことは私の考えである、ということを念頭に置いてください。ミカさんやセイアさんも、私とは違う考えを持っていると思いますので、順番に聞いてください」
「え?」
黙って見守っていたところで、突然話を振られた聖園ミカが声を挙げるが、桐藤ナギサは構わずに話を始める。
「まずそうですね。……一番、話したくない部分からお話ししましょうか。セイアさんが襲撃にあい、殺害されたと聞いた時、最初は信じられない気持ちでしたが、それから、セイアさんから秘密裡に生存を知らせる連絡があるまでの間に、私は様々なことを考え、様々な感情が心の中を渦巻きました」
彼女が話したのは、百合園セイアが襲撃された時の話からだった。
「もちろん、悲しみもありましたが、それ以上に恐怖が強かったです。次は私か、ミカさんが襲われると考えましたから、何としてでもそれだけは防がないといけない。そう考えて手を打とうとしましたし、今思えば、強引に進めようとしていた気がします。……ですが、それだけでもありません」
秤アツコは、桐藤ナギサの、当事者の話を真剣に聞いていた。
「私はあの時、
「それらの負の感情に囚われ切ってしまう前に、セイアさんからの生存報告があったので、冷静になることが出来ました。それでも、実際にそれが実行されかけていたことに関して、何とも思っていない、という訳ではありません」
それは、あまりに当然の話である。友人が、別の友人に危害を加える道具にされかけていたことに何の感慨も持たない程、桐藤ナギサは冷淡な人間ではない。
「うん。それは、そうだと思う」
そう答えた秤アツコも、それは理解しているからこそ、疑問なのだろう。
「ですが……私は、命令に従わなければ殺される、という世界を経験したことがありません。無関係な誰かを殺さなければ、大切な人を殺されるかもしれない、という状況に追い込まれたこともありません。食べるものに事欠くような生活すら送ったことはありません」
桐藤ナギサが、話を切り替える。それが彼女の理由の根幹にあたるものなのだろう。
「あなたたちの事を知ろうとして、アリウスの何人かの生徒たちとお話をしました。単に『
「……」
「だからこそ、私たちは、理解しあわなければならない、そう思ったんです。そのために、アリウスの生徒たちが不自由なく学校生活を送れる状態になることは、不可欠だと思っています」
桐藤ナギサはそこで一度言葉を切った。秤アツコは、納得したとは言いづらい表情で、まだ官女を見ていた。
「それと……こちらはきっと、アリウスにとって自分勝手な話なのですが、贖罪の意味もあります」
「贖罪……? それはトリニティから、アリウスへの、ということ?」
秤アツコの疑問に、桐藤ナギサは頷く。
「ええ、と言っても、私はまだ、トリニティとアリウスに、一体何があったのかということについて詳しく知りません。当時のことについて、一方的にどちらかが悪かったのか、それともお互いの妥協できない点がぶつかりあって、やむを得ず袂を分ってしまったのか、それは一冊の歴史書を読んで理解できるようなことではないと思います」
「うん」
トリニティとアリウス、双方に歴史書があり、見比べれば相当に矛盾点があるのは想像に難くない。どんなに公平に作ろうとしても、歴史書には制作者の解釈が挟まるものだ。
「ですが、一つだけ言えることがあります。それは、私たちは、決してアリウスのことを忘れてはいけなかった、ということです。どんな理由であっても、かつては同胞として存在していたアリウスのことを、ただの歴史上の存在にしてしまったのは大きな間違いでした」
「……」
「もし、私たちがアリウスのことを忘れていなければ、もっと早く、10年前、50年前、100年前にはきっと、和解する道があったと思うのです。それがトリニティの罪であり、贖罪すべき理由だと私は考えています。あくまで私の考えですが、回答としては、こうなります」
桐藤ナギサはそう言って、秤アツコに頭を下げた。
「そ……っか。凄く……うん、何ていえばいいんだろう……」
秤アツコは言葉に詰まっているようだった。桐藤ナギサの言葉に、心を動かされているのが伝わってくる。
「……素直に、嬉しい。私たちを対等に見てくれていて、その上で、私たちに謝りたい、私たちの事を支援したい、と言ってくれているんだなって。ありがとう、ナギサさん」
それでも、秤アツコは彼女なりに言葉を形作り、桐藤ナギサに伝えて、同じように頭を下げた。
