ゲヘナ学園の風紀委員会がアビドスに現れた日から数日が経過した。その間私は一度シャーレに戻り、来る日への準備を行っていた。主に関係各所への根回しや物資の調達である。
そして、ある連絡を以て、行動の日を決めた。すなわち、アビドスでカイザーが何をやっているのかを実際に見に行く『社会科見学』の日程だ。
アビドス高校から電車で暫く進み、砂漠化がかなり進行した駅へと降り立つ
「お待たせしてすみません。本当はすぐにでも行きたかったでしょうが」
「良いわよ、何か考えがあるんでしょ?」
「ええ、一応は」
アビドスの砂漠を徒歩で進み暫く、何度か戦闘を挟みながらも特段大きな問題とはならないまま、カイザーの採掘現場へと到着した。
その場所を懐かしんでいた小鳥遊ホシノにとっても、そのような施設があることには驚いたようだったが、私が平然としているので、直接的な動揺を見せることはなかった。
施設内部では当然侵入者として扱われ、集団に攻撃されるがそれを逐一撃破していく。
想定を超える程ではなかったものの、予想通り囲まれてしまう。そして、そのタイミングでこの施設の王である、カイザーPMC理事が現れた。
「侵入者と聞いていたがアビドスとはな……まさかここに来るとは思っていなかったが」
現れた理事に対し、小鳥遊ホシノが何かを言おうとしたが、私が手で制する。これは事前に決めた合図だ。私が相手をするので、警戒心を保ちその様子を見ているように、という。
「侵入者とは遺憾ですね。事前に『見学』するよう申し出ていたはずなのですが」
「何だと? とんだハッタリを抜かすやつがいたものだ。成程、お前があの
想定通り、カイザーPMC理事は私のことを知らないようだった。
「ええ、今後ともよろしくお願いします」
「よろしくする必要があるかは疑問だがな。個々の施設や職員への被害はどうするつもりだ?」
「正当防衛ですよ。不服があるなら連邦生徒会へ申し立てをしていただいて結構です」
「……話にならんな。まあいい。見学というならお前ら、何が見たくてここに来た?」
子供相手には威勢が良いが、この男は特段論の立つ男という訳ではない。少し思うように話が進まないだけですぐに話題を転換する。
「そうですね。……そもそもあなたは一体何者ですか? 聞いたところ、この場の責任者のようですが……現場監督というやつでしょうか」
「私をそのような者と一緒にするな! 私はカイザーコーポレーションの理事をしているものだ! つまりお前たちアビドスが借金をしている相手だ!」
そして、怒りをコントロールできなければ話題の誘導も難しくない。
「理事でしたか、失礼。それと、借金の主体は学校であり、彼女たちではありませんよ」
「同じようなものだろう!」
激高したように叫ぶが、攻撃の指示を出したりすることはない。今この場で戦闘が始まったらこの男もタダでは済まない可能性が高いからだ。それだけ、このキヴォトスの生徒たちの力は強い。その位はこの男であっても理解しているだろう。
「それもそうですね。では、次の質問ですが、あなた方は一体何をしているんです。ずいぶんと熱心に土地も集めているようですが」
「……宝探しだ。このアビドスの地に埋まっているという宝物を掘り当てるために我々はこの地を購入している」
私に乗せられていることに気付いたのか、少し冷静になり、カイザーPMC理事は目的を明かす。勿論、私にとっては既知の内容だ。
「それはそれは、ロマンがあることですね。見つかることを願っていますよ。……さて、皆さん、聞きたいことは終わったのでそろそろ帰りますよ」
「え!?」
黙っているようにと言っていたが、黒見セリカがつい驚きの声をあげ、慌てて口を塞ぐ。
「待て! これだけのことをしておいて、黙って帰すと思ったか? お前らを潰すことなど、わざわざ兵力を使うまでもないということを見せてやる」
怒りに震えながら、理事はどこかへと連絡する。兵力を使うと自らに大きな被害が出ると思っているから他の手段を取るのだろうが、まさか自覚がないのだろうか。
「何だと!? チッ、間の悪い」
「おや? 何かトラブルですか?」
