狐坂ワカモの報告から数日後、私は再びトリニティに来ていた。目的の場所は古聖堂跡地。そこで、アリウスへと赴く前にある人物と待ち合わせをしていた。
「おはようございます、先生。今日は良い天気ですね」
シスターフッドの歌住サクラコ。アリウスでの、ポルタパシスとバシリカでの調査においては、彼女達の力を助けに借りたいと思い、人材を依頼していたのだ。結局、彼女自身が来てくれることになったようだ。
そしてもう一人、以前会ったことのある別のシスターも来ていた。
「おはようございます。今日はシスターサクラコの助手として同行させていただきます。よ、よろしくお願いします」
名前は確か、
「おはようございます。サクラコさん。マリーさん。今日はありがとうございます」
「いえ。私どもも、アリウスの聖堂については気になっておりましたので、先生が調査の交渉をしていただき、大変助かりました」
歌住サクラコはあの人工天使、グレゴリオを倒したときも、その存在が気になっているようだった。シスターフッドの長として、関わりの深そうな事物には興味があるのだろう。
「それと、マリーは1年生ですが、こういうことも経験と思い、連れて参りました。こう見えて信仰に篤く、優秀な後輩ですので、よろしくお願いします」
シスターサクラコが改めて伊落マリーの方に手を広げる。伊落マリーはそれを見て再度頭を下げた。
「こちらこそよろしくお願いします。それにしても、この辺りも随分片付いたようですね」
瓦礫の山になっていた古聖堂跡地は、今では瓦礫は殆どない更地となっていた。
いくつか残された通路跡やカタコンベの入口の周りのみ、区分けされているような状態だ。再建の開始に向けて、準備が進められているようだ。
「はい、借り受けた重機にとても助けられました。ミレニアムの皆さんと先生には皆、とても感謝していました」
ティーパーティーからの要請を受け、シャーレを通してミレニアムに協力を依頼した件だ。エンジニア部が張り切りすぎないか、と早瀬ユウカが心配していたが十分に貢献していたようだ。
「そうですか。では、私の方からもミレニアムの方へはそう伝えておきましょう」
「はい、ありがとうございます。それでは、行きましょうか。カタコンベからアリウスへと繋がる道を再度開放し、道の整備も進められているので、先日よりは歩きやすくなっているはずです。ご案内しますね」
そう言った歌住サクラコの案内で、アリウスの道を進み始める。彼女の言った通り、臨時で電灯がつけられているようで、以前よりも道を進むのは遥かに楽になっていた。
「ここが……アリウス……」
伊落マリーが呟く。
到着したアリウスは相変わらず人気が少なかったが、トリニティの生徒や、アリウスの生徒でも初期の方に保護された体力のある生徒たちが復興に向けた活動を既に始めているため、以前よりも多少は活気が感じられた。
「初めはどちらに行かれますか? 先生」
歌住サクラコに尋ねられる。前回梯スバルに教えてもらったバシリカへの近道、それはポルタパシスの近くにあった。危険があるかもしれないが、ポルタパシスから先に確認した方が効率は良いだろう。
「では、ポルタパシスの方へと行きましょう」
私がそう言うと、2人は頷いた。
「あの……一つご質問よろしいですか?」
ポルタパシスへと向かう途中、伊落マリーから尋ねられる。
「どのような内容ですか?」
「その、ポルタパシス? というのは、どのような場所なのでしょう」
その質問は、ある意味気になって当然の質問だった。私もそこまで詳しいわけでは無いが、知っている話を伝える。
「ああ、説明をしていませんでしたね。『
「そうなんですね、それは素晴らしいものだと思います。……ですが、どうしてそのような場所が禁足地に?」
伊落マリーはそれを聞いて嬉しそうにしたが、すぐにまた疑問が生まれたようだ。
「禁足地になった最終的な原因は書庫となっていたこの場所を、情報統制のために封鎖した支配者がいた、という事のようです。ただ、直接の関係はありませんが、この『平和の門』はアリウスでの内戦が最初に起こったきっかけとなった、とも言われています。つまるところ、トリニティとの和解を求めていない者もいた、ということです」
平和の象徴のためのものが争いの火種になるというのはよくあることだ。
