トリニティでティーパーティーと秤アツコを交えた打ち合わせのあった日、シャーレに戻った私は夜になって再び、外出をしていた。
目的は、狐坂ワカモと会うためだ。
アリウスへと突入した日、彼女には単独行動をしてもらっていた。その時のことを報告してもらうという名目ではあるが、そのためにわざわざ外出をしているのは、彼女の意向であった。
というのも、これは狐坂ワカモから、あの日の件の謝礼として要求されたものだったのだ。
彼女の立場上、同行に関して連邦生徒会の一組織としてのシャーレでは、彼女に正式な協力を依頼することはできず、個人的な連絡として彼女に頼ったという経緯がある。
当初彼女は謝礼の一切を断ってきたが、何か要望はないかと改めて尋ねると、D.U.にあるとある店に行ってみたく、そこで報告がしたい、という返事があった。
調べると、ある程度名のあり、評判も良い料亭であったので、私は了承した。一介の学生が行くにはやや高級であり、
「お待ちしておりましたわ♡ 先生っ!」
店の近くの待ち合わせ場所に到着すると、すでに狐坂ワカモが待っていた。見慣れてきた黒の狐面を手にしていたが、今日はいつもの黒基調ではなく、デザインは似ているが白基調の服を着ていた。
「お待たせして申し訳ありません」
「!! い、いえ、いらしていただいただけでわたくしは……はっ」
私の謝罪に大げさなリアクションを取り否定していた彼女は、突然何かに気づいたように固まった。相変わらず彼女の情緒の変化は理解できないことが多いが……
「今の、もう一度言っていただけますか?」
「はあ……お待たせして申し訳ありません?」
とはいえ、今日は彼女への謝礼も兼ねている。意味は分からなかったが、素直に従った。
「いえ、わたくしも今来たところです!」
「……」
「……♡」
先ほどは待っていたと言っていたはずだが……酩酊状態の可能性があるのだろうか。とは言え酒気は感じなかった。気にしても仕方ないだろう。
「……行きましょうか」
「はい♡」
やはり言動に謎は多かったが、とりあえず満足したようだ。
彼女が指定した店は、料亭と言われるもので、キヴォトスで言えば百鬼夜行自治区に多く見られるタイプの店だ。
客席はそれぞれ個室になっており、防音性能も高く、仕事の話をするのにも向いている。そういったところまで気にしていたのだろうか。恐らくそうだろう。
彼女は、多少奇行に走る点と、破壊衝動があるところ以外は如才のない少女と認識している。
そして今は、純粋にこの店や出てくる料理を楽しんでいるようだった。
──
「まあ、それでは、セイアちゃんと会われていたんですね。わたくしはあれから会えていないので、少し羨ましいですわ」
話が今日の出来事になり、トリニティでティーパーティーと打ち合わせをしたことに及ぶと、狐坂ワカモはそう言った。
百合園セイアは、何故か彼女が執着している人物のひとりであり、そして今では互いに友人同士である。
「アリウスのことも片付く目途がつきましたし、また、預言者同盟で集まるのもいいですね。共有したい内容も増えましたし……」
「それは大変良いお考えですわ! セイアちゃんや、アリスさんにもお会いしたいです。実は、わたくしもアリウスで奇妙な書庫を調べていた時、あの時の先生のお話を思い出したのです」
私が提案すると彼女はすぐに賛同し、そして、気になることを口にした。
「そうですか。では、その話も含めて、そろそろあの日のことを教えていただけますか」
「はい♡ ……といっても、前にも申し上げましたが、わたくしに起こったことも、あの部屋のこともよくわからないものなのですが」
狐坂ワカモがそう言って申し訳なさそうにする。しかし無事に合流し、情報を持ってきてくれただけで、十分すぎる成果だ。
「大丈夫です。ワカモさんの見た、感じたことをそのままお伝えください」
「はい。では、お話しますね」
私の言葉に従って、狐坂ワカモが話し始める。
「ひとりで動き始めてから、わたくしはアリウスの方が言っていた禁足地、というものを探しました。幸い、それはすぐに見つかりました。まともに施錠もしていない建物だらけの中で、一つだけ封鎖されていましたから、隠す気は無かったのだと思いますけれど」
梯スバルも、ポルタパシスの存在自体を隠そうとはしていなかったことを思い出す。
「何があるのかと思いながら進みましたが、まあ想像通り、書庫になっていました。こういうものは大体宗教的な禁忌が収まっているか、都合の悪い書籍が保管されているか、というのが定番ですので」
「書庫ですか。歴史書のようなもの、と言っていましたね」
アリウスの禁足地に封印された歴史書。内容は気になるところだが……
「ええ、わたくしも最初はそのような物だと思っていくつか読んでみたのですけれど……」