暫く電話で話していた彼だが、なにか起こったようだ。この期に及んで何が起きているか気付いている様子が無いのが滑稽ではあるのだが。
「フン、お前らに何が起こるかだけ説明しておいてやろう。今回の不法侵入により、お前らの信用は大きく下がる。その結果利子は3000%上昇、利子の徴収は9130万円になる。これだけでお前らは終わりだ」
苛ついた様子で電話を切った理事は、そう言ってのける。それが上手くいかなかったのが今の電話なのだろうが。
「成程、金利3000%。それもまたロマンあふれる話じゃありませんか。では、皆さん、帰りますよ」
私は後ろに向き直り、歩き始める。理事の話を聞いた生徒たちは動揺しているようだったが、言いつけを守ったまま、私に従うことにしたようだ。
「バカめ。お前は動揺を隠しているように見えるが、ガキどもは動揺してるようだぞ」
「……言いたいことはそれだけですか? それより先ほどトラブルがあったような様子ですが、それの対処に向かわれた方がよろしいのでは?」
最後にそう言い残し、私たちはアビドス高等学校へと戻った。
一度休憩として解散した後、再び対策委員会の部室へと集合することになった。
定刻になり、集まった人員に小鳥遊ホシノがいないことに少々不安を感じながら、私は種明かしを行った
「先生、大丈夫なの? 急に利子が3000%なんて言われても、払えるわけない」
砂狼シロコが珍しく不安そうな表情で問いかける。
「大丈夫ですよ。とりあえず順番に説明しますね。まず、信用低下と利子の上昇についてですが、これは起こりません」
「え……なんで?」
「先ほど会った理事ですが、本日付けで理事を解任になっており、ローンの信用を増減させる権限を失っています。つまり、あの人は理事ではなく元理事だという訳です。本人も今頃その事実を知った頃でしょう」
生徒たちの表情が固まる。今の発言がまるで理解できないといった様子だ。
「な、何でですか? あと、先生はどうやってそれを?」
「私がそれを知っている理由は簡単です。私に教えてくれた人がいるからです。それを知った上で今日訪問することに決めましたからね。理由については……そうですね、私は知らない、ということにしておきましょう」
「えー。絶対何かしたでしょあんた……」
生徒たちの私を見る目が胡散臭い者を見る目に変わったようだが、一応信じてはくれたようだ。
実際のところ、私はカイザー元PMC理事、彼の弱みとなり得る情報、例えば資金の不正利用の証拠を、それを欲しがっている者、
つまり彼の立場を狙っているカイザー内部の別の人物に与えたのだ。
そしてその人物は以前の時間軸であの理事が失脚後、後釜に収まった人物であり、故に今後の動向にも大きな影響を与えないことが分かっている人物でもある。
カイザーは裏で様々な悪事を行っているが、表向き善良な企業だ。不正の証拠をマスメディアなどに持ち込まれると、尻尾を切られるものが必ず出てくる。そして、それが公になる前に判明すれば、先んじて不正を行ったとして懲罰し、不正を許さないクリーンな企業であることをアピールする。
彼は今回、偶々その対象に選ばれただけの話だ。
「じゃ、じゃあ今後はもうあんな嫌がらせみたいな襲撃は起きないってこと?」
黒見セリカがそれでも期待の眼で私を見る。
「そうですね。いえ、襲撃は起きると思います。これまでより大きなものが」
「どういうことですか?」
十六夜ノノミがこちらも珍しく表情を歪めて問いかける。
「今日訪問した様子で分かりましたが、少なくとも今アビドスにいるカイザーPMCの部隊は、あの元理事に忠実に見えました。事態に気付いた彼は恐らくこちらに報復に来るでしょう。報復というか、八つ当たりと呼べるものですが。最悪の場合、今日見たあの戦力の大半で攻めてくるかもしれませんね」
再び生徒たちの表情が固まる。言葉の意味を加味しているようだ。
「それ、大変じゃないですか!? ホシノ先輩も呼んでこなきゃ!」
いち早く我に返った奥空アヤネが叫ぶ。
「……私が呼んできますよ。皆さんはここで待機していてください」
私はそう言い残し、小鳥遊ホシノを探しに、部室の外へ出た。