「そんな……そうなんですね」
しかし伊落マリーはそれを聞いて悲しそうに俯いた。
「それでも、
多くの施設が内戦などの影響で破壊され、廃墟となっているアリウスにあって、この遺跡とバシリカは、形を保って残っていた。それにも、恐らく何かしらの意味はあるのだろう。
「……! はい、そうですよね。先生。ありがとうございます」
気休めではあったが、伊落マリーもまた、気を取り直すことが出来たようだ。歌住サクラコが密かにこちらを向き、礼をするように小さく頭を下げた。
──
ポルタパシスに到着し、地下にある書庫へと入る。薄暗い室内には多くの書籍があり、いくつか置かれた読書用の机の上には、確かに狐坂ワカモの言う通り、他の書籍とは異なる新しいノートが積まれていた。
「……この場所。確かに良くないものが蓄積しているようです。残留思念、というものでしょうか。本一冊一冊に、強い想いが込められているようです。それも、きっと、怒りや憎しみといった、負の想いが」
慎重に書架を確認していた歌住サクラコが、そう言った。
「準備をしておいて良かったです。マリー、サポートをお願いします」
「は、はい」
彼女たちは簡易的な儀式を用いて、その残留思念を浄化するつもりのようだ。
「
そう言って、歴史書の一冊を手に取る。
「え? せ、先生?」
歌住サクラコが戸惑っている内に、中身を確認する。狐坂ワカモの言っていた声、というものが私にも聞こえるかと思ったが、私には特にそういったものは聞こえなかった。
内容は、一応歴史書の体を為してはいるようだったが。
「ああ、すみません。少し気になりまして」
本を元の場所に戻し、歌住サクラコに告げる。歌住サクラコは何やら震えていた。
「……気になりまして、ではありませんよ、先生! 何かおかしいところはありませんか!?」
歌住サクラコが大声で言う。恐らくこういう反応になるだろうとは思っていたが。
「ええ、変わったことは何も」
「先生のお立場から、本の事が気になるのは分かりますが、先生の身に何かあってからでは遅いのです。私たちを連れて来た意味がないではありませんか!」
至極当然な意見だ。彼女を怒らせてしまったようだ。伊落マリーも不安そうな目でこちらを見ている。
「申し訳ありません。迂闊な行為でした」
改めて謝罪すると、歌住サクラコは私の腕を取って、書庫の入口に立たせ
「すみませんが、先生はこちらで待っていてください。何かあれば私たちの事は気にせず、すぐに避難してください」
と言った。全く信用されていない。素直に従うが。
そして二人は、浄化作業を進め始めた。一つ一つの工程に関して、知識としてある程度理解は出来たが、実際にそれを行っているのは見るのは初めてのことだ。
それぞれの書架に対し、何度か同じ行動、浄化を繰り返し、待つこと数十分。2人のシスターによるこの場所の浄化は終わった。
「お待たせしました。先程まで感じていた不穏な空気はかなり収まりました。本はどうされますか? お持ち帰りになるのであれば、個別で確認いたします」
儀式を終わらせた歌住サクラコに尋ねられる。彼女は殆どいつも通りだったが、慣れていないと思われる伊落マリーは少し疲れているようだった。
「そうですね……歴史書の類は、アリウスやティーパーティーの方と相談してから、になるでしょうね。こちらのノートはどうですか?」
ベアトリーチェの残したと思われるノートを指す。
「これは……そうですね。こちらは問題が無いと思います」
彼女のその言葉を聞き、詰まれていたノートを回収した。内容の確認はシャーレに戻ってからにするべきだろう。
「ありがとうございます。では、次はバシリカへと行きましょうか。マリーさん。大丈夫ですか?」
「は、はいっ! 大丈夫です。少し緊張してしまっただけですので」
疲れた様子の伊落マリーに声を掛けると。彼女はそう言って何度も頷いた。
「……バシリカに行く前に、ここを出たら少し休憩にしましょうか。トリニティを出てから、まともに休憩をとっていませんでしたね」
「そうですね……それが良いと思います」
私の提案に、歌住サクラコも同意する。伊落マリーは、ほっとした表情を浮かべ、また何度も首を縦に振った。
そして、ポルタパシスを出て少し休憩をした後、私たちは、バシリカへと向かった。