「そういえば、歴史書紛いの物、とこの間は言っていましたね。どうしてそう思われたのですか?」
難しい表情をする狐坂ワカモに尋ねる。
「わたくしも歴史書に詳しいわけではございません。ですが、あれはあまりに……一方的というか、同じことを何度も繰り返し書いていましたし、同じ書籍の中でさえ矛盾が、たくさんあるようなもので。そのうえ、書いた方の怨嗟の言葉でページが埋まっていたり、都合のよすぎる小説のようなものが書かれていたりと、とても読みにくいものでしたの」
「成程……確かにそれは、歴史書、とは認められないかもしれませんね」
恐らくまともな歴史家が残したものではなく、そもそも当時の出来事を実際に見たことの無い者が書いた可能性さえあるのだろう。
「ええ、それと、奇妙なことがありまして。その資料がそんな体たらくでしたもので、すぐに読むのを止めようと思ったのですが、何故か読むのを止めることが出来なかったのです」
「それは……内容に引き込まれた、という訳ではないのですよね?」
口調から比喩表現であるとは思えなかったが、そう尋ねる。
「はい。わたくしの感想は先ほど申し上げた通りですので。それに加えて、おかしな声が聞こえるようになりまして」
「変な声、ですか?」
彼女の言う事が本当にあれば、明らかに異常なことが起きていた、ということになる。
「ええ、そうです。直接脳に語り掛けるような感じで、
「ふむ……それに釣られそうになったり、ワカモさん自身の感情に何か影響は無かったのですか?」
それが、意図して作られたものなのかは不明だがその本は明らかに異常性を持っていた、ということだ。
「はい! 先生のお言葉でもないのに、わたくしが惑わされることなどありえませんわ」
理屈は全く分からないが、相当自信がありそうなので、恐らく信じていいのだろう。
「それは、非常に頼もしい言葉ですね」
「そんな! ♡♡ それこそ勿体ないお言葉ですわ♡」
しかし、話が終わっていないのに褒めるのは控えめにしなければならないかもしれない。
彼女が照れてしまい暫く話が停滞してしまった。
──
「し、失礼しました……それで、気味が悪いので本から手を引き剥がしたのです。そうすると声も聞こえなくなったので、その書架を離れて、もう少し中を確認したのです。すると、ある机に乗っていた本、というよりノートですわ。それだけ、比較的新しいものだったのです。その机には、普通のボールペンなども置いていましたので、明らかに、最近まで使用されていた物でした。そこに積まれた本は、恐らく、その人物が記した物、なのですが……」
「そちらも、奇妙なものだったと?」
「いえ、変な現象は起こらなかったのですが、内容が支離滅裂というか……一冊、お渡ししたものは読まれましたか?」
「ええ。一通りは恐らく、ベアトリーチェの残した研究資料だと思いましたが……」
生徒たちに対する洗脳教育の方法などについて纏められた資料と思われた。情緒不安定な日記のようになっている部分もあったが、その辺りは詳しく読み込んではいない。
「ええ、どれも同じようなものではあるのですが、それが最もマシなもので、それ以外はもっと情緒不安定で、支離滅裂な物ばかりでしたの。特に一番新しい物は、途中からとても正気の人物が書いたように見えませんでした……」
「そうですか……それらの本はどうしたのですか?」
「そのまま置いてきましたわ。あまり多く持ち出すのもよろしくないと思いましたので」
そういうことであれば、アリウスに正式に許可をとり、回収するべきだろう。歴史書はともかく、ベアトリーチェの残した資料の方は、私個人としても非常に興味がある。
「ありがとうございます。それで一冊だけ持ってきていただいたのですね?」
「ええ。その後は、先生と合流したので、私が一人で動いた話はここまで、ということになりますわね」
そして、狐坂ワカモの話はこれで終わりのようだ。ポルタパシスの調査は、迅速に手を付けるべきだろう。
「さて、ご報告ありがとうございます。本当に謝礼はこの店に来ることだけで良かったのですか」
「はい♡ 先生とこのような場所でお食事できただけで、わたくし、もう悔いが無いと言っても過言ではありません」
「私に悔いが残るので、余り危険なことはなさらないでくださいね」
「はい!! ♡♡♡」
最後の最後に再び暫く会話が出来なくなったので、狐坂ワカモを連れて店を出た。
別れ際、どうにか正気を取り戻した彼女は
「それでは、またの機会をお待ちしておりすわ♡」
と言って去っていった。と思ったが、こちらを何度も見返して、私がシャーレへと帰るのを眺めているようだった。
預言者同盟で話をするためにも、一度考察を深めておくべきだろう。狐坂ワカモの視線を感じながら、私はそう考えていた。
黒服とワカモがデートする話を書いていると気づいた時、ふと我に返りそうになりました。