「お礼を言われるようなことでは……いえ、やはり、受け取りますね。私の考えが、ちゃんと伝わった、ということですから」
桐藤ナギサがそう言うと、2人は偶然にも同じタイミングで顔を上げ、それが面白かったのか、2人して笑いあった。
「さて、次はミカさんの番ですよ」
ひとしきり笑い合った後、予定通り桐藤ナギサは聖園ミカに話を振った。
「え、一件落着って感じだったじゃん。いる? 私の考え」
聖園ミカが目を逸らす。考えが無いとは思えないが、改まって話すのが苦手だ、と前に言っていた。そういうことだろう。
「聞かせてくれたら嬉しいな」
「う……」
これまでの経験上年上に効果的と思われる秤アツコの視線が、彼女に刺さる。結局、彼女は照れるようにしながら話し始めた。
「私は正直、ナギちゃんほど深く考えてなくてさ。折角、こうやって仲直りできそうなんだから、困っているなら助けてあげたいなっていうだけなんだよね。ほら、困ったときは、お互い様っていうでしょ。それに、トリニティとアリウスは、何ていうか、親戚みたいなものでしょ?」
彼女の発言は、素直な善性の発露だった。困っている人がいれば助けましょうなどということを、素直に理由として挙げられるのは美徳と言って良いだろう。
「それに、そのー……流石に、一応アリウスにももめちゃくちゃ迷惑をかけた自覚はあるので、あはは……」
聖園ミカが苦笑する。
「まあ、アリウスが後手に回り始めたのは殆どミカの行動によって相当振り回された結果、ともいえるからね」
黙って聞いていた百合園セイアがついに口を挟んだ。
「セイアちゃん?」
「うん、それはそうかも」
当事者である秤アツコも同意する。
「では、次はセイアさんはどうですか?」
桐藤ナギサが、最後の順番である百合園セイアに話を振る。
「え? 私のあれで終わり!?」
「何かそれ以上話すことあるのですか?」
「えーと…… はい、あれで終わりで良いです」
聖園ミカが抗議したが、桐藤ナギサに指摘されすごすごと引き下がった。
実際のところ、彼女は立場的にトリニティのそう言った決定に口を出すのは難しいだろう。
それに加えて
「多分、純粋に厚意からなのかな、っていう理解なんだけど」
秤アツコも理解しているとおり、彼女が最初に言った言葉が単純に真実なのだろう。
「う、うん。じゃあ、セイアちゃんお願いします」
聖園ミカがそう言うと、百合園セイアに視線が集中する。
「ふむ……私からはそうだね。端的に言おうか。アリウスが復興することが、私たちにとっても新たな可能性を広げるきっかけになりそうだと思ったからだよ。それに……アズサが、君たちが、先生が、私に見せてくれた、見たことの無い世界に対する感謝、と言えるかもしれない」
「……どういうこと?」
百合園セイアの言葉は、彼女の事情を深く知っていないと分からないものだろう。
「まあ、それはおいおいと、というところかな。言ってしまえば、私は個人的な理由と感謝の意志で、この提案に賛同している、と思ってくれれば良い」
「う、うん。分かった」
秤アツコは、百合園セイアの言い回しになれていないためか、やや押され気味に頷いた。
「もう、セイアちゃんも結局いつも通り訳わかんない事いってはぐらかしてるだけじゃん」
「そう聞えたのだとしたら、後で君にも分かるようにたっぷりと語ってあげようじゃないか」
そしてゲストを余所に、いつものように言い合いを始めた二人を見て、桐藤ナギサが小さな溜息をつき、改めて口を開いた。
「まあ、この二人は置いておきましょう。私たちティーパーティーの意見としてはこのようなところです。ご納得いただけましたか?」
「……うん。まだ理解しきれているか分からないところはあるけど、それでも、少しは気持ちを理解できた、と思う。それで……どうするか、ということなんだけど」
「ええ、それは持ち帰って相談されるのでしょう?」
「うん。そうさせてもらえたら、ありがたいな」
秤アツコの言葉に、桐藤ナギサは、勿論です。と頷いた。
そして、その後、延長時間に入るようにまたいくらかの雑談をして、その日は解散となった。
秤アツコと二人で、シャーレへと戻る。
帰りながら、彼女はあまり喋らず。何かを考えている様子だった。
それは恐らく、アリウスのこれからについてのことだろう。彼女たちがどういう選択をするのか、それは分からないが、少なくとも誰かに決められる者でなくなったことだけは、間違いが無かった。